晋作の想い
アイツと別れてからというものの、世子のもとに向かうその足取りは重かった。
美奈の苦しそうな声に幾度となく振り返ろうとはしたが、ここで振り返ってしまったら……俺の覚悟が揺らいでしまい、きっと俺はアイツを連れて逃げたことだろう。
周りの奴らが俺と義助を双璧と呼ぶようになったのはいつからだったか。
その双璧の間に、いつの間にか当然のように居座るようになったアイツ。
俊輔が双璧の姫君なんて大層な名を付けやがるから、周りもおんなじように呼び始めやがって……。
双璧とその姫君の間は、仲間意識で繋がって均衡を保っていた。
いくら死の可能性に心が追いやられていたとはいえ、その均衡を破るようなことを言ってしまうとは……。
「俺もまだまだ青いねぇ」
フッと笑うと、俺はその場で一度振り返った。
あの場所からしばらく歩いて来たので美奈が見えるはずはないが、もしかしたら追いかけて来ているのかもしれないと思っている自分もいた。
来るわけ……ねぇか。
そのまま俺は死ぬ覚悟を決めて、世子のもとへと伺った。
「ご報告申し上げることがございます」
世子にことの次第をこと細かに説明した。
俺の報告に世子やその側近たちは難しい顔をしていた。
この場で決断することは難しいとのことで、正式に通達があるまでは謹慎を言い渡された。
その場で腹を斬れなどと言われると思っていた俺は、謹慎のその一言に拍子抜けしてしまう。
総督の座は降りることになるかもしれないと言われはしたが、そんなもんは正直どうでも良かった。
まだもう少しだけアイツと共に過ごし、その姿を見ることができる……今は、それだけで良い。
いつ死んでも構わない、死ぬのは怖くはない……と常々思っちゃいたはずだったが、いつの間にかもっと生きたいと思うようになっていた。
俺も随分と女々しくなっちまったもんだ。
俺が屯所に戻った時、大事そうに生けられていた草花のような物に目が行った。
俺のために美奈が千日紅という花をたくさん摘んだ、と武人が言っていた。
千日紅の意味は終わりのない友情とか、不死や無事……変わりない愛情とかだとアイツが言ってやがった。
武人には終わりない友情を込めて渡したと言っていたが……俺には?
そんなくだらねぇ問いに、アイツは誤魔化して最後まで答えやしなかった。
武人のように友情を意味するならば、臆することなくすぐに答えられることだろう。
それを答えなかったということは?
「俺の考え過ぎ……か」
あの猪娘がそんな駆け引きめいたことなぞ、できるはずもねぇか。
それでも……。
もし、俺にも一縷の望みがあるならば……昔のように義助と張り合うのも悪かねぇ。
「三千世界の鴉を殺し……主と朝寝がしてみたい」
そう呟いた俺は、思わず笑いが込み上げた。
そんな色気めいた唄はアイツには似合わねぇと思ったからだろう。
義助が連れて来たアイツに初めて会った時、俺は義助の趣味を疑ったが……義助と同じようにアイツに惹かれちまった俺もたいがい、か。
見た目が良いというのは時に厄介なものだ。
あんな男まさりの色気の欠片もねぇヤツでも、義助や狂介らのように惹かれる者も居る。
あの田舎道場のガキですら色めき立っていた。
アイツはあのガキから貰った刀をたいそう大事にしていやがるが、俺からすれば面白くねぇ。
俺がアイツに刀を渡したら……アイツはどちらの刀を選ぶのだろうな。
そんなくだらねぇことばかりを考えている内にいつの間にか夜が明けた。
夜が明けると屯営内には様々な声や物音が聞こえて来る。
朝も早い内から外を忙しなく動き回っていたアイツの姿を、部屋の窓から眺めていると自然と穏やかな気持ちになった。
もう少しだけ……時の巡り合わせが来るその日まで……まぁ、気長に待つとしようじゃねぇか。




