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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
下関防禦と奇兵隊
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教法寺事件 ー前編ー


あの日の翌日、義助は再び京へと出立した。


あの夜に三人で交わした言葉で、義助の考えも少しは変わってくれたと信じたい。




それからしばらく経ち、私たちは小倉から山口に戻り、また慌しい日々を過ごしていた。




それは八月十六日の夜の出来事だった。




晋作と武人は奥座敷で碁を打っていた。

私はその二人の対局の様子をぼんやりと眺めていた。

囲碁のルールを知らない私にとっては退屈以外の何ものでもない。



「囲碁ってさ、どうなれば勝ちなのかよく分からないのよね。それ、面白いの?」


「碁は頭を使う遊びだ。お前のように頭より先に体が動くようなヤツには向かねぇかもしれねぇなぁ」


「……嫌味なヤツ」



頬を膨らませる私を見て武人は笑う。



「打ち方を覚えれば面白いものだ。こっちに来い。打ち方を教えよう」


「武人は優しいね! 誰かさんと違って」


「黒と白の石があるだろう? これを交互に打っていく。石で囲って陣地を広く取った方の勝ちだ。地の広さは目という単位で表す。例えば白が33目で黒が20目なら白の方が広いから白が勝つ」


「へぇ……打ち方と勝敗の付け方は何となく分かったけど、難しそうね」


「何度も打って、打ち方を覚えてしまえば面白いものだ」



武人の隣りで二人の対局を眺めながら囲碁のルールを教わった。

なんとなく分かったような気もするが、囲碁は私には難しそうだ。


対局も終盤に差し掛かった時のことだった。


一人の男性が血相をかいて晋作や武人の所に来た。


奇兵隊の宮城彦助さんだ。


以前に晋作から教えてもらったが、宮城さんは士族であるが先鋒隊ではなく奇兵隊に身を置いている。

それも禄高500石の、いわゆる上流階級のおじ様だ。

高杉家同様、八組士の中にも含まれている。


晋作のおうちで200石、桂さんのおうちで150石なのだから、その裕福さは桁違いなのだろう。

ちなみに医師の家系の久坂家は25石らしい。



「高杉さん、対局中に申し訳ありません。一つお耳に入れたいお話がありまして」


「宮城さん、普段から冷静なアンタがそんなに慌ててどうしたよ?」


「そ……それが……」



宮城さんの話はこうだった。



今日は世子が視察に来た。

世子というのは大名などの後継ぎのことで、ここでは毛利定広様のことだ。


毛利様は先鋒隊と奇兵隊の視察をする予定だったが、時間の都合で奇兵隊の銃の訓練の様子や剣術披露のみとなり、先鋒隊の方は後日となった。


途中で日が暮れてきてしまったのでそれは仕方のないことだったのだが、武士ばかりで編成され正統な隊である先鋒隊にとっては、武士だけでなく庶民も集まる奇兵隊が優先されたような気がして面白くなかったのだろう。


この日、世子から先鋒隊に慰労の酒が振る舞われた。

酒に酔った先鋒隊の者たちは、先鋒隊が後日にまわされたことが宮城さんの画策だと騒ぎ立て、皆が殺気立っているという。


宮城さんは武士なので当然、先鋒隊にも仲が良い者が居る。

その者から宮城さんが狙われていると教えてもらい、先鋒隊の者たちの誤解を解こうとはしたが、全く話にならず困り果てて晋作を頼りに来たらしい。



「話は分かった。俺と宮城さんは教法寺へ向かう。武人は念のため奇兵隊の者どもへ伝えに行け。美奈、お前は危ねぇからここに居ろ」



晋作はテキパキと指示を出しながら支度を始めた。



「私も行く! 何かあっても自己責任だし、それに絶対に晋作から離れないから大丈夫!」


「……好きにしな」



私も刀を手にし簡易的な医療道具が入った鞄を肩からかけると、晋作と宮城さんのあとを追いかけた。



「誤解を解くために、話し合いに行くんだよ……ね?」


「そのつもりさな。だが、酒に酔っていて殺気立っているとなりゃあ……奴らが話し合いに応じるか、もしくは話し合いで済むか……そりゃあ俺にも分からねぇ」


「っ……そっか」



宮城さんも晋作も身分は高い方だ。

相手も武士で、ちゃんとした身分の人たち。

八組に入る二人を無下にするはずがない。

だからきっと、大丈夫だろう。

この時までは、そう思っていた。



いくつかの会話を交わしている内に教法寺の門に着く。



「奇兵隊の高杉と宮城が参った。先鋒隊と話し合いの場を設けたい」



門の前で番をしていた者に晋作がそう告げ、私たちは門をくぐり中に入る。


その時のことだった。



「奇兵隊が襲撃に来たぞ!」



誰かの大声が聞こえた。


その声と同時に、何発かの銃声がした。


瞬時に晋作が、私を庇うようにして抱え込みながら大木の後ろへと入った。


私たちは銃撃されたのだろうか?



「奴ら……全く話になりゃしねぇ」



そのままの体勢で晋作は呟いた。

宮城さんも無事のようだ。



「高杉さんをお守りしろ!」



大勢の足音と共に、奇兵隊のみんなが私たちの周りを取り囲む。


武人の話を聞いて、すぐに奇兵隊が集まって来たようだった。



「先鋒隊の奴ら、高杉さんに銃を向けるなぞ……今日という今日こそは許さねぇ」


「俺らのことをいつも馬鹿にしやがって! 腰抜けどものくせに」


「今日こそ目にものを見せてやろう!」



奇兵隊士たちは口々に言い、なんだか不穏な雰囲気だ。



「おい! お前ら、ちょっと待て!」



殺気立っている奇兵隊のみんなは晋作の制止も聞かず、次々に教法寺の内部へと入って行ってしまった。


それを見た私は、何だか嫌な予感がして奇兵隊士たちのあとを追った。



「美奈! お前までどこに行く!」



教法寺内に入ると、殺気立っている奇兵隊士と、散り散りに逃げて行く先鋒隊士とで入り乱れていた。


そんな中、床についている先鋒隊士に奇兵隊士が斬りつけているのが目に入った。


私は咄嗟にそこに駆け寄った。


奇兵隊士が次の一撃を加えようとした既の所で、私は二人の間に入り、自分の刀でその刀を受けた。



「いくら敵だからってねぇ……寝ている人を斬るなんて……武士の風上にも置けないのよ! 恥を知りなさい!」



相手の刀を弾くと、その者は困惑した表情を見せた。

きっと、晋作や武人のそばに常に居る私が先鋒隊士を庇っていることが、よほど意外だったのだろう。



「私にとっては、晋作が作った奇兵隊が大切よ。でもね……そんな大切な貴方たちに、人の寝込みを襲うような卑怯な真似をしてほしくは無いの。貴方も志あって奇兵隊に入ったのでしょう? 分かったなら、行きなさい!」



私の言葉に奇兵隊士は小さく謝り、去って行った。



「美奈!」



血相をかいた晋作と武人が私に駆け寄る。


晋作は私の無事を確認すると、武人に奇兵隊士を引き上げさせるよう命じた。


先鋒隊士はすでに逃げおおせていたため、奇兵隊士もすんなりと引き上げて行った。


命じられた仕事を済ませた武人は、晋作とともに私の様子を見ている。



「ねぇ、貴方……大丈夫? 傷を確認するから、着物を緩めるわよ?」



床に居る先鋒隊士の布団をはがし着物を緩めると、左脇腹から臍にかけて10cmほどの切創があることが分かった。

傷は浅いようで出血も少なく、致命症では無さそうだ。

ただ、傷に開きがあるため縫合は必要そうだった。



「武人! 一度戻って、私の医術道具が入っている鞄を持って来てくれる? 私の机の下にあるヤツね!」


「分かった!」



簡単な医療道具は持っているが、縫合道具までは持って来てはいない。

この人は熱もある様子だったので、抗生剤や解熱剤が必要だと判断したため、武人にお使いを頼んだ。



「晋作はお水をたくさん汲んで、一度沸かして冷ましておいて!」


「はいよ」



二人を見送った後、私は彼の出血量を減らすため、鞄からガーゼを取り出し、そばにあったお酒で消毒しながら傷をおさえた。

噴き出すほどの出血ではないが、少量ずつ流れ出ている。

手立ては縫合以外に無いだろう。


郁太郎から縫合を習っていたが、実践は初めてだ。


しかも師である郁太郎や、他の医師は居ない。


私なんかが医師のように傷口を縫うなど、本当はしてはいけないこと。

だが、彼は今体調を崩していて弱っている。

傷口から感染を起こせば、死んでしまうかもしれない。



『お前しかおらぬ時に患者が来たとする。お前は助けられる手立てや知識があるのに、やったことがないからと言ってその命が尽きるのを待つのか?』



いつの日か郁太郎に言われたその言葉を思い出し、私は覚悟を決めた。











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