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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
下関防禦と奇兵隊
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同朋との再会



とある日の夕方のことだった。


庭先で小さな物音がした。


猫か何かだろうかと思いながらも、念のため刀を手にして表へと向かった。



「……久し……ぶり。ずっとずっと……会いたかった!」



私はそこに居た人物に駆け寄ると、思わず飛びついた。


会えなかった期間はたった数ヶ月。


毎日義助の無事を心配していた私にとって、この数ヶ月は果てしなく長いものだった。



「長いこと待たせてしまったな」


「本当だよ。待たせすぎなんだよ……義助も、無事……だったんだね」



久しぶりに会えた嬉しさだろうか、それとも安堵感からだろうか、私は人目も憚らず声を上げて泣いた。



「お前にそうも泣かれてしまうと困ってしまう。まずは中に入ろう」


「だって……義助が……」



義助は少し困ったような顔をして、私の背中をさすりながら室内へと入って行った。


室内に入ってからも義助は、私をなだめるように背中をさすりながら静かにそばに居てくれた。



「少しは落ち着いたか?」


「……うん」


「晋作はどうした?」


「晋作は、九一と一緒だと思う。いつもならそろそろ帰って来るよ」


「そうか……ならば少し待とう」



私たちは他愛もない会話をしながら晋作の戻りを待った。


義助は例の砲撃の後、攘夷実行の報告に京へ上ったらしい。


義助が京に着いたその日に外国からの報復を受け、義助と入れ違いに晋作や私が馬関に入ったようだ。


その後の私たちは小倉に入り、義助は京と長州とを行き来しているその合間に小倉に立ち寄ったと言っていた。



「美奈、帰ったぞ……って。おい、義助……お前、どの面ぁ下げて俺らのもとに来た」



上機嫌で帰って来た晋作は、そこに居た義助の姿を見つけるとその表情は一変し、鋭い目つきで義助を睨んだ。



「どの面もなにも…。攘夷決行後に帝にご報告し、萩に戻ったのちにここに向かったのだ」


「お前……俺や桂さんが散々止めていたのに……それを無視し続けていただけでなく、あの日も能登のおっさんの制止を振り切って砲撃したそうじゃねぇか」


「それが攘夷期限の期日だったのだ。その好機に何をためらう必要がある? 現にこうして帝にご報告申し上げ、朝廷からも正式に攘夷をと……」


「ふざけるな! お前が勝手に砲撃しやがったから、お前が呑気に京へと向かっている間に、こっちは報復されてんだよ! 今の武力じゃ外国には到底勝てねぇ……だからこそ、力を存分に蓄えてから戦うべきだと言った俺らの言葉の意味が、お前にゃあ分からなかったのかよ? お前……長州を、この国を外国に潰させる気か? 外国との戦になりゃあ、徳川を潰すどころの話じゃ済まねぇんだよ!」


「今は他藩に先駆けて攘夷の意志を強く示し、我が藩の力を他藩や徳川に知らしめることこそが必要だ。そのためには件の砲撃は必要なことだったのだ。それに外国からの攻撃を見て、この国の徳川を含めた全ての者が外国への危機感を持たねばなるまい」


「お前のやり方じゃあ、徳川の前に長州が潰れちまう!」


「我が藩はそれ程のことで潰れるほど脆弱ではあるまい」


「お前……今に後悔するぞ? この短期間に色々な国を無差別に砲撃しやがって……そいつらがまとめて報復に来た日にゃあ、この長州は終いだ」


「そうならぬよう防衛を図るのがお前の仕事だろう?」


「っ! お前……誰のせいで!」



どこまで行っても平行線のその会話に、晋作は思わず義助に掴みかかった。



「晋作! 止めてってば!」


「お前はコイツの味方をするのか!」



晋作は止めようとした私を振り払い、私はその拍子に勢いよく倒れ込む。



「……悪かった」



倒れた私を抱き起こした晋作は我に返ったようで、私に小さく謝った。



「義助……貴方の思想は危険すぎる。義助がこの国のことを想って動いているのは分かるよ。でもね……晋作の言う通り、今のこの国には外国と戦えるだけの力は無いと思うの。今後、外国は結託して報復に来る。その時には……」



私はその場の雰囲気に呑まれて勢い任せに言ってしまったが、その時には義助は居ない……と言いかけたところでハッと気づきその口をつぐんだ。



「ほらみろ、美奈もそう言っている。お前の考えは時期尚早すぎんだよ。今はまだ力を蓄える時だ。相手にするのは外国じゃねぇのさ」



晋作は私の言葉に頷いている。



「美奈……お前が言いかけたその先の言葉は何だ?」



義助に言われ、私の鼓動が速くなるのを感じた。


これは今言うべきなのだろうか。


しばらく悩んだが、悩み抜いた末に私は静かに話し始めた。



「あの日、二人と約束したよね。私の未来の知識はあえて二人には伝えないけど……二人の命に関わる時は、それを伝えるって。晋作の時は労咳だったでしょう? 義助の場合は……」


「私の場合は? 良いから気にせず続けてくれ」


「今は文久三年。この前、義助たちが攘夷を決行してその後外国から報復された。それを受けて晋作が馬関の防衛を任されて奇兵隊ができたでしょう? ここまではその通りに進んでる。でも、奇兵隊が小倉に来たこととか、この年にどんな動きをするかまでは私には分からないんだ」


「……そうか」



義助と晋作は興味深そうに私の話を聞いている。



「この先、長州は更に厳しいことが連続する。まず、八月には京から長州が締め出されるの。帝は……攘夷を喜んではいないの」


「そんなはずは……」



義助は悔しそうな表情を見せる。



「長州とともに攘夷思想が強い公家も締め出されて……都落ちする。それでも尊攘思考の強い人たちは京にこっそり入洛するから、壬生浪士組……後の新選組がその警備にあたる。だから、私が習った天然理心流の……試衛館のみんなと私は敵になるの」


「お前がしきりに奴らと敵になると言っていたのは、そういうことだったのか」



晋作は腑に落ちたような表情をしていた。



「そう……なんだよね。そんな試衛館のみんなに二人の顔を知られるようにしてしまったのは私の失敗……軽率な行動だったと思う。本当に、ごめんなさい」


「謝るな。そんなこたぁ、さして問題じゃねぇさ」


「晋作……ありがとう。それで、ね。そんな混乱の中で一つの事件が起こるの。そこで稔麿が……巻き込まれて死ぬ。だからこそ、私はそれを止めたいと思っているの。そんな事件を受けて、長州は汚名をそそぐために……御所に向けて進軍するのよ。その中に義助や九一、来島さんも居る」



義助はその言葉に反論した。



「私が……私たちが御所に向けて軍を差し向けるはずがない!」


「義助はね……御所を潰すつもりで進軍したんじゃないと思う。軍は率いていても、攻撃するつもりではなくて……話を聞いてもらいに行っただけ。来島さんの言葉に仕方なく進軍したと史実には残されている。だけどね……軍を率いるということは、朝廷に弓を引くのと同じことなのよ」


「義助にそのつもりは無くとも、まぁ客観的に見りゃあそうだろうよ」


「私たちの時代ではそれを、禁門の変とか蛤御門の変というんだけど……そこで義助や九一、来島さんは……」



私の言葉に義助は黙って俯く。


今これを伝えてしまったことは正解だったのだろうか。



「私は……ね。晋作も義助も、そのどちらにも欠けてほしくないの。二人揃って新しい時代を見届けてほしいの。だから……私は、その禁門の変を止めたい」


「私がその禁門の変で死んだ後は……その後の長州はどうなる?」


「御所に進軍した長州は、更に窮地に追い込まれる。長州は朝敵となり征伐対象となるだけでなく……同時期に外国からの連合軍により再度報復を受ける。その意味は……義助なら分かるでしょう?」


「お前の言いたいことは……分かる。だが……今まで行ってしまったことは、もう覆せまい」


「今まで起きてしまったことは、もう取り返しがつかない。でもね……この先の未来は変えられる。八月の都落ちや外国からの報復は、もう変えられないとは思うけど……禁門の変は義助の行動次第だから、まだどうにかなるんじゃないかと思ってる。それにね、外国から再び攻め入られた時に、晋作と義助が居れば……もっと言えば、九一や稔麿も居れば……犠牲になる人も少ないだろうし、未来は明るいと思うの」



私の言葉に、義助と晋作は顔を見合わせて頷いた。



「お前の想いは分かった。先が見えているというのも存外辛ぇモンかもしれねぇなぁ。お前も一人で抱え込み過ぎんじゃねぇぞ? 苦しくなった時は俺や義助を頼りゃあ良い」


「私はお前のそんな顔は見たくはない。今まで起こしたことは、もうどうにもならぬが……今後はこれからのことをお前や晋作と共に考えていこうと思う。これからも力を……貸してくれるか?」


「もちろん!」



二人の言葉に、私は笑顔で答えた。



「晋作も……すまなかったな。今後は、桂さんや晋作の話も聞き入れよう」


「まったくだ! お前は頭に血がのぼりやすいんだよ。お前と美奈は変なところが似てやがんだよ。尻拭いする俺の苦労も分かりやがれ」


「そこで何で私が出てくるのよ! 晋作だってねぇ、いつもいつも……」



三人は顔を見合わせ、声を出して笑った。



こうして笑い合える仲が、この先もずっと続くようにと願うばかりだ。



この先の動乱の世も三人で力を合わせて生き抜いて行きたい。



そう思った夜だった。



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