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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第17章 長州と攘夷
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手技を学ぶ


良順先生が去ったあと、再び郁太郎と二人きりとなる。


「民間療法について……調べる手間が省けたな」


郁太郎はポツリと呟いた。


「そうだね! これで……これで晋作を助けられるんだよね」


「そう上手く行けば良いのだがな」


郁太郎の言葉に私は首をかしげた。


「あの晋作が……素直に治療を受け入れると思うか?」


「……どう……かな」



これまで私や郁太郎が不摂生は止めろとか、お酒ばかり飲まずにご飯もしっかり食べてほしいとか、睡眠時間をとれとか……思いつく限りのことは口を酸っぱくして言ってきた。


でも、どれも受け入れてはもらえず「俺ぁ、てめぇのやりてぇようにやって潔く散っていくさ」とか言って鼻で笑う始末だった。



「あの頑固者に病識を持たせるのは至難の業……かも」



私と郁太郎は頭を抱えた。



「まぁ……それでも……お前が真剣に話せば晋作も分かってくれる……かもしれんな」


「だと良いけど」


「治療は早い方が良い。今宵、お前から晋作に話せ。それで……だな。治療をするには松本殿の申していた手技を要する。それについてまずは確認しておかねばな」



郁太郎は私が晋作を説得できると信じてくれているようだ。


それならば必ず晋作を説得して、一刻も早く治療を始める必要がある。



「そうだね! それなら……この本を見て」



私は一冊の本を広げた。


看護技術の本には、筋肉注射の手技が写真とともに載っている。



「今回は筋肉注射をと言っていたでしょう? 昔はお尻に打っていたけど、神経損傷の危険が高いから腕に打つのが主流なの。とはいえ、腕にだってこんな感じで神経が張り巡らされているから……確実な場所に打たなきゃならないの。私はまだやったことがないから……私が打つなら練習が必要になる」



私の時代では、学生は人体での注射の練習はできなかった。

せいぜい人形を使ってシュミレーションするのみだ。

看護師の資格を得て病院に就職して初めて、新人研修で注射を練習する。

筋肉注射の際は生理食塩水を用いて練習すると聞いたことがある。



「練習なら私ですれば良い。私の腕を貸そう」


「で……でも! 失敗したら……郁太郎の腕が……」



練習したい……けど、私は資格すらないただの学生だし……ちゃんとした医師でも看護師でもないし……正直怖い。



「お前しかおらぬ時に患者が来たとする。お前は助けられる手立てや知識があるのに、やったことがないからと言ってその命が尽きるのを待つのか?」


「そんなの! そんなの……絶対に嫌」


「ならばやるより他はないだろう?」


「でも……」


「恐れるな。誰でも初めてのことはある。お前は私の弟子だろう? 私は己の弟子を信じるよ」



郁太郎は笑顔で私の頭を撫でた。



「わかった……やる! やってみるよ」



私を無条件に信用してくれているその郁太郎の言葉に、私は腹を括った。



腕を消毒するアルコール綿は、強いお酒を使って即席で用意した。



本をもう一度よく読んで、本の写真と郁太郎の腕とを何度も見比べて打つべき位置をしっかりと確認した。



筋肉注射は打つ位置と角度が重要だ。



私は静かに息を吐いた。



「いくよ?」



恐る恐る郁太郎の腕に針を刺す。


血液の逆流は無い。


神経に触れた反応や痺れなどは無いようなので、打つ位置は合っているようだ。


そのまま液を注入した。


針を抜いたその手は小さく震えていた。



「郁太郎、大丈夫……だった?」


「あぁ。造作もない。だが……」


「だが?」


「お前の恐れが伝わっていたよ。治療する者の恐れの気持ちは患者にも伝わる。それと、ゆっくり針を刺すよりは思い切っていく方が痛みも少ないのではないか?」


「そっか……色々と教えてくれて、ありがとう」


「まぁ、初めてにしては上出来だろう」



郁太郎は再び私の頭を撫でた。


その後、郁太郎も私の腕で練習をしたが、さすがと言うべきか……私とは比べ物にならない程堂々としていて安心感があった。



一通りの手技の練習や勉強を終えた頃、すでに日は傾き始めていた。

日が落ちる前に屋敷に戻ると言った郁太郎を見送った。



「晋作は……今日も来るかな?」



約束はしていないが、今日も来てくれるのではないかと思い期待する。


義助は今日はここには来られないと言っていたので、二人分の夕餉の支度をしながら待つことにした。



今日、晋作が来てくれれば……ゆっくり話ができるんだけどな。



淡い期待を抱きながら晋作の来訪を今か今かと待った。





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