馬関にて
しばらくの旅路を経て、私たちは深夜に下関へと辿り着いた。
あの夜に晋作から聞いた情報では、下関は諸外国から砲撃を受けて砲台が占拠された……と言っていたが、それは史実と比べて早すぎる。
私の記憶では、砲台が四カ国連合軍に占拠されて晋作が賠償交渉にあたるのはまだまだ先の未来。
八月の政変や池田屋事件が起こり、禁門の変が起こる頃……つまりは、一年近く後の話なのだから。
そもそも晋作が作る奇兵隊だってまだ無い。
これは……歴史の歪みなのだろうか?
晋作を生きながらえさせようとしたから?
私が歪めてしまった歴史の流れを歴史自体が正そうとして、起こるべき時では無い時に起こるべき出来事が起きてしまったのだろうか?
なんだか嫌な予感がする。
そう思った。
まずは情報収集を……と、晋作は言っていた。
この時代にはテレビもニュースも無いから離れた場所の情報は人伝いになるし、たいてい人の噂には尾ひれがつくからその情報だって確かなものとは限らない。
やっぱり、正確な情報を得なければ……。
下関に入った私たちが向かったのは小倉屋だった。
「ねぇ、小倉屋って何?」
「小倉屋は商家さ。酒や煙草に米、木材やら……取り扱う物は幅広い。つまりは豪商さな」
「どうしてそんなお店に行くの? しかもこんな夜中に……食料調達とか?」
「そんなもんじゃねぇさ。白石のおっさんは必ず俺らの力となる」
そう言うと晋作はニヤリと笑った。
立派な門構えの小倉屋、白石邸に着くと私たちは一室に通された。
深夜に突然人様の家に訪問するなんて、非常識だと言われてしまいそうだ。
晋作は白石さんと大事な話があると言い、私を残して別室へと去って行った。
晋作の戻りを待つ間、私が考えていることはただ一つ。
義助は……無事なのだろうか。
もしも今、私の知らない史実が訪れているとしたら。
義助が禁門の変ではなくここで亡くなることになっていたとしたら。
そんな不安がよぎっていた。
「戻ったぞ……って、なに泣きそうな面ぁしてんだ。そんなに淋しかったのか?」
晋作はからかうように言った。
「晋作が……この前、砲台が占拠されたって……そう言ってたから心配で……義助は大丈夫なのかなとか思って」
「あぁ……あれか。先程聞いた話では、砲台は占拠はされちゃいねぇよ。とはいえ、砲撃を受けて壊されちまったそうだが……そんなもんは建て直しゃ良い。それに、あの馬鹿も死んじゃいねぇとさ。まったく悪運の強ぇヤツだ」
「そ……っか。義助は無事なんだね……良かった。本当に……良かった」
史実が変わっていないこと。
義助が無事なこと。
その安堵感から私はポロポロと涙を流した。
「ねぇ……馬関に来たから、義助に会えるよね?」
「またあの馬鹿のことか……あの馬鹿はここには居ねぇよ。攘夷の報告にと京に行っているのだとさ。馬鹿なことをやりてぇだけやって、てめぇはさっさと立ちやがって」
「そう……なんだ。義助には……まだ会えないんだ」
「アイツは簡単には死にゃしねぇさ。それにあの馬鹿のせいで俺ぁ面倒ごとを押し付けられたんだ。死ぬ前に一発殴ってやらねば気が済まねぇからな。まだ死なせねぇさ」
「相変わらず晋作は……穏やかじゃないねぇ」
晋作の言葉に涙も止まり、思わず笑みがこぼれていた。
今日の白石さんとの会談により、晋作は白石さんの後ろ盾を得ることができたらしい。
白石さんはお屋敷を提供してくれるだけではなく、必要となるものや資金をも提供してくれるそうだ。
白石さんの支援を得られた晋作は私に、お前は少し休めと言って白石邸をあとにした。
残された私は、間借りした部屋で荷解きをしていた。
長い旅路を終えたばかりだというのに、晋作は無理をしすぎなのではないだろうか。
しかもこんな夜更けに……。
長州のお殿様の命を受けてここで奇兵隊を作ることになったわけで、藩命だからこそやらなければならないこととか、会わなければならない人とか居るのだろうが……それにしても動きすぎている。
義助のことも心配ではあるが、同様に晋作のことも心配だ。
荷解きを終えた私は、晋作の戻りを待ちながらこの先のことを考えていた。
深夜だというのにまだ眠れそうにはない。
晋作の治療は上手くいけばあと2〜3ヶ月で終わるだろう。
今は6月。
8月には件の政変により、長州藩は京を追い出される。
そうなれば長州の者への取り締まりが強化され、京で新選組と出会ってしまったら斬られるか捕縛されるかだ。
そんな状況下で起きたのが池田屋事件。
その池田屋事件は禁門の変を引き起こす。
次に京で新選組のみんなに……総司に出会ったら……私は捕縛されるのだろうか?
私が何も考えずに試衛館に行ってしまったから……晋作も義助も、俊輔たちさえも……試衛館のみんなに顔や名前を知られてしまった。
桂さんのことでさえ総司には知られてしまっている。
これからお尋ね者になるのに。
更には、私が長州の主要メンバーに近い存在であることも知られている。
「きっと……出くわせば私も捕縛されるのだろうな。それでも私は……必ず京に行かなくちゃ」
ぽつりと呟いた。
もしもこの先、私が捕縛されることがあったとしても……私は絶対に仲間を売ったりはしない。
私が命を落としたとしても……二人には必ず生き延びて、新しい時代を見てもらいたい。
私を利用したくないから未来のことは聞かないと言った二人ではあるが、それが二人の役に立つ有益な情報となるのであれば、私はそれを逆に利用してもらいたいと思っている。
万が一……私が死んでしまったら……その後に読んで、みんなの命の危機を脱してもらえるように……。
そう思って、二人に宛てた手紙を少しずつ書くことにした。




