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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第3章 長崎での日々
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長崎の夜



 あの日の討議の翌日、高杉サンは清国行きを正式に命じられた。


 そして年は明け、文久2年となる。


 1月3日


 江戸に滞在していた高杉サンは東海道より長崎へと向かう。


 萩に居た私は、その道中で高杉サンと合流した。


 久坂サンは萩に客人が来るとの事で、後から遅れて長崎に向かうと言う。



 そして今日



 私と高杉サンはついに、長崎に辿り着いたのだ。


 ここでの目的は、上海渡航の準備を行う事。


 つまり、交易品の調達や積み込みだそうだ。


 とはいえ……


 それは私たちの仕事ではないので、実際は準備と幕艦が着くまでの間しばらく、暇を持て余すこととなるだろうと聞いていた。





「わぁ……長崎って、すっごく都会なんだね! 平戸といったら出島! 出島と言ったらシーボルト! そうだ……久坂サンが来たら、小島養生所にも行ってみたいなぁ」


 初めて来る長崎に浮かれきっていた私は、『長崎』で連想できる物を適当に並べる。


「お前……俺の話を理解できちゃいねぇのか? お前は俺の小姓。他のモンの前でボロが出る前に、その口のきき方を直せ」


「わかってるって! そういう場面では大丈夫だって」


「その女みてぇな態度もいけねぇなぁ……こりゃ、存外危ねぇ橋だったか? 久坂が来るまで何とかもてば良いが」


 高杉サンは深い溜め息をつく。


「それにしても、この刀……本当に邪魔だよね。高杉サンの刀なんて普通のより長いし、歩きづらくないの?」


「男なら、そんくれぇ普通だ。俺ぁこの刀が気に入っているしな」


「ふぅん……」


 高杉サンの刀は私のそれより長く、小柄な高杉サンには、若干不似合いにも見えた。


 刀を引きずって歩いている様だ……なんて言ったら怒るだろうな。



「おい!」


「な……何!?」



 考え事をしていた私は、突然呼ばれた事に驚く。


「そろそろ夕餉だな……今宵は良いところに連れて行ってやる」


「良い……ところ?」


 私は首をかしげた。


「男の浪漫をお前にも教えてやろう。そこで、俺の小姓役をきっちりこなせたら……褒美をくれてやらぁ」


「ほ……褒美!?」


 高杉サンの言葉に、思わず目がくらむ。


「まぁ頑張れよ……桜井春通」


「任せてよ!褒美の為ならやりきってみせるわよ」


 ちなみに、桜井春通とは……今回私に付けられた名前だ。


 高杉サンの諱である春風、久坂サンの諱である通武。


 それぞれから一文字づつ貰って、春通(はるみち)とした。


 偽名とは、何だかくすぐったい感じもするが……男として過ごさなければならないので、致し方が無い。








「…………着いたぞ」


 高杉サンに連れられて来た場所に、私は目を疑う。


「これって……ゆ、遊郭!?」


「平戸の遊郭は、吉原や島原と並ぶくれぇのモンだ。折角来たんだ……良い女を見て士気を高めねぇとなぁ? お前も色気の出し方を学んどけや」


「お……大きなお世話よ!」


 私の反応に、高杉サンは笑う。



「お、長州の高杉サンではありませんか?」



 見世の前で、二人の男性に話し掛けられた。



「アンタらは確か……肥前の中牟田サンと、薩摩の五代サンだったか?」



 高杉サンは二人を見るなり、そう答えた。



「早速覚えて貰えるとは光栄だなぁ。はて……そちらの少年はどなたですか?」



 中牟田サンと呼ばれた男性は、私に目を移す。



「これは俺の小姓だ。此度の渡航には、見識を広げさせる意味で同行させた次第だ。とはいえ……折角来たからな、こいつにも郭遊びを教えてやろうかと思っていたところさ。ほら、お前も挨拶しやがれ!」



 高杉サンの言葉に、私は渋々頭を下げる。



「高杉様の小姓役……長州藩士、桜井春通と申します。以後お見知り置きを……」


「何と!! 男などにしておくには、勿体の無い麗しさですな」


 中牟田サンは目を輝かせている。


「何を勘違いしてるか知らねぇが……俺にゃそんな趣味はねぇよ。俺が好むのは色気のある女だけさな」


「そうでしたか……これは失敬! 私は肥前の中牟田倉之助と申します。こちらは薩摩の五代才助サン。長旅となりましょうが、よろしくお願いしますね」


 中牟田サンは感じの良い人なようで、小姓役の私にも丁寧な態度で接してくれた。


 五代サンはとにかく美形で、今まで私が会ったこの時代の人物の中で、一番ではないか……と思う程だった。






 結局、中牟田サンと五代サンも同席する事となり、私たちは揃って見世に入った。



 これが遊郭というものなのか……



 豪華に装飾された部屋と豪華な料理。


 化粧と香が入り交じったような匂い。


 そして、華やかに着飾った女たち。



 見るもの全てが新鮮だった。


「男にしておくには勿体ない位、可愛らしいお人やね」


 私の隣に座る芸妓が話し掛けてきた。


「そ……そうですか?」


「こういう所は初めてかしら?」


「ま、まぁ……そんなところです」


 芸妓に寄り添われ、緊張からか返事がしどろもどろになる。


 そんな私の様子を、高杉サンは面白い物でも眺めるかの様な目で見ている。


「そいつぁ、郭遊びに慣れちゃいねぇ。色々と教えてやってくれや」


 高杉サンの一言で、私の周りには数人の芸妓が集まってきてしまった。


「名前は何ていうの?」


「えっと……春……通」


「本当、可愛いわぁ。あの方の小姓か何かかしら?」


「そうですけど……」


 お陰様で、質問攻めにされてしまう羽目になった。


 余計な事をしてくれた高杉サンに腹が立つ。


 当の高杉サンはというと……お眼鏡に叶う女性が居たようで、私などには構いもせずその芸妓と良い雰囲気になっている。



「……失礼します!!」



 色々な意味で限界を感じていた私は、居ても立っても居られず部屋を飛び出した。



 部屋の中からは、相変わらず楽しそうな声が聞こえてくる。


 早く戻らなくては……とは思うが、正直戻りたくはない。


 慣れない空間に、息が詰まりそうだ。


 それにしても……私をこんな所に放り込んでおいて、完全放置をしてくれた高杉サンには本当に腹が立つ。




「久坂サン…………早く来てよ」




 私は縁側に腰を下ろすと、空に浮かぶ月を見上げ呟いた。



「久坂……とは誰の事だい?」



 背後から声をかけられ振り返る。



 そこには、優しく微笑む五代サンの姿があった。



「初めての遊郭はお気に召さなかったかな?」


 五代サンの言葉に、私は小さく頷いた。


「それならば、少しここで話でもしようか」


「ですが……高杉サンが……」


「高杉サンなら大丈夫さ。あちらで楽しんでいるからね」


 私を気遣ってくれているのだろうか?


 いつも面倒をみてくれる久坂サンが居ない事に心細さを感じていた私には、五代サンのその優しさが嬉しかった。


「君はさぁ……」


 五代サンは私の隣に腰を下ろす。


「男の子ではないのだろう?」


 その言葉に、私は一瞬ドキっとした。


「何を仰るのですか? 私はれっきとし長州男児にございます。春通という名も高杉様より頂戴した故……」


「似合わないよ……そういうの」


 五代サンは真剣な表情をみせる。


「君が男の装いをしてまでこの航海に参加するのには何か深い訳があるのだろう? それを無理に聞こうとは思わないが……この先、二月もそうしていては息が詰まってしまうだろうに」


 優しくそう言う五代サンに、私はいつしか久坂サンの姿を重ねていた。


 高杉サンは私を連れ立つだけで、実際は全く頼りにならない。


 現に、私の存在など忘れて好みの遊女に入れあげている。


「やはり……分かっっちゃいますよね?」


 私はそっと尋ねた。


「そうだね……何故だろうなぁ、不思議なことに私にはすぐに分かってしまったよ」


「そう……ですか」


「でも、中牟田サンあたりは気づいていないようだね。他の者も可愛らしい小姓だとは思えども、女だとまでは勘繰りはしないでしょう」


「五代サン……他言しないでいて頂けますか?」


 私は五代サンに懇願する。


「そうだねぇ……どうしようかねぇ?」


 五代サンは意地悪く笑った。


「冗談だよ。では、その変わりと言っては何ですが……君には質問とお願いをしようかな」


「質問と、お願い……ですか?」


 私は首をかしげる。


「質問はね、先程の久坂サンという方は誰なのか? 君の好い人なのか? それと君の名前。この三つ」


「いえいえ、まさか! 久坂サンは医者で、高杉サンのご学友です。高杉サンはその方でないと手におえないので……つい。あ、名前は……美奈と言います」


「そう。それなら良かった。美奈……と言ったね? 美奈にお願いすることは……」


 五代サンは私の反応を楽しむかのように、ゆっくりと間をおいて話す。


「明日、少し私と出掛けよう」


「ですが……高杉サンが何と言うか……」


「大丈夫さ。彼はきっと昼過ぎまで起きやしないだろうしね」


「何故……わかるのですか?」


 私は不思議そうに尋ねた。


「男の勘……さ」


 そう言うと五代サンはフッと笑った。


「高杉サンには上手く言っておくから心配しなくても良い。それじゃあ、また明日」


「…………はい」


 そう小さく答えると、私は五代サンと別れた。


 



 その後



 高杉サンはこの遊郭に留まるとの事で、私は仕方なく独りで宿へと帰っていった。



 その夜は、色々と考え事をしていた為か、布団に潜り込んだ後も中々寝付けなかった。



 五代サンには何か目論みがあるのだろうか?



 私を通じて、長州の情勢を探りたい……とか?



 それとも、ただの気まぐれか?



 その真意を、私は知る由もなかった。
























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