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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
下関防禦と奇兵隊
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下関防禦


例の砲撃事件をきっかけに長州藩は次々に外国船を砲撃した。


それからしばらく経ち、長州藩はその砲撃の報復を受ける。


長州藩の置かれている状況は刻一刻と悪化の一途を辿っている。



「馬関に行くぞ」



晋作の一言に、ついにこの時が来たのか……と私は覚悟を決めた。


晋作は史実通りに下関防禦に就くよう命じられたのだ。


そして私たちの旅路は始まる。



「ねぇ……体調は大丈夫?」



下関までの道のりは長い。


本格的に治療を始めてからの晋作は不摂生を止め、人並みの生活とはなっていたが、まだ薬効は分からないぶん長旅は心配だった。



「これしき歩いたとてどうともねぇさ。お前こそ隠居生活で鈍ってやしねぇか?」


「私は大丈夫! ちゃんと毎日走り込みもしてたし、鍛錬だって欠かしてないもの。いざという時に剣が使えないと、みんなを守れないでしょう?」


「相変わらず勇ましいこった。女なんてモンは守られるだけなものだと思っていたがなぁ……うちの姫君は武将のようさな」


「武将でも何でも良いもん。強くなりたい……というよりは……みんなの足手まといにはなりたくないもの」


「そりゃあ良い心掛けだ。精進しろよ?」



なんて、そんな他愛のない会話を幾度もしながら目的地へと歩みを急ぐ。



しばらくの療養生活で二人きりで過ごしていたためか、少しは仲良くなれているのだろうか?


初めの頃こそ晋作の優しさは分かりにくい優しさで、会えばいがみ合うばかりだったが、最近は喧嘩をすることもなく晋作の優しさを感じることも多い。


それも穏やかな日々のお蔭だったのだろう。



そういえば……



前に試衛館で総司に言われたこともあったな……


男と同室なんて駄目だって。


同室どころか一緒に暮らしてたなんて総司が聞いたら怒るのかな?


でも……私と晋作はそんなのじゃないし……現に何も無かったし。


晋作は私には興味が無いから大丈夫!


義助は下心がありそうだし、教え通り同室にはならないようにはするし。





……試衛館のみんなは元気かな?



次に京で会う時は敵……なんだよね。



総司と斬り合いになったら……私は総司を斬れるのかな。


旅路も長くなると、そんなくだらないようなことを色々とを考えてしまう。



「なんだ、疲れたのか?」



色々と考え込んでいた私はよほど険しい顔をしていたのだろう。

晋作は私の顔を覗き込んだ。



「……だ、大丈夫! ちょっと考えごとをしてただけ」


「何も心配いらねぇよ。お前は俺や他のモンが守るから安心しとけ」


「あ……ありがとう。晋作も危なくなったら私が守るからね!」


「そりゃあ、そん時は期待しておくとするかねぇ。さて……今日はこの辺りで宿をとるから、お前もゆっくり休め。まだ道のりは長い。お前も不安もあるかもしれねぇが……思い悩む必要はあるまいよ」



やっぱり勘の良い男は少し苦手だ。


晋作は勘が良すぎて、思考が全て読まれてしまっているかのような錯覚さえ起きる。



「うん……晋作もゆっくり体を休めてよね」


「お前が俺を寝かせてくれりゃあ休めるかもな」


「なっ!?」



突然の変な言い回しに顔が赤くなるのを感じた。



「うちの姫君は何を考えているのねぇ? いつからそんなに不埒な娘になっちまったのか……」


「それは晋作が!」


「俺ぁ、お前の寝言の煩さや寝相の悪さを言ってたのだが……姫君は違ったようで」



晋作は声を出して笑う。

こういう時の晋作は意地悪な顔をしている。



「ね……寝言? 寝相? 私、そんなに酷いの?」



寝言や寝相なんて眠っている自分には分かるはずもない。



「えっと……なんか変なこと言ってました?」



私は恐る恐る尋ねる。



「そうさなぁ……お前はよく俺の名や義助の名、それに先生の名を呼んでいたな。それから……いや、何でもねぇ」


「絶対に何でもなく無いよね? 今の反応! で、それから!?」


「まぁ……寝相は悪ぃな。朝起こしに行くとたいていは布団なんざ掛かっちゃいねぇし、時々夜寝ぼけて俺の部屋に来やがるし」


「私が? 晋作の部屋に!?」


「おおかた厠にでも行って、そのまま寝ぼけて部屋を間違えるのだろうよ。布団に潜り込んで来やがるから、その度に部屋に戻すのに苦労する」


「それは……お手数をお掛けして申し訳ございません」



晋作は、それから……の後に言おうとしたことをはぐらかして、話の流れを少し変えたのだろう。


普段勘が良くない私にもそれは分かってしまったが、そこはあえて気づかないふりをした。


きっと私が呼んだ名は……晋作たちにとっては不本意な名前だったのだろうと思った。




その夜、宿の一室で私たちは色々な話をした。


これまでのことや、これからのこと。


砲撃事件により外国から報復を受けた下関は砲台を占拠され、長州藩の状況は非常に悪いことなど……。



「馬関に着いたら……どうするの?」


「まずは情報を得る。その後は異人どもを食い止めねばなるまいよ。そのためにも……」


「隊を……作る?」


「その通りだ。頭数も要るが、民衆をも巻き込んで全体の士気を上げる必要がある。だからこそ、士分のみならず広く人を集める必要がある」


「身分に囚われない軍隊を作る……そうか! 奇兵隊……だね」


「ほう? 奇兵隊か……悪かぁねぇ名だな」



晋作は名前はまだ決めてなかったのだろうか?


私が知っていた史実をつい口にしてしまったことで、史実通りの奇兵隊が作られることとなってしまったのには何とも言えない気持ちだ。



「義助は……武人は無事かな」


「奴らなら心配ねぇさ」


「そう……だよ……ね」


「あの馬鹿に会ったら笑顔でも見せてやりゃあ良いんじゃねぇか? アイツはそれで士気が上がるさ。まぁ……俺ぁ一発ぶん殴ってやるがね」


「ぶん殴るって……晋作も穏やかじゃないなぁ」


「あの馬鹿どものせいでお前との暮らしも止めになったしな。一発やってやらねぇと気が済まねぇな。これで穏やかな療養生活も終いさな」


「まぁ、そうだけど。晋作にはさ、穏やかな療養生活なんて似合わないけどね。色々な情報を得て、内心では早く動き回りたかったんじゃないの?」


「まぁ、一時はこのままお前と所帯を持つのも悪かねぇと思ってもみたが……お前には全てお見通しって訳か」


「っ……所帯って! 妻帯者のクセに軽々しくそんなことを言わないの!」


「……本気で思ってたんだがなぁ。双璧の姫君は俺らのように方々を動き回る方が性に合うのかねぇ? いつの間にやら綺麗な着物を着るのも止めて、男のように袴なんぞ履いて刀ぁ差しやがって」


「だって、着物だと動きにくいもの。着物に刀を差してもいざという時に動きにくいって分かったし。袴だって可愛いもん」



むくれる私を見て、晋作は笑いながら盃を傾けた。


二人ともお酒を飲むのはどれくらいぶりだろう。


酒と女はやめないなんて豪語していた晋作が、こうも簡単にその両方をやめていたなんて。


それほどまでに生への執着……というか、生きて何かを成し遂げなければならないという信念が強かったのだろうと思った。



下関で私には何ができるのだろうか?



晋作と義助と……長州の仲間たちのために……。








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