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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第3章 長崎での日々
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対峙


 宿に着くと早速、女将サンに頼み昼餉を一人分増やしてもらった。


 昼餉後、私たちは部屋にて談笑する。



「そうそう、先程の話なんだけどね」


「先程の話?」


「世界地図の話さ」


「あぁ! それがどうかした?」


 私は甘味屋での話を思い出す。


「英吉利。あの国はこの日の本同様に、小さな島国だろう? その国が何故、様々な国々を支配できるほどになったのか……私はそれが不思議でならなくてね。いくら考えても答えが導かれない」


「うーん。そうだなぁ……イギリスと日本が違うところは、やっぱり軍事力の差なんじゃないかなぁ。それに、この国は今も昔も同じ日本人同士で争っているでしょう? それって小さい事だと思うの」


「小さい事?」


「同じ民族同士で争うなんて不毛よ。この時代の海外はもっと、広い視野を持っているもの。だから様々な技術が進歩するし、先を見据えることができるんじゃないかな? とはいえ、植民地支配を進めるのは賛成できないけど……」


 私の言葉に、五代サンは少し考える素振りを見せた。


「そう……か、それは最もだね。でも……この時代、というのはどういう意味? なんだか美奈の考え方も、その言い方も……そしてその知識も、何もかもが時代にそぐわないというか……些か不自然に感じるんだけど」



 五代サンの言葉に思わずハッとする。


 しまった……と思うも、後の祭り。


 上手い言い訳は思い付かない。



「長州というのは、女でも思想を持つものなのだろうか? 私の故郷には、対外関係に興味を示すような娘は居ないからね。何だか新鮮で、嬉しいよ」


「そ……そう? それは良かった」



 五代サンは勝手にそう解釈してくれた事は、とてもありがたかった。


 墓穴を掘らないよう、言動には気をつけよう……



「おい! 戻ったぞ」



 五代サンの言う通り、高杉サンは昼頃になってやっと宿に戻ってきた。


「何だ、五代サンも居たのか……って、美奈! お前、何て恰好をしてやがんだ?」


「高杉サン……ごめん、バレちゃったの」



 高杉サンは、女物の着物を着ている私と隣で微笑む五代サンを交互に見た。



「安心して良いよ。私は誰かに密告するつもりは毛頭無いからさ。だって面白いじゃない! こんな娘は中々居ないよ?」


「そう……か。だが一つだけ忠告しておこう。アンタが美奈に入れあげるのは勝手だがな……俺の友がこいつを大事に囲ってやがる。気軽に手を出さないでもらおうか?」



 高杉サンは、頭をかきながら面倒臭そうに言った。



「そうなの? でもさ……結局のところ、選ぶのはこの子だよね? 美奈がまだ誰も選んでいないのなら、私にも時宜はあるよね? 彼女が既にそのご友人を選んでいるというのならば仕方がないけどさ」


「ご……五代サン! ふざけ過ぎだよ。高杉サンが誤解するでしょ」



 五代サンの言葉に、私は慌てて制止した。



「おーい、高杉! 居るか?」



 聞き覚えのある懐かしい声と共に、突然襖が開く。



「久坂…………サン?」



 よりによって、何というタイミングなのだろう。



「お? 来客中だったのか……これは失礼した。ん!? 美奈、お前……何故そんな恰好をしている?」


「これには深い訳が……」


 私は言葉を濁す。


「私が買い与えたんだよ。綺麗な娘なのに、男装をしたままで連れ歩くのは勿体なかったからね」


「……連れ歩く? どういう事だ?」


「そのままの意味だよ? 早速、親しくなれたからね。長崎見物に出掛けていたのさ」



 五代サンは笑顔のまま言った。



「そもそも貴方は何者だ? 随分と馴れ馴れしいようだが?」


「女性と親しくなるのに、時間は関わりないよ。申し遅れたが……私は薩摩藩士、五代才助。此度の清国渡航に参加させて頂く者、だよ。君は?」


「長州の……久坂玄瑞だ。私も此度の渡航に同行する」


「あぁ! 君が久坂とかいう医者ね。美奈から聞いたよ」


「……美奈、だと?」



 久坂サンは眉をひそめ、私へと視線をうつす。



「さて、と。私はそろそろ戻るとするよ。それじゃあ……美奈、また長崎の街を見物しに行こうね? 薩摩行きの話も考えておいて」



 五代サンはわざとらしく私に手を振ると、去り際に久坂サンに笑顔を向け部屋を出た。





「あの男は一体何なのだ!」


 久坂サンはあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべる。


「お前がうかうかしてるから、ああいうモンが出てくるんじゃねぇか。……来るのが遅ぇんだよ」


「仕方がなかろう! 土佐より武市殿の使いが参ったのだ。そもそも、お前が清国に美奈を同行させたいなどと言い出すからだなぁ……」


「おいおい、俺ぁ小言は御免だ! ……お前は医者より政客にでもなった方が良さそうだな。で? その使いはどうだった?」



 高杉サンは気怠そうに寝転ぶと、久坂サンに尋ねた。



「確か……名は、坂本。坂本……龍馬といったか」


「さ……坂本龍馬!?」



 五代サンの余計な言葉のせいで険悪になった雰囲気の中、珍しくおとなしくしていた私は、その名前に思わず反応してしまった。



「ん? 坂本殿を知っているのか?」


「知ってるも何も……重要人物だよ!! 坂本龍馬が居なかったらきっと、新しい時代は訪れないもの」


「それほどまでに重要な人物だったのか……私には小者に見えた故……無礼な振る舞いをしてしまったかもしれんなぁ」


「でも、坂本龍馬の方が久坂サンより年上だったと思うけど……」


「そうなのか? あまりに落ち着きの無い者だったのでな……つい伊藤などと重ねてしまっていた」



 そう言うと、久坂サンは小さく笑った。



「その坂本とやらは、萩くんだりまで何をしに来たんだ?」


「武市殿の書簡を携えて来た。それに目を通した上で坂本殿と会談を行い、武市殿宛の文を持たせたのだ」


「ふうん……それで? 土佐では何か動きがあるのか?」


 高杉サンは尋ねるものの、興味を持っているとは到底思えないような態度だ。


「動き……か、そう言われると特には無いが。昨年結成された勤王党、血判を押すものが増えているそうだ。しかし、藩主との思想の相違という壁に悩まされているようだな」


 久坂サンは、高杉サンの態度など気にも留めず、話し続ける。


「坂本殿は実に質問の多い方でね……些か参ってしまったよ。最終的には、松陰先生のお言葉を借りてしまったが……それが、彼の心に届いただろうか」


「……そんなモンはソイツ次第さな。だが、この日の本の男ならば……響かねぇ筈があるまいよ」


「…………そうだな」


 

 私には小難しい政治の話は理解できなかったが、理解できたこともある。


 この双璧の間には、私になど到底計り知れない強い絆があるという事。


 そして……吉田松陰という人物が彼らの人生にとって、かけがえのないものである事。


 そんな人物を亡くすという事は……各々の心には、深い傷を負っているのだろう。


 一見、対照的に思えるこの二人は、揃いも揃ってどこか儚げで……それでいて、恩師の意志を貫きたいという、力強い信念の様なものを感じる。



 この先、何が起こるのか……



 私は大まかに知っている。


 二人が明治の世を見ることなく散って逝った事も知っている。


 


 護りたい…………




 面と向かってそんなことを言ったら笑われてしまうかもしれないが……寂しそうに笑う久坂サンの表情を見て、そう感じた。









 

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