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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第3章 長崎での日々
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討議



「何だ? 揃いも揃って。お前らに出迎えてもらえるたぁ……嬉しいねぇ」



 私たちの怪訝そうな表情などお構いなしに、高杉サンは笑いながら言う。


「高杉……お前という奴は!!」


「ちょ……ちょっと、久坂サン!!」


 私は、高杉サンに掴みかかりそうな勢いの久坂サンを、後ろから必死に止める。


「ここじゃなんだから……とりあえず中に入ろう、ね?」


「っ…………わかった」


 久坂サンは、私の声に全身の力を抜いた。







「で? 桂サンが萩に戻って来ていたとは初耳さな。わざわざ江戸から来るたぁ……余程の何かがあったのだろうよ?」


 部屋に戻るなり、高杉サンは桂サンの姿を見て言う。


「晋作……私が萩に戻って来たのはね。先日の貴方の言葉の真意を尋ねたかったのですよ。晋作は言いたい事を言うだけ言って、去って行ってしまったでしょう?」


「真意……だと?」


「そうです。美奈サンを連れて行けないならば、清国視察を取り止めるという貴方の戯言……正直私には理解できません」


「戯言なんかじゃねぇさ」


 深い溜め息をつく桂サンに向かって、高杉サンはきっぱりと言い放った。


「此度の視察に美奈を連れて行く事は有益だと判断した。だから、そうさしたまでさな」


「有益……ですか? どの様に有益なのか、具体的に教えて頂きたいですね」


「俺が何を言いたいのか、桂サンには解らねぇだろうが……久坂には解るだろう?」


「私には解らないが、玄瑞には解るのですか」



 さすがの桂サンも、この一言には苦笑いだ。



「高杉! お前の考えなど、私とて解る訳がないだろう? そもそも、美奈を連れて行くなど……断固として反対だ! 回りくどい事ばかり言って居ないで、しかと説明しろ!!」


「久坂ぁ……そう焦るなよ。お前が反対しているのは、美奈を手元から離したくねぇから……だろう? 俺はそんな小せぇ話をしてるんじゃねぇよ」


「なっ!?」


「美奈はハナっから、大小引っ提げた俺らにも物怖じしなかっただろ? そっからも分かるように、こいつぁ先の世から来ただけあって、この時代の人間にはねぇ感性を持っている。違うか?」


「そ……それはそうだが。しかし!」


 反論しようとする久坂サンを遮るかのように、高杉サンは続けた。


「美奈に見識を広げさせりゃ、俺らにも見えなかった物ですらも見えてくる……そんな気がしてならねぇのさ」


 高杉サンは私に視線を移すと、小さく笑った。


「で、美奈……お前はどうなんだ? 清国に行きてぇのか? 行きたくねぇのか?」


「えっと…………」




 私に皆の視線が集まる。



 断固として行かせたくない久坂サン。



 女を同行させるなど賛成できない桂サン。



 私を連れて行きたいと主張する高杉サン。



 ここで、私は……何と答えるのが正解なのだろうか?



「そう難しく考えるなや。お前が行きたいかどうか、素直な気持ちで答えりゃあ良い」



 高杉サンは私の心中を察しているかの様だった。



「私…………行ってみたい!!」



 私の口から出た言葉に、久坂サンや桂サンは怪訝そうな表情を浮かべる。



「お前……自分が何を言っているのか分かっているのか? 清国滞在は二月(ふたつき)程だ。その間、高杉が嫌になって戻りたいと願っても叶わぬのだぞ? それにお前の貞操が……」


「はぁ!? て……貞操って何よ!?」


 久坂サンの言葉に、思わず全身が紅潮する。



「久坂ぁ……お前は俺を何だと思っていやがる? そもそも、俺ぁなぁ……こんな色気のねぇ女は御免だ!」


「なっ!? 私だって高杉サンみたいな、ひねくれ者は御免よ! 高杉サンなら、久坂サンの方がよっぽど良い!!」



 売り言葉に買い言葉。


 私は高杉サンに反論する。



「!? そ……それは真か? お前にそんな風に想って貰えていたとは……実に嬉しいよ」


「ちょ……ちょっと、久坂サン! ご……誤解だってば。私はそんなつもりで言ったんじゃないの! 手、離しなさいよ!!」


 目を輝かせている久坂サンの手を、慌てて振りほどいた。



「フフフ…………実に面白い」



 桂サンは突然口を開く。


「村塾の双璧と呼ばれた晋作と玄瑞。元々貴方達の絆はそれなりには強い物でしたが……美奈サンの存在は、それを更に強くしてくれている様に見えます。問題ばかり起こすこの双璧に、自然に寄り添える娘が居るとは……何とも不思議なものですね」


「……桂サン」



 私たちは言い合いを止める。



「晋作、貴方の気持ちは何となく解りました。しかし……周布殿が何と言うか」


「んなモン、既に手は打ったさ」


「手を打った……とは?」


「桂サンに言った通りの事を、周布のオッサンにも言ったまで……さな」


 その一言に桂サンは一瞬、言葉を失う。


「こいつを同行させられねぇなら、俺ぁ清国になぞ行かねぇし、例の計画も推し進める……とまぁ、そう告げただけだ」


「な!? 何ということを……。それで、周布殿は何と?」


「はじめは、そうさな……桂サン、アンタと同じように周布のオッサンも困惑していたさ。だが、最後にゃ折れてくれてなぁ。渡航費用も用意してくれるらしいし、藩にも幕府にも上手くやってくれるってな」


「渡航人数を増やすだけならば何とかなりそうですが……女性を連れ立つなど、かような事がまかり通るとは思えませんが……」



 桂サンの言葉は最もだ。


 男尊女卑のこの江戸時代において、女である私が幕府の視察という表舞台に参加できるとは、到底思えない。



「まぁ……二つほど条件を付けられたのだが、な」


「晋作、条件とは何ですか?」



 桂サンは静かに尋ねた。



「まず一つ。久坂を同行させること……あのオッサンは、どうやら俺だけでは心許無いらしいな。久坂を目付に、だそうだ」


「なっ!? 何故、私が清国に行かねばならんのだ! 私にはこの日の本ですべき事がある……」


「ほう? 久坂、お前が行かなくても俺は別に構いはしねぇがな。二月後……可愛らしかった美奈は、色気のある女になって戻ってくるやもしれねぇなぁ? 好みではないとはいえ、間違いが起こらないとは限るまいよ」


「…………私も同行させて貰おう」



 久坂サンの返答に、高杉サンは満足そうな表情を浮かべた。



「もう一つ。それはお前だ」


 高杉サンは、私を指さす。


「わ……私!? 私が何をすれば良いのよ」


「お前は、男になれ。そうさな……俺が長州の代表。久坂は、体調が思わしくない俺の医者。そしてお前は、俺の小姓だ」


「こ、小姓!? そんなこと言われたって……私には無理だよ」


「クク……そうさな。お前はとりあえず、その話し方や態度を改めねぇとなぁ。まぁ時期がくりゃ、具体的に教えてやるさ」


「……分かった。やってみる」


 高杉サンの言葉に、私は頷いた。


「流石は周布殿、といったところでしょうかね。晋作を上手く扱えるとは……私はあの方には到底及びませんね」


 桂サンは、その案に感心している様子だ。





「さて、桂サンもこれで納得だろう? そうなれば、この話は一旦終いだ! 折角だからな、今宵は酒宴でも開こうや」


「フフ……晋作は、あの頃からまったく変わりませんね」


「俺が変わっちまったら、桂サンもつまらねぇだろう?」


「…………そうですね」


 高杉サンの堂々とした態度に、桂サンは小さく笑った。




 

 こうして


 私たちは、年明け後すぐに長崎へと向かう予定となった。


 桂サンをはじめ、周布サンなどの藩の要職ですらも説き伏せてしまう高杉サン。


 その交渉力と行動力には、感心せざるを得なかった。


 私が上海で何を得られるのか?


 それはまだ分からないが、何か一つ……そう、たった一つでも良い。


 この双璧の役に立てる何かを得たい。


 そう強く思った。





 






 













 



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