世界の何処かで侍女も叫ぶ。
リハビリ作品第二弾です。
前作の続きで、読み難い点も多々あると思いますがご容赦下さい。
アマリア・ゼレスは血の気が引き蒼白どころか、
文字通り顔を真っ青にして戦慄ていた。
「貴女は俺を置いて何処に行こうと言うんですか・・・?」
目の前にいる男は、城務めなら知らない者はいないディアスト軍第二師団長だ。
だが、皇太子妃侍女であるアマリアの知る第二師団長ディートハルト・ルイズは
外堀を埋め、帰還を求める異世界人をなし崩しに皇太子妃に据えた皇太子と違い、非常に常識的で笑顔の眩しい好青年だった。
決して王宮から侍女を拉致し、自らの邸宅に監禁するような男性ではなかったはずだ。
「な、ななななななんのことでしょうか・・・っ!!!」
寝台に押し倒され、お互いの鼓動が感じられそうなく程密着する身体に
アマリアは羞恥心から顔を真っ赤にする。
荒事を主とする軍人とは思えない貴族然とした柔和な容貌に
年頃のアマリアも当然顔を赤らめた事もあった。
だが、それだけだ。
学者肌な一族に生まれたアマリアは、貴族であるにも関わらず
自由気ままに異大陸で遺跡の発掘に専念する伯母のようになるのが夢だった。
その為には異性に現を抜かす暇などない。
それどころか、勉強が恋人だと胸を張って豪語する程のガリ勉だった。
皇太子妃付侍女になったのも、皇太子妃が母国語として使う古語を勉強する為だ。
アマリアより幼い容貌の、けれど7歳年上の皇太子妃に仕え二年と少し。
皇太子程ではないにしろ、
下手な上級魔術師より古語を使えるようになったアマリアは長年の夢を叶えるために、
主である皇太子妃に辞職を申し入れようと部屋を出た瞬間、
今目の前にいる男に拉致されたのだ。
「アマリア、貴女の夢は知っています。
個人的にはその夢を叶えて差し上げたいが、そうなると俺の夢が叶わない。」
そう言いながらディートハルトは組み敷いたアマリアの頬を撫でる。
今まで家族以外の異性に撫でられることなどなかったその感触に震えながら、
アマリアはディートハルトの言葉に眉を寄せる。
アマリアの夢は周知の事だ。
だが、何故ディートハルトの夢が叶わないのか?
真っ青になったり真っ赤になったり忙しないアマリアの表情に、ディートハルトは口元を緩めながら
捲れ上がったスカートの裾からアマリアの足に手を這わせる。
そこは頬と違い、異性の家族ですら決して触れない場所だ。
ゆっくりと舐るように撫でる硬い手の感触に異性を感じ、その感触から逃げるように身を捩らせる。
「ちょ、お、ま、待って!待って下さい!!
一体何なんですか!
別のアマリアさんとお間違えではないですか!?」
王宮にアマリアと名の付く者はアマリア・ゼレスしかいない事はアマリア自身理解している。
だが、人間足掻かなければいけない時が人生に数度あるのだ。
拘束された身体で身を捩らせたところで意味はない事はわかっている。
だが、段々と上へ上がって行くディートハルトの手にアマリアは抵抗せずにはいられなかった。
「俺が貴女を間違えるわけがないでしょう。
四年前のデビュタントで貴女を見初めたは良いものの、
貴女はすぐに所領に戻られ以来社交界には現れず。
どうしたものかと悩んでいたら、次期妃殿下の侍女となって貴女は王宮に現れた。」
ディートハルトの言葉通りデビュタント以降、アマリアは社交界には参加していない。
デビュタントは成人の証とも言われ、貴族には当たり前の儀式のようなものだ。
そしてそんな当たり前の儀式には別の狙いも存在する。
だが、その別の狙い・・・つまり異性との出会いに一切関心がないアマリアは
通過儀礼であるデビュタントを早々に済ませ所領に戻ったのだ。
「想い人に白い花を送る聖リーゼシアの時、
一本も花を送られなかった貴女を哀れんで
俺が花を送ったと思っているようですが、違います。」
さすがのアマリアもここまで言われればディートハルトが何を言いたいのか察せられる。
よくよく思い出してみれば聖リーゼシアだけではない。
日頃から、ディートハルトはアマリアにとても優しかった。
だが、アマリアはそれを慰労や親切心からだと思っていたのだ。
二年と少し前、皇太子妃が皇太子の想いに気付かなかった事に鈍感だと考えていたが、これでは人の事を言えない。
「そ、それは申し訳ございませんでした・・・
っで、ですが、あのそろそろ手を止めて頂けると・・・!!」
頬を撫でる手は何とか許容範囲内だ。
だが、反対の手は足の付け根に到達しようとしている。
身動ぎをすればその反動で触れられてはいけない場所に触れられそうで
それ以上動けずいるアマリアの視線を捉え
「今まで焦らされた分の報酬です。
大人しく俺のものになってください。」
艶やかに微笑んだ。
◇
突然の言葉にサクラは目を丸くする。
「・・・アマリアが結婚?」
サクラの膝に頭を乗せカウチに寝そべるのは、夫のヴィルフリートだ。
二年半前、元の世界に戻りたがっていたサクラを反強制的に皇太子妃にした
ディアスト皇国皇太子は長く伸びたサクラの黒髪を指に絡め遊びながら頷く。
「あぁ、その関係で昨日から数ヶ月休職だ。
サーシャももう現代語を覚えた事だし、少しの間侍女を変えても支障はないだろう?」
サーシャと言うのは皇太子妃としての名前だ。
以前は、他の者にサクラの名前を知られたくないとコロコロと呼び名を変えていたが、
結婚以降はサーシャで統一されている。
サクラと実の名前が呼ばれるのは護衛もいない真に二人の時だけだ。
「まあ、元々殆ど自分でやってるから支障はないけど・・・」
本来、皇太子妃ともなれば侍女は両手の数以上いるのが通例だ。
だが、言葉が話せなかった上に
自分の事は自分で行う文化で育ったサクラは、アマリアしか侍女を持っていない。
異世界から召喚され王宮で生活を始めて以来、常に側にいた侍女の不在にサクラは首を傾げる。
「でも、考古学者になって異大陸に行くのが夢って言ってたんだけどなぁ・・・。」
その為にいつか侍女を辞めると聞き、寂しくなったものだが
アマリアの人生はアマリアのものだ。
いくら仕える主だからと言ってサクラがそこまで関与する権利はない。
「結婚しても侍女は続けるとの事だ。
異大陸に行かず側にいるのだからサーシャも嬉しいだろう?」
怪訝そうなサクラに、ヴィルフリートは僅かに口元を緩ませ薄く笑う。
その笑みに既視感を覚えたサクラは眉を寄せ、
優然とサクラの膝に頭を預けるヴィルフリートを睨む。
「・・・何をしたの?」
あの笑みは、ヴィルフリートがサクラに初めて本性を見せた時に浮かべた笑顔と同種のものだ。
言うならば、何かを企んでいる笑みだ。
絡めていた髪を解いて
自身の胸の上に置かれていたサクラの手を掴んだヴィルフリートは
その指に愛おし気に口付ける。
白く柔らかい手は男であるヴィルフリートの手とは当然違うが、
甘やかされて育った貴族令嬢のものとも違う。
「結婚前と違って随分と鋭くなったな。」
「言葉が話せないのを良い事に、
勝手に籍を入れるような誰かさんと二年以上も夫婦やってれば当然じゃない?」
恐らく死ぬまで一生言われ続けるであろう痛烈で遠慮のない皮肉に
ヴィルフリートは思わず破顔する。
「それは重畳なことだ。」
サクラに何も言わず籍を入れ、
異世界に戻る手段を研究する宮廷魔術師達の邪魔をした事実は
実はまだサクラに許されていない。
未だ元いた世界に帰還する事を諦めていないサクラを留める楔は多い方が良い。
最近になってサクラが『夫婦』と言う単語を使うようになった事に
抑えきれない喜びを感じながらヴィルフリートは呟いた。
「なに、俺は最愛の妻の為に、目を掛けてた部下を鳥籠に仕立てただけだ。」
満足げに笑う夫の姿に、サクラはやはり怪訝に眉を寄せるしかない。
数ヵ月後、
アマリアがサクラと同じように僅かに腹部を膨らませ
泣きながら王宮に戻ったとき、
サクラはようやく過日夫が浮かべていた笑みの意味を知った。