別れる道
あの晩の話し合いから数日経ち、今日は義助が「これからのこと」を話すため、久しぶり義助と晋作の二人が揃うとのことだった。
あれからの晋作は……というと、意外にも真面目に治療に取り組んでいる。
少しは病識もついたのだろうか、ここに来て食事も摂るし休息ととっているようだ。
お酒も少しは減ったのかもしれない。
説得したあの晩の翌日、郁太郎や義助を呼んで晋作の病についてみんなで話し合った。
医療者と晋作、3対1であったことも少なからず晋作に影響したのだろう。
私の方も様々な手技に少しずつ慣れ、合間に郁太郎から金創術も習っている。
文久3年、4月も末に差し掛かっている。
この先、長州贔屓の時代は一度終わる……もう少しで私たちにとっては辛い時期が訪れるのだ。
晋作を救ったそのあとは……義助を救うのみ。
必ず義助の危機も回避してみせる、と心に強く決めた。
暮れ六つ、18時を過ぎた頃に次々とこの診療所に二人が集まってきた。
私は夕餉の支度をして、二人が居る部屋へと入って行った。
「こうして皆でゆっくりと食事をするのは久方ぶりだな。晋作の方の調子はどうだ?」
「どうもこうもねぇよ。美奈と郁太郎、目付役が二人もいるお蔭でうるさくて敵わねぇ」
「そうか」
義助は晋作を見て小さく笑った。
「そういえば……さ。これからのことを話しに集まったんだよね? そろそろ馬関に向けてここを立つってこと?」
私は義助に尋ねた。
「あぁ……そうだったな。馬関へは明日向かおうと思う」
「そりゃまた唐突だね。今夜は荷造りしなきゃだ」
「そのことだが……な。美奈、お前にはここに残ってほしい。此度の馬関行きには美奈は置いていく」
「なんで!? 私だって少しは剣術もできるし、郁太郎のようにはいかないけど医術だってできる! みんなの足手まといになんてならないもん! だから……」
「そういうことではない。今回だけは……連れては行けぬのだよ」
義助の言葉に何も返せずそのまま俯いた。
「お前……まさか、決行するつもりじゃあるまいな?」
晋作は義助を睨む。
決行?
何の話をしているのだろうか?
「そのまさか……だ。此度の馬関行きには、武人や入江らを連れて行く。攘夷決行の期日を定めた通達があった以上、我が藩も先駆けて攘夷を示さねばなるまい」
「馬鹿か? あれだけ俺や桂さんが止めておけと言っただろうが。お前……それを無視してこれまであちこで変な画策をしていたのか?」
「これは私だけの意見や我儘ではない、此度の攘夷はもはや藩の意向だ。私が留守の間……美奈を頼む」
「ふざけるな!」
淡々と静かに語る義助に掴み掛かろうとしている晋作を慌てて止めた。
それにしても……
義助と、晋作や桂さんの意見とが割れるだなんて。
来月の馬関……私は晋作を制止しながらしばらく考えた。
馬関といえば馬関戦争。
確か……下関から外国船を砲撃して……報復されるやつだっけ?
そんなことにも義助が関わっていたとは……
何より意外なのは血気盛んな晋作が、それを否定していたということだ。
「フンっ……俺ぁしばらく暇を貰う! この馬鹿にはこれ以上もう何を言っても届くまいよ!」
晋作は私を振り切ると、診療所から出て行ってしまった。
晋作を追おうと立ち上がる。
「止めておけ……今は放っておいてやれ」
晋作のことは私よりよく分かっているであろう義助の言葉に、私はその足を止めた。
「ねぇ……それならどうして私は置いて行かれるの?」
義助に静かに尋ねた。
「お前を危険に晒したくない、というのが一番だが……何よりアイツには療養が必要だ。その治療にはお前が必要だからな」
「私と晋作のため……か。それなら素直に晋作にもそう言ってあげれば良かったのに」
「それに晋作が言っていたように、アイツは最後までこの策に反対していた。連れて行くなぞ無理なことだ」
「ところで攘夷決行ってどういうこと?」
「……私たちはかねてより攘夷決行を願っていたわけだが、その攘夷が朝命となり徳川より通達があったのだよ。攘夷決行の期日が定められ、全ての藩がこれに従うように……と」
「それで……あの晋作がどうしてそこまで反対するのよ?」
「その通達には確かに攘夷を決行せよとあったが……その他にも色々と記されていたからな」
義助は頑固者だ。
こうと決めたら何を言っても覆すことはないだろう。
私は少し考えた。
「義助が今回のことで死ぬことは無い……でも、私や晋作がそこに行ってしまったら……それは史実と異なるからどうなるか分からない。死なないとはいえ、義助に怪我はしてほしくない。だから……本心から言えば、私も義助を止めたい。義助をそんな危険なところに行かせたくないもの」
一呼吸おいて私は更に続けた。
「でも……行くんだよ……ね」
「無論だ」
「それなら……約束して? 必ず無事に……無事に戻って来るって」
「あぁ……約束しよう」
義助はフッと笑うと私の手に己の手を重ねた。
「義助が居なくなるのは……淋しくなるね」
「お前がそのように想ってくれているとは……これは……今宵は期待しても良いのかな?」
義助は握る手を強めた。
「期待って……何でそうなるのよ!? またそんな事を言って! 義助の変態っ!」
繋がれた手を振り払いながら顔を背けた。
「しばらく会えないというのに……残念だ」
シュンとする義助を見て、自然と笑顔がこぼれる。
「まぁ……会えぬのは暫くの辛抱だ。必ずやお前との約束を守る。だから……アイツを……晋作を頼む」
「……頼まれました」
その夜。
私はなかなか寝付けなかった。
義助が死ぬのは禁門の変。
それはまだ少し先のこと。
だから……きっと……きっと、義助は大丈夫。
私は……私がすべきことをしよう。
そんなことを何度も思いながら、あたりが少し明るくなり始めた頃やっと眠りについた。
翌朝
私は義助たちを見送った。
そこには晋作の姿は無かった。
どうか……どうか、無事で……。
心の中で何度も何度も呟いた。




