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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第17章 長州と攘夷
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療養生活


義助と別れてからしばらくが経ち、月日は流れて早くも5月に入っていた。



残された私たちは……というと、特にこれといって特別なことはなく、ただただ穏やかに毎日を過ごしていた。



晋作はちゃんと治療を受け、お酒はなるべく控えて食事は三食しっかりと食べるし、早寝早起きの健康的な生活を送っている。

日中は辺りを散歩をしてみたり、松蔭先生の書いた本を読んだりして過ごしていることが多い。



私は晋作の治療と家事全般を担っている。


家事については意外にも晋作も色々と手伝ってくれているから、本当に助かっているところだ。


長州男児なのに……ね。


治療や家事以外の空いた時間で医療の勉強をしたり、食材などを使って郁太郎から習った縫合の練習をしたりしている。


練習に使った食材はもちろん、あとで美味しく頂いている。



「義助たちは……元気にやってるかなぁ」



洗濯物を干しながらふと空を見上げた。


この広い空は下関まで繋がっている。


それだけで義助たちとも繋がっているような気がした。



「あの馬鹿の心配か?」



晋作の言葉に振り返る。



「まぁ……ね。義助たちも変わりなく過ごせてるかなぁって」


「ほぅ……さては、あの頑固者に惚れたな? 俺という者がありながら……まったく妬けるねぇ」



からかうように言う晋作。



「そ……そんなんじゃないよ! 晋作と義助が逆の立場だったら、もちろん私は晋作の心配だってするもん」


「そりゃあ、どうも。あぁ……そんなことより、今日は少し出掛けるぞ」


「お出掛け? 食材の買い出しとか?」


「まぁ、そんなところだ」



一通りの家事を終え、出掛ける支度を済ませた私たちは城下町を目指した。



城下町はとても広く、初めて訪れた時と変わらず活気があって栄えている。


入り組んだ道も多いため、道を覚えるのは中々難しい。



「腹ぁ減ったな。何か食ってくか」


「戦の前に腹ごしらえ……だね! そうと決まれば早く行こう!」


「……お前はいったい何と戦うつもりなんだか。月日が流れたとて、いまだに色気より食い気……か」


「なにか言いました? 明日の注射は思いっきり痛くしましょうか?」



私は晋作を睨むが、晋作の方はそんなのはお構いなしとばかりにさっさと店へ入ってしまう。


私も慌ててあとを追った。



「やっぱりお店の料理は美味しいね!」



見た目も味も絶品の料理に舌鼓を打つ。



「まぁ、お前の料理も悪かねぇがな」


「そりゃ、どーも」


「いつも作らせてばかりなのも悪ぃからな。たまには外で食うのも良いだろう」


「意外と優しいのね」


「意外と、は余計だ」



腹ごしらえをした私たちは城下町を歩き出す。



「まずはここ……だな」



そう言うと、晋作は一軒の呉服屋へと入って行った。



「おい……着物でもかんざしでも何でも良いから好きな物を選べ」


「え?」


「世話んなってる礼だ」


「世話なんて……私の方こそ今までずっとお世話になってきたのに……お礼なんていらないよ」


「つべこべ言わずにさっさと選べ。お前が選べねぇなら、ここにあるモン全部買うぞ?」


「わ……わかったから! 選ぶから!」


「それで良い」



晋作の性格だから、本当に全部買いかねない。


それに上流階級だから資金も潤沢にありそうだし……。


けど……いくらお金持ちだからといって、さすがにそんなにお金を出させる訳にはいかない。


だって私はお世話になっている身だし、そもそも赤の他人だし……。


そんなことを考えながらお店の中を見まわした。


どれも高価そうな物ばかりで何を選んで良いか分からない。


着物って現代でも高いし……きっとこの時代でも高いのだろうな。



「晋作が好きな花って、梅だっけ?」


「好きな花……か。花ならば、梅さな」


「じゃあ、梅の花にする! 梅の花の……帯留?」



着物や簪は高そうだから、一番安そうな物を選んでみた。


晋作は店主と話すと品物を包んでもらい店を出た。



「ねぇ……」


「何だ?」


「私、確かに帯留って言ったよね? なのに、どうしてそんなに大きな包を持ってるの?」


「あぁ……これか? 梅の花で一色揃えさせた。もちろんお前が選んだ帯留もあるさ」



全く……お金持ちのやることには本当に驚かされる。


いったい……全部でいくらしたのだろう?



「……晋作に、こんなにしてもらう程のことはしてないよ」


「命を助けられたのだから安ぃモンだ。普通の女は喜んで受け取るところだが……お前はまったくもって稀有だねぇ。こういう時は黙って笑顔で受け取りゃあ良いんだよ。こんなモン持ち帰ったとて俺にゃあ着られねぇからな。お前が受け取らねぇと困る」


「晋作が着てるところもちょっとだけ見てみたい気もするけど……えっと、ありがとう!」


「……それで良い」



晋作は満足そうに言うと再び歩き出した。


その後は食料などの必要な物品を調達して、私たちは帰路についた。



「あと一つだけ寄りてぇ所がある」



そう言った晋作に付いて行った先にはお寺があった。


円政寺?


ここには何かあるのだろうか?


神社の鳥居があるのにお寺さん?



「わぁ! 大きな天狗!」



お詣りをしようと拝殿に来ると、そこには大きな赤い天狗のお面が掛けられていた。



「ここは幼い頃、家人によく連れられてきたもんだ。この寺で幾度となく俊輔と遊んだ記憶がある。何だかふと立ち寄りたくなってな」


「そうなんだ。ここは晋作の思い出の場所なんだね。じゃあ、まずはお詣りしよっか」



そう言うと、拝殿に向き直り目を閉じた。



晋作や義助、長州のみんなをどうかお守りください。



と、心の中でお願いした。



晋作の方を見ると何やら真剣な表情だ。


晋作はこんなにも真剣に何を祈っているのだろう?



「次は向こうに行くぞ」



そう言われて向かった先には大きな馬が祀られていた。



「俊輔とはここでよく遊んだものだ。そうだ……お前は馬の頭をよく撫でておけ」



晋作に言われるがまま、木馬の頭を撫でた。



「ねぇ、このお馬さんの頭を撫でると何かご利益があるの?」


「馬の頭ぁ撫でるとな……頭が良くなるそうだ。だから、お前は日が暮れるまで念入りに撫でとくと良いさ」


「……っ! それはどういう意味よ!」


「クク……そのまんまの意味さな」



そう言って笑いながら背を向ける晋作のあとを追った。



晋作は優しいのか優しくないのか本当によく分からない。



まぁ……前に比べればほんの少しだけ優しくなった……のかもしれない。





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