死の病に打ち勝つには?
私が物思いに耽っているところに、用事を終えた郁太郎が訪れた。
「邪魔をするぞ。遅くなってしまい悪かったな」
「あぁ……郁太郎か。いらっしゃい」
「どうしてそのような顔をしている? また何かあったのか?」
「えーっとね、ほら、一人だったから……ね、ほんのちょーっとだけ……感傷に浸っちゃった」
郁太郎に笑顔を向けると、郁太郎は何も言わずに私の隣に座った。
「あのね……郁太郎に相談があるの」
「なんだ?」
「結核のことなんだけど……」
「けっかく? それはどんな物だ?」
江戸時代にも広まっている結核を知らない様子の郁太郎に、その詳細を伝える。
「結核はね……咳が出て、酷くなると血を吐く病気で……罹っても発症しない人や、発症しても自然に治る人もいるけど、たいていは死んでしまう、とーっても怖い胸の病気よ。江戸時代にも多かったって聞いたことがあるから郁太郎も絶対に知っているはず!」
「咳と喀血……もしや労咳か?」
「労咳……あぁ、確か……江戸時代ではそんな名前……かも?」
「それで? その労咳がどうした?」
「その労咳を治したいのよ。この時代では確実に治すような治療法は無いとはいえ、労咳で死ぬ人も居れば治る人もいるでしょう? 結核……じゃなかった、労咳……は、私の時代では複数の薬を組み合わせて確実に治すことができるのだけど、薬の無かった遥か昔にも自然治癒する人も少しは居たんだって習ったの」
「お前の時代には労咳は恐れずとも良い病なのか……まぁ、確かに自然治癒もあるのだろうが、死に至る方が圧倒的に多い死病だ。医者が治すことは不可能な病なのだよ」
「それは分かってる。労咳って肺だけではなく、脊椎やら脳やら腎臓やら色々なところでも病巣を作るからやっかいなんだよね。本当は薬を作れれば良いんだけど……私には薬の作り方なんて分からないから……」
「……そうだな」
結核を治したいと思ってはみるものの、薬で治す以外には思いつかない。
とはいえ、その薬の作り方だって分からないのだからもうお手上げだ。
でも、結核を治せないということはつまり……晋作や総司を失うことになる。
彼らに残された時間はもう僅かだ。
考えを巡らせてはみるものの、良い案は思い浮かばなかった。
沈黙の時は静かに流れる。
「自然に治る者も居る……ということは……だ」
郁太郎が口を開く。
「ということは?」
郁太郎が何を思いついたのか全く検討がつかないが、郁太郎の次の言葉を胸を高鳴らせながら待った。
「自然に治るなりの理由や療養の仕方があるのではないか?」
郁太郎の言葉に私はハッと思い付く。
「民間療法!!」
私はまとまりきっていない拙い考えを必死に伝えた。
「一定数治る人が居るってことはさ、郁太郎の言う通りなんだよ! 民間療法とか言い伝えとかさ、迷信まがいの物の中に本当に労咳に有効な物があったんだよ! 個人単位だとその人の生命力が強かったとかの話になっちゃうじゃない? でも……例えば、村とか集落単位ならどう? そこで行われている民間療法が労咳に有効である可能性が高くない?」
「確かに……民間療法には、まじないや迷信めいたものがほとんどだが……お前の考えは理に叶っていると思う」
「労咳の民間療法について調べたい! 郁太郎にも手伝ってほしいの」
「無論だ。これは……歴史を大きく変えるやもしれぬ」
私も郁太郎も興奮を隠し得ない。
「だが……どうして労咳なのだ? 何か理由があるのか?」
郁太郎は不意に尋ねた。
郁太郎に言うべきか言わざるべきか……
しばらく悩んだ末に、私は話し始めた。
「この話は……誰にも言わないでほしいの! 絶対に……約束できる?」
私の真剣な表情に何かを悟ったのか、郁太郎は静かに「無論、口外しない」とだけ答えた。
「労咳になるのは……晋作……なの。晋作は……歴史が変わる、ここぞという時に……労咳で……亡くなる……の」
「……なんと」
「これは私が知る……史実。でもね……私は晋作を失いたくない! 晋作だけじゃないけど……郁太郎や義助だって失いたくたくないけど……その気持ちと同じくらい、晋作のことも失いたくないの!」
「そう……か」
「いつもいつも喧嘩してばっかりだけど、これでも晋作のことは他のみんなと同じくらいには大好きなの。だから……私は……歴史の流れに逆らって天罰を喰らっても良いから……晋作を助けたい!」
晋作が居なくなる可能性を考えるだけでも涙が溢れそうだった。
「先のことを知っているというのも……なかなか難儀な物……だな。まぁ、よく話してくれたな。だがな、決して忘れてくれるな? お前はもう一人ではない。いつでも頼ってくれて良い。私はお前の師であろう? 共に……仲間を救おうではないか」
郁太郎は私の頭にポンポンと優しく触れながら言った。
有効な薬の無いこの時代。
晋作の結核を治すなんて夢物語なのかもしれない。
でも……
出来る限りのことはしたい。
私の大切な人の一人……なのだから。




