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8 拍手

ぱち、ぱち、ぱち。


教室に響いていた拍手の音は、

どこか軽くて、やけに楽しそうだった。


「……誰だ」


藤原が低く言う。


音の正体は、

教室の隅――掃除用具入れのロッカーだった。


がちゃり、と扉が開く。


中から出てきたのは、

スーツを着た男だった。

背は高く、体型は普通。

だが、決定的におかしい。


――顔が、ない。


のっぺりとした皮膚のようなものが、

本来顔があるはずの位置を覆っていて、

目も、鼻も、口も存在しない。


それなのに。


「いやあ、素晴らしい」


声は、はっきりと聞こえた。


男は拍手を止めると、

何事もなかったかのように話し始める。


「犠牲者ゼロ。これは本当に素晴らしい成果です」


ざわり、と空気が揺れる。


「逸材が多いとは思っていましたが、ここまでとは」


淡々と、

楽しげに。


「ちなみに他のクラスですが――」


一瞬、間が空いた。


「全滅したクラスもありますし、少なくとも犠牲者多数ですね」


誰かが、息を呑む音がした。

胃の奥が、きゅっと縮む。

男は、何もない顔を鈴木の方へ向けた。


「守ろうとする姿勢は立派ですが」


声の調子が、少しだけ変わる。


「そんな甘い考えだと、さっきの先生みたいに、すぐ死にますよ」


その瞬間。


鈴木が前に出た。


「……てめぇ」


言葉より先に、拳が出る。


だが。

当たらなかった。


鈴木の拳は、

男の身体をすり抜けるように空を切り、

そのまま壁を殴りつけた。


「実体がねぇ……」


男は、楽しそうだった。


「自己紹介が遅れましたね」


男は胸元を軽く叩く仕草をする。


「私は“支配人”です」


ぞくり、と背中に寒気が走る。


「これはゲームです」


支配人は、少しだけ間を置いてから言った。

一斉に、息を呑む。


「今、学校の中にいる人間は、学校の外に出ることはできません。

 この領域に囚われた、いわば“奴隷”です」


淡々と、事実を告げる声。


「学校の中には、これよりもはるかに強大な魔物が大量に存在しています。

 それらに対処しながら、屋上にいるボス――ドラゴンを倒せば」


少し、楽しそうに。


「君たちは、自由になれる」


――そんな上手い話があるわけがない。

誰もが、同じことを思っていた。


「ちなみに」


支配人は続ける。


「この空間では、食事もトイレも必要ありません。

 生活に必要なものは、すべて不要になるよう調整されています」


調整、という言葉が、やけに軽い。


「そして」


声が、ほんの少しだけ低くなる。


「自由になれるのは――同じクラスの人間だけです」


その意味を理解するのに、数秒かかった。

他クラスは、含まれない。


「……殺し合え、ってことかよ」


誰かが、震える声で言った。


「ご理解が早くて助かります」


必要なことだけを言い終えると、

支配人は満足そうに一度頷いた。


次の瞬間。

男の身体が、

煙のように、すうっと薄れていく。


「では、健闘を祈ります」


拍手の音だけが残り、

支配人は完全に消えた。


ーーー



支配人が消えたあと、

教室には、しばらく誰も声を出せない時間が流れた。

床に残った血の跡や、壊れた机を見ていると、

さっき聞いた話が現実として、じわじわ重くのしかかってくる。


最初に口を開いたのは、鈴木だった。


「……ふざけんなよ」


低い声だったが、怒りは隠れていない。


「ゲーム? 奴隷?そんなもんに付き合う気ねぇ」


拳を握りしめ、歯を食いしばっている。

一呼吸置いてから、続けた。


「だが今は暴れても意味ねぇ。さっきの黒ローブ見たかぎり無策で突っ込んだら、マジで死ぬ」


感情だけで動くタイプに見えて、

鈴木は意外と現実をちゃんと見ている。


その横で、藤原・光が静かに前に出た。


「整理しよう」


声は落ち着いていて、教室全体に通る。


「今分かっていることは三つある」


指を一本立てる。


「一つ。

 俺たちは、この学校の外に出られない」

「二つ。

 校舎の中には、さっきのより強い魔物がいる」

「三つ。

 屋上にいる“ボス”を倒せば、自由になれると言っている」


少し間を置く。


「……本当かどうかは別として、

 少なくとも、今のルールはそれだ」


誰も反論しなかった。


藤原は続ける。


「他のクラスと協力できるかどうかは不明。

 むしろ、あいつの言い方だと、

 対立を煽る仕組みになってる可能性が高い」


そこで、鈴木が頷いた。


「だから、無理に他を助けに行くのはナシだ」


一瞬、教室の空気が張り詰める。


「冷てぇって思うかもしれねぇけど、

 俺は自分のクラスを守る」


はっきりした言い方だった。


「助けられる状況なら考える。

 でも、命賭けてまで行く義理はねぇ」


誰も、強く否定できなかった。

俺は、そのやり取りを聞きながら、

内心で頷いていた。


(感情と理屈、両方ある判断だ)


藤原が視線を巡らせる。


「とりあえず、今この教室は安全だ。

 魔物も湧かなくなってる」


「休もう」


鈴木が短く言った。


「戦える奴も、戦えねぇ奴も、

 一回落ち着け」


皆が、床や壁に座り込む。


教室の中は、嘘みたいに静かだった。


誰も喋らない。

机に背中を預ける者、床に座り込んで俯く者、壁にもたれて目を閉じる者。

さっきまで必死に動いていた身体が、ようやく限界を思い出したみたいに、全員が重力に引きずられていた。


荒い呼吸の音と、焦げた匂いだけが残っている。


一方で――

壁の向こう、隣のクラスからは、まだ戦闘音が続いていた。


何かが叩き壊れる音。

誰かの叫び声。

金属が擦れるような音と、聞き覚えのない咆哮。


ここが安全地帯になっただけで、

この校舎全体が静まったわけじゃない。

むしろ、

戦いはまだ、終わっていない。


鈴木も藤原も、何も言わず、その音を聞いていた。

助けに行くかどうか、という言葉は、誰の口からも出なかった。


出せなかった、のかもしれない。


俺は、壁越しに伝わってくる振動を感じながら、

自分の鼓動が、まだ早いままだということに気づく。


この教室だけが、切り取られたみたいに静かで、

その静けさが、逆に異様だった。


――ここにいる限り、まだ生きている。


でも一歩外に出れば、

同じように戦わされる。


そんな現実が、

音となって、ずっと耳に残っていた。

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