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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
政変と失墜
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秘密



「さぁて……さっそくだが、本題に入ろうじゃねぇか」



晋作がそう告げると、場の空気が一瞬にして変わった。



「なぁ美奈、やはりお前の言う通りになっちまったなぁ」


「私の言う通り?」


「そうだ。お前の耳には入ってねぇか? 京から長州が締め出された話は」


「あぁ……それよ! さっき教法寺で聞いたの。やっぱり八月十八日の政変は起きたのね」



私の言葉に、晋作以外の三人は不思議そうな顔をしていた。



「美奈、お前の秘密……九一と稔麿には話してやっても良いか?」


「武人や狂介には話していたけど、二人にはしていなかったもの。九一も稔麿も村塾の四天王……信用できる人たち。だから、もちろん大丈夫よ」


「……そうか」



晋作が私と義助との出逢いや私の秘密を話すと、九一は面白そうだとばかりに目を輝かせていたが、稔麿はなんだかあまり信じていないような表情をしていた。



「私が今から150年ほど先の未来から来たとはいえ……私が知っている史実はほんの一握りのことなの。晋作が奇兵隊を作ることは知っていたし、先の未来に何をするかは知っている。でもね、作ったばかりの奇兵隊が田野浦に行ったり、教法寺であんな事件が起こるなんて知らなかったの。私が知っているのは新しい世の中を切り開くきっかけとなるような大きな出来事のみ」


「それでも凄いことですよ! 先が分かるなら、犠牲も最小限でとどめられるはずですから」


「私は……そうしたいと思ってる。晋作や義助には恩があるし、二人のことも今まで出会った長州のみんなのことも大好きなの。だから、私のこの少しばかりの知識を役立てたいと思ってるんだけど……」



困った顔をする私を見て、九一は不思議そうな表情をしている。



「ある時、俺と義助は話し合ったのさ。美奈を利用することはしねぇ。美奈のことを知らせるのは、本当に信用できる者のみ。だからこのことは俺らと桂さんや郁太郎、俊輔に聞多までにしか話しちゃいねぇ」


「秘密は限られた人間にしかしないというのは分かりますよ。姫君を危険に晒すわけにはいかないですからね。ただ……その知識を、力を借りない手はないと思うのですが」


「九一、お前はそう思うか。甘ぇことを言うと笑われちまうかもしれねぇが……俺も義助もコイツを存外気に入っているモンでなぁ。俺らは利用するためにコイツを手元に置いているわけじゃねぇのさ」


「ですが……」



晋作の言葉は、心の底から嬉しいと思った。

私に未来の知識があるからではなく、私を気に入っているからと言ってくれた言葉はありがたい。

でも……これから先はそんなことは言っていられないのも事実だ。



「晋作や義助は私のことを想ってくれている。それはすごく嬉しいこと。でもね、私も同じくらい二人を想っているの。松蔭先生との約束も果たさなきゃだしね」


「先生との……約束? 姫君がここに来た年には、先生はもう居なかったはずですが……」


「九一、コイツはバカなことをやらかして一度死にかけてやがるんだよ。その時に先生に会ったんだとよ」


「そんなことが……あるはずは……」


「あの先生のことだ。有り得なくもねぇがな」



晋作は笑いながら言った。



「とにかく! 松蔭先生との約束を果たすためにも、みんなの命の危険がある時は私の知っていることを伝えるって、晋作と義助には言ったのよ」


「まぁ……俺もそれに助けられたクチさな」


「高杉さんが? どういうことです?」


「なんだ、稔麿も気になるか? お前らには特別に教えてやろう。俺は新しい世の中を見る前に労咳で死ぬ運命だった。それをコイツは治しちまいやがったのさ」


「労咳……を? それは無理ですよ。労咳は死病と恐れられる病ですから」


「コイツには、それができた。美奈は自分の時代の医学知識をこの時代の医者どもに伝え……そいつらが研究を重ねた結果、薬ができた。義助のバカが攘夷なぞを行う前までの間、俺ぁコイツと療養していたのさ。療養生活じたいは短かったが、その後も薬を続け……美奈のお蔭で、俺は死病にも打ち勝ったというわけだ」


「まさか……そんなことが……」


「面白ぇだろう?」



晋作の話を聞いた稔麿は、言葉を失っていた。



「そんな美奈が、此度のことも言っていた。八月に長州が京から追い出される。薩摩や会津と徳川が手を組みやがって、俺らを排除する……と。本当にそうなったというわけだ」


「やはり……姫君が先の世の者であるというのは……本当なのですね」


「九一は受け入れるのが早ぇなぁ」


「本来ならば信じられるようなことでは無いですが……高杉さんがそう言うのですからね」


「この先、長州のモンが京に入れば壬生浪にやられるらしいぞ」



晋作は笑いながら言った。



「笑いごとじゃないのよ? 京都守護職の会津は壬生浪士組……新選組に京の警護にあたらせる。長州の者は彼らにとって捕縛対象であり、斬るのも厭わない。だから、笑いごとじゃないの」


「あんな田舎剣法の芋集団に何ができるのかねぇ」


「新選組だって先の世に名を轟かせるのだもの、天然理心流だって他に負けないくらいすごいのよ。そんなことより、これからのことよ」


「そうだったな」



かなり話が逸れてしまったが、この辺りで軌道修正となった。



「これからのことだが……俺は今はまだ謹慎の身だ。奇兵隊の総督からは間違いなく外されるだろう。最悪、腹を斬る可能性もまだ十分にあるということだ。だから俺はまだここを離れることはできねぇ。お前らはどうするつもりだ?」


「俺はここに残ります。このまま奇兵隊とともに残りたいと思います」


「俺も……残ります」



武人や狂介は奇兵隊とともにここに残ることを選んだ。



「私は義助と会って話をした上で、京に入ります」


「俺も……京へ向かいます。京ですべきことがあるのではないかと思います」



九一や稔麿は、京に向かうことを選んだ。



「私も……京に行く。私にはやるべきことがあるの。だから京に行く」



私もみんなと同様に自分の進む道を示した。

その言葉によほど驚いたのか、みんなはざわついていた。



「京に行くだと? 俺がそれを許すとでも思っていやがるのか?」


「晋作が反対しても私は行く。私にはやらなければならないことがあるの」


「先のことが分かるお前ならば、京が危ねぇことくれぇは分かるだろう? そんなところに俺がお前を行かせると思っているのか?」


「京に行けば危険が伴うことは分かってる。晋作が心配してくれていることも分かる。でも……私は義助や九一、稔麿を守りたいの。晋作と同じように……」



私が九一や稔麿の名前を出したことで、九一や稔麿は困ったような顔をしていた。



「姫君が私たちを守りたいとは、どういうことですか?」


「九一のその問いには今は答えられない……でも、その時が来たら……必ず伝えると約束する」


「分かりました。今は何も聞かないでおきましょう。ただし、私たちのためとはいえど、無茶はしないでくださいね? 貴女が無事でないと、貴女を嫁に貰えなくなってしまいますからね」


「よ、嫁!?」



この人の考えていることは本当によく分からない。

悪戯っぽく笑う九一に、晋作と狂介は面白くなさそうな顔をしていた。



「美奈、お前のことについては改めて話をする。夜も更けて来たからな。今宵の話はこれで終ぇだ」



晋作は不機嫌そうに言った。

その言葉に他のみんなは部屋をあとにした。



私が京に行くことをよほど快く思っていないのだろう。


義助たちを守るためには、まずは晋作を説得しなければならないが……晋作を説得することはできるのだろうか。



いや。



できるかどうかではなく、必ずしなければならない。



今はまだ手立ては思いつかないが、池田屋事件で稔麿を失わず、禁門の変で義助や九一を失わないためにも……私は京へ行かなければならないのだ。



「晋作……少しだけ、話がしたいの。その……晋作と二人きりで」



晋作の方に向き直ると、私は真剣な表情で伝えた。




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