長州帰路 ー中編ー
部屋割り会議はかなり難航したものの、結局は私と晋作が同室になってしまった。
夕餉後に私たちはそれぞれの部屋へと戻っていった。
義助は心配そうな表情で「高杉に何かされそうになったら迷わず斬れ」なんて言っていたけど、義助と同室よりかは何倍も安全だと思うので笑って誤魔化した。
「ねぇ……本当に良かったの?」
「何のことだ?」
「何のことって……部屋割りのことに決まってるじゃない。よりにもよって晋作と同室なんて」
「嫌なのか?」
「嫌……ではないけど」
あれだけ言い合いをしてはいたが全ては売り言葉に買い言葉。
別に晋作が嫌なわけでも嫌いなわけでもない。
嫌ではないと答えたその先に何と答えて良いか分からず、私は口を閉ざす。
「仕方あるまいよ。義助はお前に下心があるんだろ? あの大先生ですら安全とは限らねぇって言い放ってたのにゃあ正直驚いたが。まぁ、お前をただの獣としか見てねぇ俺が結局のところ一番安全だったってことさな」
「なんだかいちいち鼻につく言い方。私の身の安全を目指すなら尚更、私が一人部屋なのが一番安全じゃない」
「一人が安全とは限らねぇよ」
「どういう意味よ?」
「こんな人里離れた小さな古宿だ。野党が寝込みを襲いに来るかもしれねぇって話さ」
「……野党?」
「ここは旅人しか泊まらねぇ。旅人はいくばくかの金を持ってるだろう? 人里離れた小さな宿は人目もつかねぇから、その気になりゃあ野党も荒らし放題ってわけだ。それでもお前は一人寝するか?」
野党……女一人で寝ていることが分かれば野党の格好の餌食。
晋作はそこまで考えていたのかな。
晋作の優しさはやっぱり分かりにくい。
「……色々と考えてくれて、ありがとう」
「礼を言うなら一杯付き合え」
コクリと頷き、盃を手にした。
障子を開けると涼しい風が吹き抜ける。
「月が綺麗だね」
「そうだな」
静かに飲む酒が一番良いと晋作は笑っていた。
そんな穏やかな時間が流れたと思った直後、更なる戦いが火蓋を切って落とされた。
「だーかーらー。私はこの畳からこっち! 晋作はここからは絶対に入って来ないでよね。入って来たら斬るからね!」
「誰が誰を斬るだって? 田舎剣法で変な紙切れ一枚貰ったぐれぇで調子に乗るんじゃねぇよ。そもそも、何で俺がこんな狭ぇ所で寝なきゃならねぇんだよ。お前は居候なんだからお前がこっちだ!」
「女性に広く使ってもらって、男は我慢するものでしょう?」
「誰が女だ? 色気もねぇモンは女とは言わねぇよ」
鼻で笑う晋作に私の怒りは頂点に達する。
「何でいつもいつもそんな風に言うの? 女じゃないとか……地味に傷つくんだから。もう……晋作なんて知らない!」
「おい! ちょっと待て……」
晋作の言葉も聞かずに私は部屋を飛び出した。
勢いに任せて外に出て走ってみたは良いものの……行くあてなんてない。
我ながら大人気なかったかな……
帰って謝ろう。
そう思って宿の方へと走った瞬間の出来事だった。
そこには素直でない自分をこれほどまでに後悔したことがないような出来事が待ち受けていた。




