7 染まりながら愛を叫ぶ
この行動はいうなれば自己満足だ。
泣き疲れた目を冷やしながら呟いた。
翌朝、腫れていないか目元を鏡で入念にチェックした。
昨日は、驚かせてしまった。
いずれ来る”未来”の前に夢を見させてもらっているというのに、優しい彼に心配させるなんて、ダメに決まっている。
鏡の前で、両頬に手をあて、くいっ っとあげる。
よし、笑顔。
ここにいられるのもあと少し。
ひと月程したら、実家に帰って婚礼の準備や嫁ぐ為のマナーなどを学ばなければいけない。
彼と過ごす楽しい日々も、もうすぐでおしまいだ。
さぁ、今日も元気に愛を伝えに行きましょう♪
後悔など、しないように。
「大好きですぅぅぅーーーー!!!!!」
いつもどおり、愛を叫ぶ私に、少し ほっ とされたような顔をされ、やっぱり鏡の前で笑顔の練習しておいてよかったぁ!! と思う訳です!
「カウツさま。カウツさまは何色がお好きなんですか?」
愛の抱きつき攻撃を、今日も軽やかに避けられつつも尋ねてみた。
こういうリサーチも大切よね!
じっ とこちらを見る青年に、特に好きな色がないのかしら? と見つめ返す。
「・・・好きな色を知ってどうするの?」
「それはもう、好きな人の好きな色に染まってみせますわ!!」
「肌まで染るんだー。すごいことになりそうだねぇ。」
「え、は、肌までですのー?なかなか挑戦的な染まり方をしなければいけませんねっ!!」
どうしようかと真剣に悩んでいると耳元で囁かれた。
「ちゃんと服の下まで染まってるか確認してあげるね。」
・・・・・。
・・・・・・・・え、え?
「服の下までも染まらなければいけないんですかっ!?」
どうしよう、それとても大変!!
一枚服をダメにするしか・・・、いや、乾いてから着れば服に色が付かないんじゃないか と、真剣に悩んだ。
「ちなみに、何色なんです?」
「そうだね・・・。」
またもや見つめられならも、腕を組み、
悩む姿もかっこいいですカウツさまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
「・・・・・・・・・青と、金色、かな。」
「青と金色ですか?くっ、両方共私には無い色っ!!うーん。難しい・・・。」
「変身魔法なら染まれるでしょ。」
「あ、その手が!!・・・じゃ、ここは魔法使っても大丈夫な個室ですし、いっきまーす!」
肌の色をどうにかするまえに、髪と目の色を簡単に変えてみようと思い、魔力を練り上げながら呪文を紡ぐ。
閉じていた瞳を開いて、青年を見ると、何故か驚いた顔をされた。
まさか、失敗・・・!?
急いで、近くの窓に近づき姿を確認するが、髪は金色に、目は青色に染まっていた。
あ、この色合い、そういえばこの世界に来たときと似た色合い・・・
窓に映った影に気づいて後ろを振り返れば、驚いた顔は真剣な眼差しへと変わっていた。
「どうか、されました?」
「昔・・・君に似た迷子と出会った覚えがあるんだけど。」
「そ、そうなんですかぁ?」
異世界から来たことを、フォード子爵家の家族以外に事件に巻き込まれる可能性があるから告げてはいけないと言われたことが思い出せられ、シラを切るという方法をとってみた。
「ちょうど、このぐらいの手で・・・」
手を握り締められる。
記憶よりもしっかりと、そして厚くなった手は青年の成長を表していて。
「こんな髪ざわりだったんだけど・・・」
もう片方の手で髪を撫でとかされた。
「本当に・・・会って、ない?」
会っている と、告げたくて仕方なかったが、誰にも告げない と約束させられた時の強く心配する瞳と、事件に巻き込まれてしまうのでは と危惧する険しい瞳を思い出し、告げることも頷くことも出来ずに、近づく青年の顔と彼の手に身体を強ばらせて、赤くなることしかできなかった。
「かかかかかかカウツさまぁぁぁぁぁ、ち、近いですぅぅぅぅぅぅ!!」
顔から!
火が出る!!
思わず涙目になると、青年は何かに誘われるように顔をより近づけてきた。
「か、カウツさまっ・・・!!」
目を、ぎゅっ と閉じる。
「おーい、カウツ、早く行かないと遅れ・・・・・って、おおおぉぉぉぉぉぉいいいいいいい!!!!」
唇に青年の呼吸を感じる。
う、動けない・・・!!
はぁ と、ため息が唇に吹き掛かる。
「アドニス、ノックもせずに入ってきたの?」
「そういう問題じゃないだろ!お、お前、何やって・・・!!」
「別にー。何もやってないよ。・・・まだ。」
「そうか、未遂か・・・って、安心できるか馬鹿野郎ーーーーー!!」
そして、連れて行かれる青年を見守りつつも、ずるずると力の抜けた身体はその場に座り込むことを選んだ。
「も、もうちょっとで・・・」
くっついてた、よ、ね? と、自分の唇を指先で触れる。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
黄色い、楽しそうなに声に、誰もその小部屋には近づかないのであった。
幸せ!! という気持ちのまま歩いたら、歩調が弾んでいた。
今なら、苦手なダンスも踊れちゃうかも!?
寮に近づいて行くと、入り口近くに見知らぬ人が立っていることに気づいた。
その人はこちらを見つめている。
嫌な予感に、緩んでいた口元を引き締めた。
「アミー・フォード様でいらっしゃいますか?」
嫌な、予感が当たったと、気づいた。
「少し早いですが、明後日、お迎えにまいります。
それまでに、学院の方にお話をしておいてください。」
告げられた言葉に、身体が冷え切っていくようだった。
「わかりました。」
不敵に笑みを浮かべて答える。
甘い夢はこれでおしまい。
さぁ、現実の手を取り踊りましょうか。
自室に戻って、もう一度、青年と初めてあった時の髪色に変身する。
鏡に映った姿は、確かにあの時よりも成長していたが、面影は残っていた。
この姿なら、本当に、心から告げているのだとわかってくれるだろうか。
「カウツさま・・・愛しています。」
告げられぬ姿でいつも告げる言葉を、一人囁いた。
肌に触れた体温を思い出す。
髪を撫でる優しい手
唇に触れた熱い吐息
もっと と、より深く望んでしまう自らの欲。
「愛して・・・いるんです・・・っ!!」
出会った時と同じ色に染まりながら、愛を叫んだ。