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私の好きなかぐや姫 ~竹取物語の世界~  作者: 貫雪(つらゆき)
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帝の恋

『帝仰せ給はく、


「造麻呂が家は山本近やまもとちかなり。御狩みかりの行幸みゆきし給はむやうにて見てむや」とのたまはす。造麻呂が申すやう、


「いとよきことなり。何か心もなくて侍らむに、ふと行幸して御覧ぜむ。御覧ぜられなむ」


 と奏すれば、帝にはかに日を定めて、御狩りに出で給うて、かぐや姫の家に入り給うて見給ふに、光満ちて清らにて居たる人あり。

「これならむ」とおぼして、逃げて入る袖をとらへ給えば、おもてをふたぎてさぶらへど、初めよく御覧じつれば、たぐひなくめでたくおぼえさせ給ひて、「許さじとす」とて、ておはしまさむとするに、かぐや姫答へて奏す、


「おのが身は、この国に生まれて侍らばこそ使い給はめ。いと率ておはしまし難くや侍らむ」と奏す。


 帝、「などかさあらむ。なほ率ておはしまさむ」


 とて、御輿を寄せ給ふに、このかぐや姫、きと影になりぬ。はかなく、口惜しとおぼして、


「げにただ人にはあらざりけり」とおぼして、


「さらば御供おほんともには率ていかじ。もとのおほんかたちとなり給ひね。それを見てだにかへりなむ」


 と仰せらるれば、かぐや姫もとのかたちになりぬ』



(このまま姫と会わずに終わりたくない帝は、おじいさんに持ちかけます。


「造麻呂の邸は山のふもとに近いそうではないか。私が狩りに出かけた風を装って、かぐや姫の姿を見ようと思うのだが」


「それはとてもよいお考えです。娘も油断をしている時なら、突然のお越しでお会いになれば、きっと姿を見る事ができますじゃろう」


 おじいさんもそう言って賛成したので、帝は急いで日を決めると、狩りに出かけて行った。

 突然かぐや姫の邸に入って見ると、邸の中には光に満ち溢れて、清らかに座っている大変美しい女性がいた。


「このひとだ!」


 帝はすぐにそう思って、奥に逃げ込もうとする姫の袖を捕まえてしまう。姫は顔を袖で塞いで控えていた。

 しかし帝は最初、姫が顔を隠す前にすでによく姫の顔を見て、これまでに見た事のない、他に類のない美しさだと思っていたので、


「逃げることは許さないぞ」と言って、宮中に連れ帰ろうとした。しかしかぐや姫は、


「……わたくしの身が、この国で生まれたものでございましたら、帝のおぼしめしのままになる事も出来ましたでしょうに。そして帝にお仕えする事も出来たことでしょう。でも、そうではございませんの。わたくしを宮中に御連れになるのは、とても難しいことですわ」と言う。


「そんな事があろうものか。何としてでも連れ帰るぞ」


 そう言って帝は、姫を乗せるための御輿を、姫の近くに寄せさせた。するとかぐや姫は、人の姿を消して、輝かしい光の塊となってしまった。こんなはかない身となられては、姫を連れ帰るどころか、姫に触れることさえかなわない。帝は残念に思いながらも、


「本当にこの姫は、普通の人間ではなかったのだ」と思い知らされてしまった。


「それならば、連れて帰るのはあきらめよう……。だが、せめて元の姿に戻ってはくれまいか。その姿を胸に焼きつけて、帰りたいのだ」


 帝の切ない心がかぐや姫にも届いたのか、姫はもとの姿に戻り、帝を見送った)


  ***


 どうしても我がものにならないかぐや姫。それどころかこのままでは、帝の威厳を無視され、かぐや姫が本当に美人なのかどうかもわかりません。そこで帝は一計を案じます。竹取の翁(この時点では名を造麻呂みやつこまろとされています)に、狩にかこつけて姫に逢えるよう、手配させます。


 こうして二人は初めて出会うのですが、帝は姫の美しさに魅了され、無理にでも連れ帰ろうとします。ところが、とたんに姫の姿はパッと消えて、影になってしまいます。

 帝は姫が普通の人ではない、何らかの化身である事を思い知らされてしまいます。

 しかしその不思議な美しさと、触れる事の出来ないはかなさが、帝に一層の恋心を起こさせました。連れ帰ることはできない。思いを遂げられる相手ではない。それでもなお、せめてその姿を心に焼きつけておきたい。恋に落ちた者の切なる願いです。


 姫の方でも、帝に辛い仕打ちをする事はありません。帝が本気で姫に惹かれてしまった事に気付いたのでしょうか。


「この国に生まれた人間の身でございましたら、帝のおぼしめしのままになることもできましょう。でも、そうではございません」と、優しい言葉をかけています。


 帝が「もとのお姿にお戻りなさい。せめてそのお姿を見て、帰ることとしよう」


 というと、すぐにもとの姿に戻ります。

 

 これまでの冷酷で、闊達な姿とは違う姫の態度です。



  ***


『帝、なほめでたくおぼし召さるることせきとめ難し。かく見せつる造麻呂を悦び給ふ。さて、仕うまつる百官の人に、あるじいかめしう仕うまつる。

 帝、かぐや姫を留めて還り給はむことを、飽かず口惜しくおぼしけれど、たましひを留めたる心地してなむ、還らせ給ひける。御輿に奉りて後に、かぐや姫に、


  還るさのみゆきものうく思ほえてそむきてとまるかぐや姫ゆゑ


 御返事おほんかえりごとを、


  むぐらはふ下にも年は経ぬる身の何かは玉のうてなをも見む


 これを帝御覧じて、いとど還り給はむそらもなくおぼさる。御心は、更に立ち還るべくもおぼされざりけれど、さりとて、夜を明かし給ふべきにあらねば、還らせ給ひぬ。


 常に仕うまつる人を見給ふに、かぐや姫のかたわらに寄るべくだにあらざりけり。異人ことひとよりはけうらなりとおぼしける人の、かれにおぼしあはすれば人にもあらず。かぐや姫のみ御心にかかりて、ただ一人住し給ふ。由なく御方々(おほんかたがた)にもわたり給はず、かぐや姫の御もとにぞ、御文おほんふみを書きて通はさせ給ふ。

 御返おほんかへ)りさすがににくからず聞こえ交はし給ひて、おもしろく木草につけても御歌おほんうたを詠みて遣はす。



(帝は、かぐや姫への憧れの想いを、どうしてもせき止めて置くことができずにいた。悩ましい想いには駆られるが、それでもかぐや姫の姿を見せてくれた造麻呂に感謝せずにはいられない。おじいさんも帝に仕えてきた百人もいようかと言う従者たちを、盛大にもてなした。

 帝はかぐや姫をここに置いたまま帰ることを、長く飽きもせず残念に思っていたが、姫のもとに自分の魂を残したような気持で、帰って行った。


 帰りの輿に乗ると、帝は姫に歌を書いて贈った。


「帰る道がこんなにも悲しいのは、私に背いてそこに留まっているかぐや姫。あなたを立ち止り、振り返らずにはいられないからなのですよ」


 かぐや姫も御返事の歌を贈った。


「うっそうとした雑草がはびこるような、卑しい所で年月を過ごしたわたくしの身です。きらびやかな御殿を見て暮らすなど、できようはずもございませんわ」


 これを読んだ帝は、ますます帰る気を失くしてしまう。その心はとても帰れたものではないと思うけれども、だからと言って、触れる事も出来ない姫の邸に、そのまま夜が明けるまでいては姫の名誉を大変傷つけることになる。そんな真似もできないので、帝はしかたなく宮中へと帰って行った。


 宮中に戻って、常日頃自分の傍で仕えている女官を眺めても、かぐや姫の傍に寄せられないほど美しさに差があった。他の女性に比べてずっと美しいと思っていた女性も、かぐや姫と比べたら人の内にも入らないほどだ。心の中はかぐや姫のことだけでいっぱいになり、夜も後宮の誰も召すことはなく、一人で過ごされるようになった。理由も言わずに后達のもとに通う事も止めてしまった。ただ、かぐや姫のもとに手紙を書いて過ごしてばかりいる。


 そんな帝に、さすがにかぐや姫も帝のことを憎からず思っているらしく、優しい歌や手紙などを返して文通を始める。帝も情緒豊かな美しい木の枝や草花に手紙を結んでは、姫に贈り続けた)


  ***


 しかしこうなると帝は余計にかぐや姫に未練が残ります。人ならぬ身、光り輝く竹の化身の姫。人が触れる事の出来ない美しさと崇高さ……。

 この世の神とうたわれ、これ以上ない存在として君臨する帝ですが、それは帝に国を統べる力となり、権威として自分を支えるものであったでしょうが、彼自身が最初から望んだものとは言えません。帝としてこの世に生まれたが故の宿命でもあります。


 そんな帝の宿命を上回る崇高な存在がこの世にある。帝はその立場にいるからこそ、一層かぐや姫への憧れを強くしたのではないでしょうか?

 帝はこの世の女性の誰にも抱いた事がないほどの強い感情で、かぐや姫を愛するようになります。自らが召し使う女官も、後宮に居る后達も、そこに仕える美しい女達も、まったく目に入らなくなってしまいました。最初は単なる好奇心から始まったかぐや姫への執着心ですが、彼はもはや、盲目的な恋のとりことなってしまったのです。


 かぐや姫の態度も、これまでの求婚者たちとは明らかに違っています。

 これまで決して男達に姿を見せる事のなかったかぐや姫。そして、男達を身近に見た事もなかったのでしょう。しかも彼らは姫のいいなりになって振り回されるばかりで、世間に何と言われようと、どれほどの身の破滅を招こうとも、強引にでも姫に思いを伝えようとまではしませんでした。


 当時の結婚と言うのはこれまで書いて来た通り、色々制約の多いものです。ですからどうしても互いの身を立てるための、政略結婚や、世間への権威付けが優先されてしまいます。

 ところが、あろうことか最高権力者の帝が、自分の身分も顧みずに恋の冒険に走りました。そして、かぐや姫は初めて打算の無い、我儘なまでの情熱を帝に姿を見られることによって知ったのです。


 これまでの求婚者たちとの恋の勝負によって、姫は人間の男女の愛の駆け引きを知りました。貴人たちの傲慢さを見抜いた姫ですが、彼らによって敗れた恋の悲しみ、人の心の哀れさも学んだはずです。男達の見栄や権威への執念を見つめながらも、それだけではない、滑稽なまでに女を求めようとする、憐れな男心を知ったのでしょう。

 そんな心境の変化のある中で、かぐや姫は帝の情熱に触れてしまったのです。


 もう姫は今までの求婚者たちのように、帝を無視することができなくなりました。帝の懸命の文に、心の籠った文を返し、文通を始めます。それほどまでに姫と帝の出会いは、姫にとっても衝撃的な出来事だったようです。






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