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私の好きなかぐや姫 ~竹取物語の世界~  作者: 貫雪(つらゆき)
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~挑戦者その二、庫持の皇子(1)~

『庫持の皇子は、心たばかりある人にて、朝廷おほやけには、


「筑紫の国に湯あみにまからむ」


 とて、いとま申して、かぐや姫の家には、


「玉の枝取りになむまかる」


 と言はせて下り給ふに、仕えまつるべき人々、皆難波みななにわまで見送りしける。皇子、


「いと忍びて」


 とのたまはせて、人もあまたておはしまさず、近う仕うまつる限りしてで給ひ、御送りの人々、見奉り送りて帰りぬ。


「おはしはしぬ」と人には見え給ひて、三日ばかりありて漕ぎ帰り給ひぬ。かねて事みな仰せたりければ、その時一つの宝なりける鍛冶工匠かぢたくみ六人を召しとりて、たはすく人寄りまじき家を作りて、かまどを三重みへにしこめて、工匠たくみらを入れ給ひつつ、皇子も同じ所に籠り給ひて、知らせ給ひたるかぎり十六所じふろくそを、かみにくどをあけて、玉の枝を作り給ふ。かぐや姫のたまふように違わず、作りでつ。いとかしこくたばかりて、難波にみそかにもていでぬ。


「舟に乗りて帰り来にけり」


 と殿に告げやりて、いといたく苦しがりたるさまして給へり。迎えへに人多くまゐりたり。玉の枝をば長櫃ながひつに入れて、ものおほいて持ちて参る。

 いつか聞きけむ、


「庫持の皇子は優雲華うどんぐゑの花持ちてのぼり給へり」


 とののしけり。これをかぐや姫聞きて、


「我は、この皇子に負けぬべし」と、胸つぶれて思いひけり。


 かかるほどに、かどを叩きて、


「庫持の皇子おはしたり」と告ぐ。


「旅の御姿ながらおはしたり」


 と言へば、逢ひ奉る。皇子のたまはく、


「命を捨てて、かの玉の枝持ちて来る」とて、


「かぐや姫に見せ奉り給へ」と言えば、翁持ちて入りたり。この玉の枝に文ぞ付けたりける。


  いたづらに身はなしつとも玉の手折たをらでさらに帰らざらまし


 これをもあはれとも見でるに、竹取の翁走り入りて言はく、


「この皇子に申し給ひし蓬莱の玉の枝を、一つの所あやまたずもておはしませり。何をもちて、とかく申すべき。旅の御姿ながら、我が御家へも寄り給はずしておはしましたり。はやこの皇子にあひ仕うまつりたまへ」


 と言ふに、ものも言はず、つらつゑをつきて、いみじくなげかしげに思ひたり。この皇子、


「今さへ何かと言ふべからず」と言ふままに、縁にはひ上り給ひぬ。


 翁、ことわりに思ふ。


「この国に見えぬ玉の枝なり。この度はいかでかいなび申さむ。人ざまもよき人におはず」など言ひ居たり。


 かぐや姫言ふやう、


「親ののたまふことを、ひたぶるに辞び申さむことのいとほしさに」


 と、取難き物を、かくあさましく持て来たることをねたく思ひ、翁はねやの内しつらひなどす』



(庫持の皇子はかなりの策謀家だった。勤めている朝廷の公の場には、


「筑紫の国に湯治に行って参ります」


 と休暇を申し出て、かぐや姫には、


「玉の枝を取りに参ります」


 と伝えて出立したので、仕えている人々は皆、難波の港までお見送りした。皇子は、


「本当にお忍びの旅なので」


 と人々に言って、従者を沢山連れたりせずに、ごく身近に仕える者だけを供として、出立して行った。見送りの人々もそれを見届けて都に戻っていく。

 こうして皇子は「都にいない」と人には見せかけておいて、三日ほどして難波に舟を漕いで戻ってきた。

 事前に皇子は言いつけてあった通りに当時、国の宝とも呼ばれるような技術に長けた鍛冶職人の匠を六人、呼び集めていた。簡単に人が近づけないような家を作り、かまども三重に囲い、匠たちをそこに住まわせた。皇子も同じ家の中に籠り、自分の領有している十六か所の領地の守(国守)に費用を用意させ、玉の枝を作らせた。おかげでかぐや姫の注文通り、少しの違いもなく玉の枝を完成させる事ができた。そして人の目を上手く誤魔化して、難波にまで持って行った。


「舟に乗って帰ってきました」


 と自分の邸に伝えると、大変疲れ果てて苦しんでいるような様子をして見せた。そして多くの人々が出迎えに来た。

 玉の枝は長櫃に入れられて、上から覆いをかけて運ばれていった。すぐに噂が流れて、


「庫持の皇子が優雲華うどんげの花を持って、都に上られた」と騒がれている。それを聞いたかぐや姫は、


「私はこの皇子に、負けてしまうのだわ」と胸がつぶれる思いだった。


 そのうちに皇子の従者が姫のいる邸の門を叩いて、


「庫持の皇子がおいでになりました」と告げる。


「旅装束のままおいでになっていらっしゃいます」


 と言うので、おじいさんはとにかく皇子を出迎えた。皇子が言うには、


「命懸けの思いをして、玉の枝を持ち帰りましたよ」と長櫃を見せ、


「とにかく、かぐや姫にこれをお見せするように」と促します。


 おじいさんはそれを受け取ってかぐや姫の所に持って行く。その玉の枝には文がついていた。


「我が身がどうなって命を失おうとも、玉の枝を手折って手にするまでは、帰るものかと思っていました」


 けれどこの玉の枝に、かぐや姫の心は動かされなかった。そのままぼんやりしているとおじいさんが走り込んで来て、


「皇子様は姫の注文通りの品、蓬莱の玉の枝をお持ちになったのじゃ。姫の言った物と一つの違いもない物をお持ち下された。この上何を申す事などあろうか。まだ旅装束のまま、自分の邸に立ち寄りもせずに、こうして姫のもとに来て下さったのじゃ。すぐにでもこの皇子様にお逢いして、妻になるのがよろしかろう」と言う。


 姫の方では物も言わず、頬杖をついて、とても悲しげな様子で考え込んでいた。皇子は、


「今更何か言う事がある訳ではないですよね」


 と言いながら、すでに邸の縁側に上に這い上がって来ていた。おじいさんもそれが当然なことだと思っている。


「この国では目にする事の出来ない玉の枝じゃ。今度はいくらなんでも御断りは出来ぬ。お人柄も悪くない方じゃ」などと言って、座っている。かぐや姫にしてみれば、


「親の言って来る縁談を、ひたすら断ってばかりではお気の毒なことだ」


 と思って、わざと難しい注文をして、向こうが断ってくるのを待っていたのに、手に入れにくいはずの物を、こうも簡単に皇子が持ってきてしまったことを恨みがましく思っていた。

 おじいさんはすでに二人の寝室の用意など始めてしまう)


  ***


 ここでかぐや姫の本音が明かされています。


「親の言って来る縁談を、ひたすら断ってばかりでは」


 やはり彼女は結婚など少しも望んでいなません。けれど親の心配を無下にして、ただ断るばかりでは親を悲しませてしまう。それなら向こうから断りたくなるように上手く仕向けよう。

 姫はそう考えて、求婚者たちが自分を見くびっていることを見抜いたうえで、自分の事をうんざりするように仕向けることにしたのです。

 結婚は心に沿わないことだけれども、あからさまに断って育ててくれた親の立場を追い詰める訳にはいかない。求婚者には手厳しいかぐや姫ですが、育ててくれた親には感謝の念を持っている、心優しい姫であることがわかります。


 この庫持の皇子は相当策謀に長けた人物のようです。人をだます事にある程度もの慣れている上に、人に信じさせるコツも、それをするだけの財力も、豊富に持っているのです。

 この前に出てきた石作の皇子は「心のしたくある人」、庫持の皇子は「心たばかりある人」。

 石作の皇子が手抜きでうまい汁をすする人だとすれば、庫持の皇子は知恵と人脈、権力と財力を使って、人をだます事を厭わない人間だと言えるでしょう。さすがのかぐや姫もそれほどの策士を相手にしては、真実を見抜く事は難しいようです。


 都人が噂する「優雲華うどんげの花」とは、三千年に一度咲くというインドの花で、かぐや姫の玉の花ではないのですが、インドから持ち帰った珍しい花と言う事で、尾ひれがついたんですね。人の噂がどういうものか、作者はここでも皮肉っています。ちょっとしたことで噂に尾ひれがつく都人の心と、それをかいくぐって上手く嘘を作り上げる庫持の皇子。こんな都だからこそ、皇子はこれほど大掛かりな策を実行に移す事が出来るのです。


 これで姫を我が物にしたとばかりに、皇子は邸の縁側に上がり込んできました。

 実は独身女性が住んでいる建物に、身内以外の男性が勝手に近づくのは大変なマナー違反です。今までも求婚者たちは姫のいる建物には近づかせてもらえず、姫と言葉をやり取りするには姫の居場所から離れたところで、翁に取り次いでもらっていたのです。


 けれど今は翁までが姫と皇子が結ばれることを期待して、寝室の支度を始めています。望まぬ結婚の準備を親が目の前で嬉々として進めてしまう。当時は当たり前のこととはいえ、親を苦境に立たせまいと、姫なりに精いっぱいに取り繕っている誠意は、なかなか翁には伝わってはいないようです。








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