若年層無職者向け制度の試験運用対象に選ばれた話
「ありがとうございます。〇〇様、お初に御目にかかります。私、役所の方から参りました、スズノレイコと申します。只今から30分程お時間を頂く事は可能でしょうか」
「え、えまあ、いいですけど」
「ありがとうございます」
丁寧な態度に深々と下げられた頭。何の用か知らないが、上げないわけにもいかない空気を作られてしまった。
「……それじゃあ、まあ、どうぞ」
「失礼いたします」
部屋……殺風景なリビングに通し、座布団も無い床に座らせる間にも何度も頭を下げ礼を言う。名は体を表す……礼子……とか下らない事を考えながら対面に座る。無駄に大きいちゃぶ台による距離は俺の心の距離感でもある。
スズノレイコさんとやらは、まあ、美女なのだろう。完全な不感症というわけでもないが、加齢で萎え気味な上にAI絵ばかりで抜いているのでそういう気はあまり起きない。全くないと言えば嘘になるが、役所の下らない用事でも笑って許せる程の効果はない。スズノレイコに対し少なくとも今の所不快感を覚えないのは、むしろその態度の方だ。これを狙ってやってるのなら俺に対し確かに効果的だ。が、俺に狙われる価値があるとも思えない。だから、単に元々こういう態度の女なのだろうと思った。
「それでは用件について説明させて頂きますね。本日〇〇様にお時間を頂いておりますのは、こちらの、制度の試験運用対象者となる事に御同意をお願いする為です」
数枚の書類を手渡された。質感はいつもの、役所から市民向けのグレーの陰鬱な紙だが、印字されている内容は……。
「え、えっと……これ、本当に、おれ、私が対象者、ですか?」
「〇〇様に御同意頂ければ、そのようになります」
「はぁ……」
妙な感覚。鈴野礼子……書類に漢字があった……の態度は柔和で落ち着いているが、あくまでも役所の仕事としてそうしているのだろう。だからこそおかしい。書類の内容が。
若年層無職者向け特別支援制度の試験運用へのご協力のお願い。
まず俺は若年層なのか?もうすぐ40だが。という当たり障りのない所から突っ込んでいこう。
「それは、その……少々長くなりますが、経緯について説明させて頂いてもよろしいでしょうか」
「え、はぁ、はい」
俺が甘かった。この書類の内容は結局、当たり障りしかない。どこから始めても同じ事だった。
そしてなされた説明は確かに長く、かつ、下らない話だった。要は政治とか組織とかそういう感じのアレだ。試験運用といいつつこの制度が正式に運用される事はないらしい。じゃあ試験もなにもないだろうに、なんやかんやのしがらみで試験運用はしなければならないらしい。結果として誰かは選ばなければいけない、らしい。本当にばかばかしくなってきたが、そんななんやかんやで俺が選ばれた事自体は……幸運というべき、なんだよな、多分……。
「同意します。試験運用の対象者に、なります」
「ありがとうございます。それでは只今より、私、鈴野礼子が○○様の”特別支援者”としてお世話させて頂きます。まず初めに此方をどうぞお受け取り下さいませ」
「ああ、はい、えー、ありがとうございます」
茶封筒に20万円。を、美女に恭しく手渡される。これが特別支援制度の手始めだった。
制度は、ようは北風と太陽みたいなアレから発想を得たのだろう。アレな偉い人が。ともかく俺としてはアレな偉い人に感謝すべきなのだろう。書類に複数回書かれてあったはずの名前すら一ミリも覚えてないが。
制度の主旨は、とにかく支援対象者を甘やかすと言う事。そうして愛情を教え、孤立感を解消させ、無敵の人になったりなんだりしないようにする。一応の理屈はまあ全くわからないというわけでもない。
それにしても極端すぎて、正式な制度にならなかったのも当然だ。
担当者の負担だけでもでかすぎるし、その他も各所からツッコミが入るだろう隙だらけだ。
鈴野礼子は”特別支援者”としての職務を既に開始している。対面ではなく今は隣に、俺に肌を密着させながら座っている。カネを渡してきた後は、特に何をするでもない。俺がやっても欲しくない事を勝手にするわけではないらしい。ただ、そのうら若き女体をぴとりと寄り添わせてきているだけだ。
こういう状況で「やって欲しい事」なんて決まっている。俺はもう開き直って、型落ちのノートパソコンを起動していつものAI絵師達をチェックする。目の肥えた俺も認める何枚かの新作を拾ってフォルダにダウンロードし、コレクションを画面上に並べる。
鈴野礼子はそれで察して、俺の顔色を逐一伺いながら、たっぷりと媚びながら丁寧に手伝ってくれた。その手伝い方の熱心さ、生真面目な緊張感と、それが時々空回りするたどたどしさから、知識はあっても初の実践である事があからさまに分かった。そういう、あらゆるプライベートな質問にも全て淀みなく回答してくれた。体重からスリーサイズから下着の色から何から何まで”確かめさせ”てくれながら。
床上手の処女。いや、そこまで上手ではないかもしれないが、だがそれが良い。知識はあり一々過剰に躊躇ったり戸惑わずに、それでいてきちんと恥じらいながら、全てに応じてくれる。
うむ。確かにこんな支援を受ければ俺も社会復帰とやらをする気に……なるはずがなかった。
明らかにこの制度は間違いである。そんな事みんな分かってたから正式なものにだけはならぬよう凄い色んな人が頑張ったんだろうなと察せられる。
俺はもう、毎日毎晩、礼子に甘え倒しあらゆる世話を焼かれるだけの生活を送っている。試験運用なのだからこんなに依存していては後で生きていけないと分かっていてもやめられない。と、
「いえ、それは、大丈夫です。その……試験運用はともかく、私はずっと、○○様に望んで頂ける限り、永遠に〇〇様にお仕えします……ですから、どうぞご安心くださいませ」
なるほど。礼子が支援者に選ばれたのにも理由はあるらしい。
こうして俺達は堕落した共依存の、しかしこんな世界ではあり得ないほどの幸せな生活を、いつまでも続けるのだった。




