開業
朝餉後
私たちは早速、診療所へと向かった。
朝餉後から診療所にて久坂さんより医術を学び、業務後は知識を蓄える。
しばらくは、そんな生活となりそうだ。
「今日は高杉の奴は居ないようだな」
診療所に着くなり、久坂さんは辺りを見回す。
「高杉さんだって、きっと色々と忙しいんだよ」
「だと良いがな……」
私たちは、仕度を整える。
「ちょっと着替えてくる!」
「着替え?」
「やっぱり、着物だと動きにくいし……それに、着替えると身が引き締まるからね!」
そう言うと、私は隣りの部屋で着替え始めた。
「見て、見て!」
着替え終わるなり、久坂さんに見せびらかすかのように目の前でクルリと一回転する。
「な、なっ!?」
私の姿に、久坂さんは目を白黒させていた。
「何だ! その格好は!!」
「何って……ナース服だけど」
「なぁ……す? とにかく、お前は何という不埒な格好をしているんだ!!」
久坂さんは顔を真っ赤にして捲し立てる。
「これ、私の時代では医術をする時の着物なんだけどなぁ……」
「美奈の時代では、そのような格好で診療に当たるのか!? しかし、若い娘が素足を晒すなど……」
「…………変、かなぁ?」
私は肩を落とす。
「いや……変、というか……」
「変……というか何?」
眉間にシワを寄せる久坂さん。
「個人的には…………物凄く良い!! だが、他の者に見せるのは……」
久坂さんは、先程の表情とは一変して明るい笑顔になる。
「なぁにが良いんだぁ? 久坂、俺にも教えてくんねぇか?」
突然の声に、振り返る。
「た、たた……高杉!?」
そこには、高杉さんの姿があった。
「で? 何が『物凄く良い』んだよ」
「な、何でも無いっ!!」
「久坂ぁ……俺に隠し事なぞするんじゃねぇよ」
高杉さんは呟くように言った。
「ん? お前、何だその格好は……」
久坂さんから私に目を移した高杉さんは不意に尋ねた。
「これはね、私の時代の着物。診療をする時に着るんだよ」
「ほう……そういうことか」
高杉さんは小さく呟くと私のもとへ歩み寄る。
「こりゃ、どうなってやがんだ? 見たこともねぇ……不思議な着物だ」
「た、たた……高杉さん!?」
高杉さんは私の手首を掴むと、不思議そうな表情を浮かべながら、ナース服のチャックを一気に下ろした。
「なっ……!?」
一瞬の出来事に、声すら出すのも忘れてしまう。
「高杉っっ!!」
その瞬間
久坂さんが高杉さんを突飛ばし、私に自身の羽織を掛けた。
「ってぇなぁ……そもそも、こいつが奇妙な着物を着てやがるから気になっちまったんじゃねぇか」
「お前は……何ということをしてくれた!」
「ちょっと、ちょっと……私は大丈夫だから! 二人とも喧嘩しないでよ!!」
下ろされたチャックを上げると、私は慌てて二人の間に割って入った。
「美奈がそう言うなら良いが……」
久坂さんはなんだか納得がいかない、というような表情をしていた。
「それにしても……その着物、中々良いじゃねぇか」
「本当? 高杉さん、ありがとう!」
「クク……お前は本当に面白ぇ女だなぁ。久坂の妾にしておくには些か勿体無ぇなぁ」
「だから! 私は妾じゃないし、誰の妾になんかならないって言ってるでしょう?」
「そうかい、そうかい。お前はなかなか落ちねぇ女さなぁ? 久坂も袖にされちまうたぁ……お可哀想に」
高杉さんは笑いながら言った。
「患者さん……来ないねぇ」
準備は万端……といったところだったが、待てども患者が現れる気配がない。
「まぁ、初日……だからな」
私と久坂さんは顔を見合わせると、同時に深い溜め息をついた。
「そう焦るんじゃねぇよ。病人なんざ、そうそう出るモンでもねぇさ。待ってりゃあ、その内来るだろうよ」
「そう……だよね」
高杉さんの言葉に少し励まされる。
辺りも黄昏てきた頃
門の辺りが騒がしくなる。
「何だろう?」
「病人か?」
私と久坂さんは、門へと向かった。
「お医者様がこちらにいらっしゃると伺いました! どうか……うちの人を助けてやって下さいまし!!」
一人の女性が必死に訴える。
「如何されましたか?」
「私には何も……ですが、急に苦しみだしまして。後生です、助けてやって下さい!」
「病人はどちらに?」
「屋敷にて女中を付けて、横になっております」
「わかりました。すぐに伺いましょう」
「あ……ありがとうございます」
私たちは荷物をまとめると、その女性と共に屋敷へと向かった。




