討議
「何だ? 揃いも揃って。お前らに出迎えてもらえるたぁ……嬉しいねぇ」
私たちの怪訝そうな表情などお構いなしに、高杉サンは笑いながら言う。
「高杉……お前という奴は!!」
「ちょ……ちょっと、久坂サン!!」
私は、高杉サンに掴みかかりそうな勢いの久坂サンを、後ろから必死に止める。
「ここじゃなんだから……とりあえず中に入ろう、ね?」
「っ…………わかった」
久坂サンは、私の声に全身の力を抜いた。
「で? 桂サンが萩に戻って来ていたとは初耳さな。わざわざ江戸から来るたぁ……余程の何かがあったのだろうよ?」
部屋に戻るなり、高杉サンは桂サンの姿を見て言う。
「晋作……私が萩に戻って来たのはね。先日の貴方の言葉の真意を尋ねたかったのですよ。晋作は言いたい事を言うだけ言って、去って行ってしまったでしょう?」
「真意……だと?」
「そうです。美奈サンを連れて行けないならば、清国視察を取り止めるという貴方の戯言……正直私には理解できません」
「戯言なんかじゃねぇさ」
深い溜め息をつく桂サンに向かって、高杉サンはきっぱりと言い放った。
「此度の視察に美奈を連れて行く事は有益だと判断した。だから、そうさしたまでさな」
「有益……ですか? どの様に有益なのか、具体的に教えて頂きたいですね」
「俺が何を言いたいのか、桂サンには解らねぇだろうが……久坂には解るだろう?」
「私には解らないが、玄瑞には解るのですか」
さすがの桂サンも、この一言には苦笑いだ。
「高杉! お前の考えなど、私とて解る訳がないだろう? そもそも、美奈を連れて行くなど……断固として反対だ! 回りくどい事ばかり言って居ないで、しかと説明しろ!!」
「久坂ぁ……そう焦るなよ。お前が反対しているのは、美奈を手元から離したくねぇから……だろう? 俺はそんな小せぇ話をしてるんじゃねぇよ」
「なっ!?」
「美奈はハナっから、大小引っ提げた俺らにも物怖じしなかっただろ? そっからも分かるように、こいつぁ先の世から来ただけあって、この時代の人間にはねぇ感性を持っている。違うか?」
「そ……それはそうだが。しかし!」
反論しようとする久坂サンを遮るかのように、高杉サンは続けた。
「美奈に見識を広げさせりゃ、俺らにも見えなかった物ですらも見えてくる……そんな気がしてならねぇのさ」
高杉サンは私に視線を移すと、小さく笑った。
「で、美奈……お前はどうなんだ? 清国に行きてぇのか? 行きたくねぇのか?」
「えっと…………」
私に皆の視線が集まる。
断固として行かせたくない久坂サン。
女を同行させるなど賛成できない桂サン。
私を連れて行きたいと主張する高杉サン。
ここで、私は……何と答えるのが正解なのだろうか?
「そう難しく考えるなや。お前が行きたいかどうか、素直な気持ちで答えりゃあ良い」
高杉サンは私の心中を察しているかの様だった。
「私…………行ってみたい!!」
私の口から出た言葉に、久坂サンや桂サンは怪訝そうな表情を浮かべる。
「お前……自分が何を言っているのか分かっているのか? 清国滞在は二月程だ。その間、高杉が嫌になって戻りたいと願っても叶わぬのだぞ? それにお前の貞操が……」
「はぁ!? て……貞操って何よ!?」
久坂サンの言葉に、思わず全身が紅潮する。
「久坂ぁ……お前は俺を何だと思っていやがる? そもそも、俺ぁなぁ……こんな色気のねぇ女は御免だ!」
「なっ!? 私だって高杉サンみたいな、ひねくれ者は御免よ! 高杉サンなら、久坂サンの方がよっぽど良い!!」
売り言葉に買い言葉。
私は高杉サンに反論する。
「!? そ……それは真か? お前にそんな風に想って貰えていたとは……実に嬉しいよ」
「ちょ……ちょっと、久坂サン! ご……誤解だってば。私はそんなつもりで言ったんじゃないの! 手、離しなさいよ!!」
目を輝かせている久坂サンの手を、慌てて振りほどいた。
「フフフ…………実に面白い」
桂サンは突然口を開く。
「村塾の双璧と呼ばれた晋作と玄瑞。元々貴方達の絆はそれなりには強い物でしたが……美奈サンの存在は、それを更に強くしてくれている様に見えます。問題ばかり起こすこの双璧に、自然に寄り添える娘が居るとは……何とも不思議なものですね」
「……桂サン」
私たちは言い合いを止める。
「晋作、貴方の気持ちは何となく解りました。しかし……周布殿が何と言うか」
「んなモン、既に手は打ったさ」
「手を打った……とは?」
「桂サンに言った通りの事を、周布のオッサンにも言ったまで……さな」
その一言に桂サンは一瞬、言葉を失う。
「こいつを同行させられねぇなら、俺ぁ清国になぞ行かねぇし、例の計画も推し進める……とまぁ、そう告げただけだ」
「な!? 何ということを……。それで、周布殿は何と?」
「はじめは、そうさな……桂サン、アンタと同じように周布のオッサンも困惑していたさ。だが、最後にゃ折れてくれてなぁ。渡航費用も用意してくれるらしいし、藩にも幕府にも上手くやってくれるってな」
「渡航人数を増やすだけならば何とかなりそうですが……女性を連れ立つなど、かような事がまかり通るとは思えませんが……」
桂サンの言葉は最もだ。
男尊女卑のこの江戸時代において、女である私が幕府の視察という表舞台に参加できるとは、到底思えない。
「まぁ……二つほど条件を付けられたのだが、な」
「晋作、条件とは何ですか?」
桂サンは静かに尋ねた。
「まず一つ。久坂を同行させること……あのオッサンは、どうやら俺だけでは心許無いらしいな。久坂を目付に、だそうだ」
「なっ!? 何故、私が清国に行かねばならんのだ! 私にはこの日の本ですべき事がある……」
「ほう? 久坂、お前が行かなくても俺は別に構いはしねぇがな。二月後……可愛らしかった美奈は、色気のある女になって戻ってくるやもしれねぇなぁ? 好みではないとはいえ、間違いが起こらないとは限るまいよ」
「…………私も同行させて貰おう」
久坂サンの返答に、高杉サンは満足そうな表情を浮かべた。
「もう一つ。それはお前だ」
高杉サンは、私を指さす。
「わ……私!? 私が何をすれば良いのよ」
「お前は、男になれ。そうさな……俺が長州の代表。久坂は、体調が思わしくない俺の医者。そしてお前は、俺の小姓だ」
「こ、小姓!? そんなこと言われたって……私には無理だよ」
「クク……そうさな。お前はとりあえず、その話し方や態度を改めねぇとなぁ。まぁ時期がくりゃ、具体的に教えてやるさ」
「……分かった。やってみる」
高杉サンの言葉に、私は頷いた。
「流石は周布殿、といったところでしょうかね。晋作を上手く扱えるとは……私はあの方には到底及びませんね」
桂サンは、その案に感心している様子だ。
「さて、桂サンもこれで納得だろう? そうなれば、この話は一旦終いだ! 折角だからな、今宵は酒宴でも開こうや」
「フフ……晋作は、あの頃からまったく変わりませんね」
「俺が変わっちまったら、桂サンもつまらねぇだろう?」
「…………そうですね」
高杉サンの堂々とした態度に、桂サンは小さく笑った。
こうして
私たちは、年明け後すぐに長崎へと向かう予定となった。
桂サンをはじめ、周布サンなどの藩の要職ですらも説き伏せてしまう高杉サン。
その交渉力と行動力には、感心せざるを得なかった。
私が上海で何を得られるのか?
それはまだ分からないが、何か一つ……そう、たった一つでも良い。
この双璧の役に立てる何かを得たい。
そう強く思った。




