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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
政変と失墜
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風の噂



教法寺でのあの事件以来、私は蔵田さんのところへ毎日通っている。


蔵田さんは武士なのに驕ることは全く無く、年若い私にもとても丁寧に接してくれる。


初めのうちは、士分が集う教法寺に通うことに不安に思っていたが、蔵田さんの傷が癒えるまでの間に他の人たちとも少しずつ打ち解けることができた。

それは蔵田さんが本当によく気遣ってくれ、私と他の隊士との間を取り持ってくれたお蔭だ。

今では、他の人の怪我の手当や健康の相談に乗ることもあるくらいだ。



「蔵田さんの傷も体調も良くなって本当に良かった。まぁ……傷痕はやっぱり残っちゃったけど……」


「お蔭様でこの通り! 女子ではないのですから、傷痕が残ろうが構いやしませんよ。ほら、刀傷は勲章の証って言うでしょう?」


「えー? そんなの聞いたことないよ」


「そりゃあそうですよ。私が適当に言ったのですから」



私と蔵田さんは顔を見合わせて笑った。


そんな穏やかな雰囲気の私たちのところに、また一人二人と人が集まって来る。



先鋒隊は士分のみの高貴な身分の人たち……と思って初めのうちは敬語で丁寧に話そうと努めていたが、こんな性分なのでだんだんボロが出てしまった。


幸い隊士の人たちの中にも気軽にと言ってくれた人も多かったので、一部の人の前では普段通りの口調で伸び伸びとやっている。

当然、それを良しとはしないような頭の硬そうな偉い人の前ではボロが出ないように努めているのだけれど……。



「そうだ! 美奈ちゃんに、と思ってこれを買ってきたんだよ」


「わぁ、ありがとう! 美味しそうな羊羹。お茶と一緒に食べると最高よね。みんなで食べようよ」


「あ、俺も! これを見て。珍しく京菓子が手に入ったからぜひにと思ってさ」


「これすっごく可愛い! 京菓子って……落雁みたいな感じなのかな? なんだか可愛くて食べるのがもったいないなぁ。ありがとう」


「美奈ちゃんは本当に美味しそうに食べるよね。だから、甘味屋を見るとついつい買ってしまう」


「こんな素敵な差し入れなら、いつでも大歓迎よ!」



……まぁ、こんな感じでわらわらと人が集まり、餌付けのようなティーパーティが始まることも多かった。



「そういや聞いたか? 京で徳川と一悶着あったみたいでな。なんでも薩摩や会津が徳川と結託して……」


「あぁ……その話ならつい先刻、耳に入ったところだ。長州の者やそれに近しい公卿を御所に入れぬようにしたそうだ。これからどうなることやら」


「それって……長州が京から追い出されたってことだよね?」


「まぁ……そういうことになるよね」



思わず隊士たちの話に割って入ってしまった。


教法寺での事件が起きたのが八月十六日。

その二日後に起きたのが八月十八日の政変。

ここまで話が流れて来るのに数日かかるのは当然のことだ。


晋作は……すでにこの話を耳にしたのだろうか?



こうしてはいられないと、立ち上がろうとした。



「こんなとこで呑気に甘味を頬張るたぁ……お前はどこに居ても変わらねぇなぁ」


「し、晋作!?」



急いで話しに行こうとしたその相手の方からやって来たことに驚き、私は目を丸くさせた。



「おい。お前、今日の勤めは滞りなく済んだのか?」


「もちろんよ! だからこうして、みんなで休憩を……」


「ならばもう良いな。コイツに用があるモンでな、今日のところはこれで連れて帰らせてもらう」



晋作は私の手を引くと、立ち上がらせた。



「あっ! 晋作、ちょっと待って。ねぇ、この京菓子を少し貰って帰っても良い?」


「もちろんだよ。気に入ったようで良かった。また手に入ったら差し入れるからね」


「ありがとう!」



貰った京菓子を大事に抱えると、晋作とともに教法寺をあとにした。



晋作と帰路を歩く。



「お前はたいしたモンさな」


「何が?」


「先鋒隊と奇兵隊は、あれ程までにいがみ合っていたというのに……餌付けされるほどの仲になるとはなぁ」


「餌付けって……。まぁ、確かにはじめは少し緊張したけどね。でもさ、話してみればどの人もみんな優しくて良い人ばかりだったよ? 畏まって話さなくて良いって言ってくれる人も多いし」


「それが不思議さな。仮にも士分の奴らだから、上下は気にするモンだ。それをお前はいとも簡単に破っちまったからなぁ」


「それって褒めてるの? 貶してるの?」


「俺ぁお前に感心しているのさ。お前一人の力で士分のヤツらの懐にすんなり入り込むなぞ、なかなかできまいよ。やはり双璧の姫君は伊達じゃねぇなぁと思っていたところさ」


「……またその呼び方」



頬をふくらませる私を見た晋作は、声を出して笑う。



「そんな顔するな。お前はすごいと褒めたのさ」


「そりゃあどーも」



そんなやり取りをしているうちに屯営へと辿り着く。



部屋に戻ると、そこには武人や狂介と九一に稔麿も居た。



みんなが揃うなんて……やはり、今回の議題はあのことだろうか。



その場に腰を下ろすと、気持ちを切り替えた。





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