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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第16章 長州へ発つ
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長州帰路 ー後編ー

帰って晋作に謝ろう。



そう思って宿の方へと走った瞬間の出来事だった。



何かに躓いて転んでしまった。

辺りは山道で灯ひとつ無い。


「いってて…」


暗さに慣れず夜目が効かない私が、擦りむいた膝を抱えながら起き上がると、人の足のような影がうっすらと見えた。


恐る恐る視線を上げると、そこには二人の男らしき人影があった。


いつの間に?


もしかして……晋作が言っていた野党?


いくら剣が少しばかり使えるようになったからとはいえ、女一人に対して男二人はさすがに分が悪い。


逃げなきゃ!



そう思ったのも束の間、いとも簡単に右手首を掴まれてしまう。


これではせっかくの剣も抜けない。


どうやってこの手を振り解こうと頭を巡らせる。



刹那



手を掴んでいた男が右に吹き飛んだ。


その衝撃で私も逆に飛ぶ。


何とか体勢を整えて刃を抜いた。



「考え無しに飛び出すから猪だっつてんだ」



聞き覚えのある声に一時安堵するが既に互いに臨戦体勢だ。



「お前少しはやれるんだろうな」


「当たり前じゃない。天然理心流の切紙は伊達じゃないわ」


「怪我すんなよ」


「晋作こそね」


いくつかの言葉を交わし、私たちは斬り込んだ。



総司に教わった小柄な私なりの闘い方。


こんな風に実戦に移すことになろうとは……まぁ、自業自得なんだけど。


大振りをした男の懐に入り込み一撃を入れると、男は倒れ込む。


私の力では致命症を負わせることは無かったようだが、覇気を失った男たちは逃げて行った。



「追うぞ」


「待って!」



私は晋作を掴み制止する。



「もう……良いの」


命を守るためとはいえ人を斬ってしまった。

殺さなかったとはいえ、人を傷つけてしまった。


人を斬ってしまった感覚が手に残っている。


ガクガクと震える足に耐えられずその場に座り込んでしまった。



「気丈なんだから臆病なんだか分からねぇな」



そう呟くと、晋作は私を抱えながら宿へと戻った。




部屋に戻るとしばらくの沈黙が続いた。



「怪我は無かったか?」



その沈黙を破ったのは晋作だった。



「……大丈夫」



消え入りそうな声でポツリと答えた。



「じゃあ何で泣いてんだよ。どっか痛ぇのか?」


「痛く……ない」



相当気が動転していたのだろうか、自分が泣いていることにすら気付いていなかった。



「悪かった」



小さく謝ると私をそっと包み込む。



「なんで晋作が謝るのよ……謝るのは……私の方」


「お前が猪みてぇなタチなのを分かっていながら言い合っちまったことも、見つけるのが遅くなったことも……みんなみんな引っくるめてさな」


「私も……ごめんなさい。助けてくれて……ありがとう」


「普段からそれだけ素直なら言うことねぇんだけどな」



晋作はそれ以上何も言わず私が泣き止むまでの間、ずっと背中をさすってくれていた。



その心地良さと安心感にいつしか私は眠りについてしまっていた。



そして怒涛の夜が明ける。



勢いよく開かれた襖の音に目を覚ました。

なんだか温かい。



「……ん……って。あれ? な……何で?」



至近距離に……晋作?



状況が掴めないまま身体を起こすとそこには鬼の形相の義助が立っていた。



「晋作!! お前は!! 何てことを!!」



義助の大声で晋作は目を覚ます。



「チッ……朝からうっせーなー」



「何故お前が美奈を抱いて寝ている? これはどういうことだ! 納得がいくように説明しろ! ことと次第によっては……」



「何がことと次第だよ。そんなの知るかよ。そもそもコイツが俺を離さねぇから仕方なく……」



すっかり頭に血が上っている義助は晋作の胸ぐらを掴む。



「どうして美奈がお前を離さないのだ? 説明しろ!」



まくしたてる義助に晋作は笑いながら吐き捨てる。



「そりゃあ……余程昨晩の俺が良かったのだろうよ。野暮なこと聞くんじゃねーよ」



「なっ!? 誤解だよ義助! 晋作も訳分からないこと言って火に油を注がないで! 何もない! 本当に何もないんだから!」



「何もないだぁ? あんだけ激しい夜だったのに何も無いじゃ済まねぇよなぁ?」



「ふざけるな!」



ニヤニヤしながら私の髪を撫でる晋作に、義助は更に顔を真っ赤にさせた。



「いい加減にしなさい! 昨日の夜のことはちゃんと説明します! 義助も落ち着いて座って!」



私の大声に義助は座り、晋作は声を上げて笑い出す。



昨夜の出来事を全て話して聞かせると、義助は納得してくれたようだった。



宿を後にして峠道を登る。



郁太郎と義助は前を歩く。



後ろを歩く晋作にふいに尋ねた。



「ねぇ……」


「何だ?」


「あのさ……昨日のことだけど……本当に……その……」


「何だよ。言いてぇことがあるなハッキリ言えよ」


「……なんも無かった……よね?」


「何もとは?」



晋作は意地悪く口角を上げる。



「その……色々……よ」


「ほぅ……あんなに色々とあったのにお前は覚えてねぇのか……そりゃ残念なこって」


「えっ!?」



慌てふためく私を見て、晋作は大笑いしている。



「あるわけねぇだろ。お前があのまんま寝やがって、俺を掴んで離しゃしねーから仕方なく……だ」


「……そう」


「あった方が良かったのか?」


「そんな訳ないじゃない! 晋作のバーカ!」


変なことを聞いてしまった気恥ずかしさから居ても立っても居られず、私は吐き捨てるように言ってその場を走り去った。



「別に……全く何も無い訳でもねぇけどな」



そう呟いた晋作の言葉は、もう私の耳には届かなかった。




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