田野浦占領
晋作が作った奇兵隊は身分を問わないとはいえ、武士と武士以外が半々の隊だった。
そのメンバーには狂介や武人も居た。
奇兵隊は藩の正規軍との諍いがちらほらあるようではあったが、晋作の指揮のもとなんとかやっていた。
最近では奇兵隊を模倣した部隊が各地で増えて始めているという。
そんな私たちに初めての司令が下された。
それは、小倉藩領の田野浦に入り砲台を占拠するものだった。
晋作が作った部隊の目的は外国から日本を守るためだけであると勝手に思い込んでいた私は、その命が下されたことに驚いた。
長州藩が……義助たちが攘夷を決行した時に小倉藩は静観していたことも理由だと聞いた、と晋作は言っていた。
確かに外国から日本を守るためには砲台は必要なのかもしれないが、相手は同じ日本人だ。
これではまるで戦ではないか。
私は、何とも言えないもやもやした気持ちだった。
「美奈、出立の前にコイツらを紹介しておく。そこに居るのが入江九一だ」
晋作の言葉に入江さんが飛び出し、私の手を握って微笑む。
入江九一……といえば、禁門の変で義助と一緒に命を落とした人だ。
こんなにも柔らかい雰囲気の人だったのか……。
「はじめまして、入江と申します。双璧の姫君にやっとお会いできて光栄です。高杉さんや久坂の話を聞いて、ずっと貴女にお会いしたかったのですが……二人がなかなか会わせてくれなくて。私のことは高杉さん同様に、親しみを込めて九一とお呼び下さい」
「九一……さん、はじめまして。美奈……です」
「それでは親しみを感じられませんよ。九一で結構です。言葉遣いもどうか普段通り、双璧と同じようにお願いします。それにしても……久坂の言う通り、本当に愛らしい! 私の嫁に……どうですか?」
「えっと……九一とは今日会ったばかりだし、無理……かな」
九一の勢いに、私はつい圧倒されてしまった。
「おい九一、そのへんにしておけ」
「ありゃあ、高杉さんがとても怖い顔をしているので、今日のところはこの辺で……」
九一はにっこり笑うと、もとの位置に戻って行った。
「九一は年上だが、その節操の無さ……とてもそうは見えねぇなぁ。まるで俊輔を思い出すようさな。……まぁ良い。九一の隣りが吉田稔麿だ」
吉田稔麿といえば、池田屋事件で命を落とす人だ。
双璧に九一とこの人を加えて、四天王と呼ばれていたほど優秀な人だったと記憶している。
「……吉田稔麿だ。美奈……さんのことは久坂さんから聞いている。俺のことも呼び捨ててもらって構わない。高杉さんや久坂さんがそれを許しているならば、当然俺にも敬意を払う必要は無い」
「えっと……私のことも呼び捨てで良いわ。年もあまり変わらなそうだし」
「年は俊輔と同じだ。高杉さんの二つ下、久坂さんの一つ下だ」
「じゃあ、私と同じだ! よろしくね、稔麿」
今日こうして九一と稔麿と会った。
それはあの時、松蔭先生が言っていた通りになった。
あの日、松蔭先生と交わした約束を心の中で呟いた。
それから私たちは、田野浦へと向けて出立した。
ーーー
しばらくの旅路の後、私たちは小倉領にたどり着いた。
田野浦では酷い戦になってしまうのではないかと心配していたが、最新鋭の武器を装備していた奇兵隊に対して、意外にもあっさりと田野浦砲台は長州の手に落ちた。
小倉藩では戦となる事態を回避するために奇兵隊の暴挙に耐え、田野浦を開け渡したのだという。
その夜、酒宴が開かれた。
そこには私と晋作、九一と稔麿が居た。
「それにしても、小倉はあっさりと田野浦を明け渡しましたね。お蔭で無駄な労力を使わずに済みました」
「小倉は攘夷実行時に傍観していましたからね。臆病者の集まりが我々に恐れをなすのは当然です」
九一と稔麿は笑いながら言った。
だが、本当にそれで良いのだろうか。
外国に打ち勝つ力を作るために、国を強くするために奇兵隊を作ったのではなかったのだろうか。
それなのに同じ日本人同士で争うようなことをしている。
それは晋作の本意なのだろうか。
いずれ幕府を倒して新しい時代を切り開くためには、こうした国内のいざこざや戦も必要なことなのだろうか。
考えれば考える程なんだか気持ちが悪くなってきてしまい、当然食も進まない。
「ごめん……私、ちょっとだけ外に出てくる。みんなはこのまま楽しんで!」
「待て……こんな夜更けにどこに!」
出立の前からずっと心の奥底にあった、モヤモヤしたものを拭いされず……私は居ても立っても居られず晋作の制止も聞かずに飛び出した。




