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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第1章 長州へ
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不安

 

 

憂鬱な気持ちの中、自室の襖を開ける。


目の前の光景に私は目を疑った。


なぜなら


そこには、私の部屋で何故か寛ぐ久坂さんの姿があったからだ。



「随分と遅かったな。お蔭で待ちくたびれてしまったよ」



久坂さんは私の姿を見るなり、ゆっくりと起き上がる。



「で、久坂さんがどうして此処に居るの?」


「どうして? それはだなぁ……美奈が戻った時に出迎える者が居なければ、淋しいかと思ってだな」


「……どうぞお帰り下さい」



私は満面の笑みで言った。



「……そんなに怒ることはないだろう? これも良かれと思ってやったことなのだが?」


「怒ってないし、全く良くもないし」


「いや、その表情は怒っているな」


「怒ってないから!」


「怒っている!」


「怒ってない……って……もう、知らない!」



私は久坂さんから顔を背けると、深い溜め息をつく。



「で? ……文はどうだった?」


「どうだったかと言われても……」



文さんは悪い人ではないが、少し苦手なタイプではあった。


返答に困った私は俯く。



「何か……嫌味の一つでも言われたのか?」


「いや……そんなことはないんだけど……」


「しかし……何やら浮かない顔をしているではないか」


「そう……ね。強いて言えば、この時代の人の考えと私の考えが違い過ぎて……私なんかがこんな時代で上手くやって行けるか……不安になっちゃったの」



この時代に来てから、初めて誰かに弱音を吐いた。


不安が多く、もう既にその不安に押し潰されてしまいそうだ。



「……そんなにも違うのか? これが普通と思って生きている私には、その感覚は分からぬな」



不思議そうに尋ねる久坂さんに、私は返事の代わりにコクりと頷いた。



「やっぱり、私……元の時代に帰りたい。何だか……この時代で上手くやっていける自信が……無いよ」



堪えていた言葉と涙が溢れ出る。



「……生きる時代が異なれば、思想が異なるのは当然だ。それは仕方のない事。それに……この時代での暮らしも、まだほんの数日ではないか。日が経つにつれ、お前もその内きっと慣れると思うのだがな?」



久坂さんは微笑み、私に諭すかのように静かに言った。



「でも……私の存在は、久坂さんや他の人々にとって……きっと迷惑になる。何も出来ないだけじゃない、此処に居られる程の価値もないもの」


「……そんなことはないさ」



久坂さんはキッパリと否定すると、私をふわりと包み込んだ。



「っ…………離して!」


「お前が泣き止んだら……な」


「もう……泣き止むもん」


「……泣きたいなら我慢せず泣く方が良い。辛い想いも全て吐き出してしまう方が、きっと楽になれる」



久坂さんの言葉に、余計に涙が止まらなくなる。



「久坂さんは……ズルいよ」


「フフ……こうでもしなければ、お前に触れられぬからな?」


「…………久坂さんのバカ」


「馬鹿で結構!」



久坂さんは柔らかく笑う。



「言っておくけど、私……妾になんかならないからね?」


「分かっている。嫌がる女を無理に手込めにするような趣味は、私には無い」


「そっか……」


「私はじっくり攻める方が好きだからな。それも、落とし甲斐のある娘の方が断然燃えるというものだ」


「っ…………変態!」


「なっ!?」



慌てる久坂さんに、私は思わず笑顔になる。


馬鹿みたいな事を平然と言う姿は、何だか憎めない。



「やっと……笑ったな」



久坂さんは、着物の袖で私の涙をそっと拭った。



「それにしても……お前は本当に不思議な奴だな」


「私が……不思議?」


「高杉も驚く程の気の強さなのに……そうかと思えば、そんな表情をする。強がっては居ても、やはり……お前も女なのだな」


「何それ……それって、褒めてるの? 貶してるの?」


「勿論、褒めている」


「何だか、貶されてるみたいなんですけど……」



私は頬を膨らませる。



「本当に……お前から目が離せなくなりそうだ」


「はいはい……そりゃ、どーも!」



軽く言うと、私は久坂さんから離れた。



「何だ、もう終わりか?」


「泣き止んだから、おしまい! ……でしょう?」


「お前は本当につれないなぁ……まぁ、そんな所も良いのだが?」


「冗談はもう結構です! さて……私はそろそろ寝ようかな」


「そうだな。お前も長旅で疲れただろう? 今宵はゆっくり休むと良い」



久坂さんは微笑むと、医術の講習に使う部屋とは反対側の部屋の襖を開けた。



講習部屋と久坂さんが開けた部屋とは、私の部屋を真ん中にして、襖を隔てて三部屋が続き部屋となっている。



おかしなことに、久坂さんはその部屋に布団を敷き始めた。



「何……してるの?」


「何って、見ての通り布団を敷いているのだが?」


「布団って、そこ……久坂さんの部屋だったの?」


「お前は可笑しなことを言うなぁ。この部屋も何も……この家の部屋は全て私の部屋だが?」



真剣な表情で答える久坂さん。



「そうじゃなくて! 私の部屋の隣が久坂さんの寝室なのかって聞いているの」


「あぁ……そういうことか。いつもは母屋の方で寝ているが、今夜からこちらを私の寝室とすることとしたまでだ」


「はぁ!?」


「うちの敷地内とは言え、こんな離れに美奈を独りきりで寝かせる訳にはいかないだろう?」


「そんな気遣いは要りません! むしろ独りで結構よ」


「そういう訳にはいかぬ。何せ、夜は物騒だからな。野党でも訪れては困るだろう?」


「っ……野党なんて……出るの?」



私はおそるおそる尋ねる。



「この辺りは、藩士の屋敷も建ち並ぶからな。時折、そういった類の話を聞く」



野党……。



そう聞くと、夜にこの離れで独りきりになることが恐ろしく感じた。



「言っておくけど……夜中にその部屋からこっちには、絶対に来ないでよね? ここから勝手に入ってこないこと! 約束しなさいよね?」



私は久坂さんに念を押す。



「…………心得た」



久坂さんは少し残念そうに呟いていたが、そんな事は私の知ったことではない。


どうか……


野党なんて、現れませんように!


その夜の私は、ドキドキしながらも眠りについた。



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