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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第17章 長州と攘夷
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奇跡の来訪者


翌日。


私と郁太郎は診療所の物品整理を兼ねて、馬関へと持ち出す医療物品を選別していた。


「郁太郎。そろそろお昼になるし、私はご飯の支度をしてくるね。郁太郎も食べて行くでしょう?」


「もうそんな時分か。せっかくだから頂いて行こうかな」


「分かった!」


昼餉の支度をしようとしていた私を訪ねてきた一人の男。



「御免。ここは、美奈さんの屋敷で合っているかな?」


「私の屋敷じゃないけど……私はここに……」



突然の来訪者を見て私は息を呑む。



「良順……先生?」


「おぉ、覚えておったか! 久しいなぁ」



先生の笑顔に、私は胸が高鳴るのを感じた。



「ここではなんですから……どうぞ中へ」



はやる気持ちをおさえながら良順先生を中へ案内した。



「客人か?」


「こちらは良順先生。晋作と清国に渡航する前に長崎で会ったの。こちらは郁太郎……先生です。藩医で、私の師でもあります」



郁太郎と良順先生に説明する。



「私は松本良順と言います。長崎にて滞在しておりましたが京に上ることとなり、その途中に立ち寄りました次第です」


「そうでしたか。それは長旅でしたでしょう。私は所郁太郎と申します。医者をしております。ところで先生は何故、美奈のもとを?」


「美奈さんとは約束がありましてな。その約束を果たしに参った次第です。しかしながらこの話は……」



良順先生は私の方を見る。



「先生。郁太郎は私の師であり大切な仲間です。もちろん、私の事情も知っています。それに……この話は郁太郎にも聞いてほしいのです」


「そうでしたか。それであれば早速……あ、まずはこの書物とお借りしていた物をお返ししましょう」



良順先生から長崎で貸していた物を受け取った。



「それで……先生がこちらにいらしたということは……良い知らせ……でしょうか?」



良順先生は笑顔を見せると、大きな荷物を開いた。



「これをご覧なさい。これらは貴女が立ったあと、ポンペ先生らと研究を重ねた功績ですよ。先生は自国から名だたる研究者や医者を呼び寄せ、日がな研究に勤しみました。約束したでしょう? 研究が実を結んだ暁には……真っ先に貴女にその成果を届けると」



その言葉に私の鼓動は更に高鳴った。



「先生……労咳の……労咳の薬は完成したのですか?」



先生は小さな瓶を差し出した。



「それは……こちらに」



小瓶を手に取る。



「これは……どうやって?」


「話せば長くなりますが……貴女が一番に完成させてほしいと願っていたため、あのあと速やかに取り組みました。この薬の生分は土壌にいる菌に多く含有していますので、まずは様々な土壌を調べました。そこから有害な物質を除いて、薬効のある生分だけを抽出する作業はことの外苦労しましたがね。ポンペ先生が最新鋭の機器と有能な者たちを渡航させてくれたので、存外時間はかかりませんでした。あの書物は本当に役立ちましたよ」



「ありがとう……ございます。それで……薬効と……副作用は?」



私は良順先生の次の言葉を待った。



「まず、これは薬として飲んでも効果は得られません。そこで……この薬液と混ぜて患者に注入するのです。頻度は、はじめのうちは毎日。ひと月以降は十四日程度に一度。病巣の改善を認めれば治療は終了となります。それで……副作用だが……眩暈や耳鳴りを訴える者はことの外多かったが、それは10日も経てばおさまりました。重篤なのは……耳が聞こえなくなる者や血が止まりにくくなる者も一定数居たということでしょうか……」


「者……ということは臨床試験も既に行った……とのことでしょうか?」


「無論です。とはいえまずは人以外の生物で薬剤の安全域と薬効域を調べてからの使用ですがね」



さすが……と一言で言ってしまえば簡単だが、これまでの間にそこまで成し遂げるとは。


やはり、私一人が断片的にヒントとなることを知っていても全く意味は無く、それを実現できるだけの頭脳を持った優秀な人材と器具、研究場所が必要だ。



「ありがとう……ございます。本当に……何とお礼を言って良いか……」



深々と頭を下げた。



「よして下さい。これは貴女のお蔭ですよ。我々がいくら研究を重ねたとしても、生きている内にこれらを生み出すことなど到底叶わなかったでしょう。貴女がポンペ先生に……私たちにきっかけを与えてくれたからこそです」



その言葉に私は更にお礼を言った。



良順先生はその方にも碧素と説明した抗生剤や生理食塩水、注射器や点滴に使うキットなど様々な物を無償で譲ってくれた。



先生たちは私と約束をした通り個人の利益とはせず、ここ長州や京・江戸など日本の拠点となる場所に製造機関を作って、広く流通できるようにしていく予定らしい。



そんな先生たちの話を聞いて、この人たちは本当に医師の鑑だと思った。


この功績はすぐに世界に広まり、そこから研究者たちは研鑽を積んで更なる医学の発展に繋がることだろう。



あとは……もう一つだけ……先生にお願いを……



郁太郎には席を外してもらい、良順先生と二人きりとなる。



「先生。最後に一つだけお願いがあります……先生は京に上り、ゆくゆくは新選組……壬生浪士組と関わることとなると思います。そうなったら……総司……沖田総司にこの労咳の薬を投与してもらえませんか?」



更に私は話を続けた。



「総司はきっと……治療なんで嫌がるかもしれないし、逃げてしまうかもしれません。でも……他の隊士の方々を借りてでも、最後まで彼を治療してほしいんです」


「それは美奈さんの手ではできないことなのですか?」


「私では駄目なんです。私たちはゆくゆくは敵対する立場となります……ですから、これは先生にしか頼めないのです。お願い……聞いて頂けますか?」



先生の顔色を窺う。



「そう……ですか。医者が患者を救うのは必然です。ですから、京に上った際にはそのように致しましょう」



先生は深い事情は聞かず、私の願いを快く受けてくれた。


そんな先生の笑顔に、私はホッと胸を撫で下ろした。



「貴女の表情から察するに……きっと、その方は貴女の大切な人なのでしょうね」



先生の言葉に否定も肯定もできなかった。




その後




郁太郎と良順先生とともに昼餉をとり、先生を見送った。




先生を見送りながら、先程の言葉を思い出す。




大切な人……




総司は……今でも私にとって大切な人……なのだろうか?




総司から貰った刀をギュッと握りしめた。





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