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7 変異

校庭の中央で光っていた魔法陣は、眩しさを通り越して、見ているだけで目の奥が痛くなるほどの強烈な光を放っていた。

黒岩先生が血を吐いたことも、ドラゴンみたいな怪物がそこにいることも、本当は全部確認したいのに、身体が先に「次が来る」と理解してしまって、俺は反射的に教室の中へ引き返していた。


直後、空気が一段重くなった。


校舎が、震えたわけじゃない。

空間の“つなぎ目”がきしむような、言葉にできない嫌な感覚が、廊下から教室にまで染み込んでくる。


窓の外ではまだ何かが起きている。

でも今は、それどころじゃなくなった。


教室の床に、黒い染みみたいな影がいくつも浮かび上がり、その影が膨らんだかと思うと、空気を破って何かが“出てきた”。


最初に現れたのは、ゴブリンみたいな小柄な化け物だった。

背丈は小学生くらいなのに、身体つきは異様に締まっていて、皮膚は湿った土みたいな色をしている。

目は濁った黄色で、まぶたがうまく閉じないのか、ずっと充血した眼球がむき出しのままギョロギョロ動き続けていた。


口は大きく裂け、歯が不揃いに並んでいて、笑っているようにも、噛みつく瞬間の形にも見えた。

手の指は長くて、爪が黒く尖っている。

それが教室の机の上に飛び乗った瞬間、木の天板が爪でざりっと削れて、粉が舞った。


「……うそだろ」


誰かの声がひっくり返る。


次に現れたのは、二足歩行の犬みたいなやつだった。

犬というには脚が長すぎるし、筋肉の付き方が人間っぽいのに、顔だけは獣そのもの。

鼻先が長く、口の端からよだれが糸を引いていて、舌がやけに赤い。

目は黒目が小さく、爛々とした白目が目立つせいで、感情が読めないというより、最初から“殺すためだけにある視線”だった。


そして、ツノを持ったうさぎ。

……うさぎと言うのが嫌になるくらい、全然可愛くない。


毛並みはまだらで、ところどころ剥げていて、露出した皮膚が乾いた肉みたいにひび割れている。

耳はちぎれかけ、鼻は潰れていて、前歯が異常に長く伸び、口を閉じても歯が外に突き出している。

額から生えたツノは短いけど鋭く、まるで無理やり骨をねじって生やしたみたいな歪な形だった。


そいつらが、次から次へと教室の中に湧いてくる。

机の間を四足で走り抜ける奴もいれば、椅子を蹴倒して突っ込んでくる奴もいる。


黒岩先生の安否なんて、確認する暇がない。

今この瞬間、目の前の“これ”に対応しなきゃ、全員が終わる。


「動け!!」


誰かが叫んだのか、黒鬼先生の声が聞こえた気がしたのか分からない。

とにかく、教室の空気が一気に戦場になった。


藤原・光が動く。


速い。

いや、速いなんて言葉じゃ追いつかない。


光が走ったように見えた次の瞬間、ゴブリンがまとめて倒れていた。

藤原の手には、光の剣みたいなものが握られていて、刃の輪郭が揺らめくたびに、空気が切り裂かれる音がする。

本人もどこか光って見えるし、表情には余裕が残っていて、むしろ力を抑えているようにすら見えた。


鈴木も前に出る。


彼は、怖くて固まっている奴らの前に立って、盾みたいに身体を張った。

そして素手で、襲いかかってきた二足犬の首筋を掴み、床に叩きつけ、動きが止まるまで押さえ込む。

一つ一つが荒っぽいのに、守るべき範囲を絶対に崩さない動きで、無茶をしているように見えて、実はめちゃくちゃ冷静だった。


「下がれ! 後ろ行け!」


声も、でかい。


その後ろで、怖くて動けない奴らが座り込んでいた。

オタクの小田は、また漏らしていた。今日二回目だ。汚い。


「うわ、来る! 来る来る来る!」


斉藤が前に出る。

職業は侍らしいが、本人は剣道部なので、手にしているのは竹刀だ。

それでも動きが鋭く、竹刀が空を裂く音がして、ゴブリンの頭を叩き落とすように倒していく。


和田は、発狂しながら炎を出していた。


「うるぁぁぁ!! 死ねぇぇ!!」


叫び声はうるさいが、炎はちゃんと当たっている。

机が焦げる匂いと、毛が焼ける臭いが混じって、吐き気が込み上げた。


それでも、みんな思ったより早く対応していた。

昨日まで普通の高校生だったのに、状況が人を変えるのか、力が人を押し出すのか、その両方なのかは分からない。


――俺も、動かなきゃいけない。


昨晩のトレーニングで、身体は軽い。

怖いのは怖いが、足は止まらない。


ゴブリンが机を蹴って飛び込んできた。

俺は身を引いて、机の角を使って相手の動きをずらし、空いた胴に拳を入れる。

拳の感触は硬く、皮膚の下が異様にしなって気持ち悪いが、怯んだ。


次に二足犬が突っ込んでくる。

あれは正面からは無理だと直感で分かる。


俺は横に滑って距離を取り、椅子を蹴って進路を塞いだ。

椅子が砕ける音がして、破片が飛ぶ。

その隙に、机の上に飛び乗って位置を変える。


「……落ち着け、落ち着け」


息が上がりそうになるのに、不思議と身体は動く。

このままじゃ技術がないと死ぬ。戦闘技術を身につけないと、次は運が尽きる。


俺は短く息を吸い、胸の奥の熱に意識を向けた。


「……ヒール」


自分の身体に暖かいものが巡り、肩の擦り傷みたいな痛みが一瞬で消える。

しかも、体力が戻る感じがある。眠気が消える、気力が戻る、そういう回復まで含まれている気がした。


(範囲は……)


試しに、近くで倒れかけた青木に寄る。

青木は水魔法を出そうとして腕を引っかかれ、血が滲んでいた。


「じっとして」


俺がヒールを使うと、青木の傷がすっと塞がり、顔色が少し戻る。

距離は、だいたい二メートルくらいまでなら届く。擦り傷や打撲程度なら余裕で治るし、体力も戻せる。


ただ、自分への効果が一番高い気がした。

自分に使った時の回復速度と、他人に使った時の回復速度が微妙に違う。

……たぶん、まだ伸びしろがある。


(冷静に考えてる場合じゃないけど、考えないと死ぬ)


気づけば、グロテスクな見た目にも少し慣れてきていた。

最初は吐きそうだったのに、今は「どこを叩けば止まるか」を見てしまっている。


怖いまま、慣れていく。

それが一番、嫌だった。


それでも、敵の数が減らない。


湧いている。

ずっと湧いている。


「キリねえぞこれ!!」

「どっかから出てきてるだろ!」


その瞬間、教室の前方、扉のあたりに紫色の光が見えた。

扉の枠に、紫色の水晶みたいなものが刺さっている。

脈打つように光り、その度に影が膨らみ、魔物が現れていた。


「そこだ!!」


叫んだのは、岡元だった。

太っていて息が荒いくせに、目だけは妙に鋭い。


「俺、魔力視ってやつ持ってるらしい! そこから禍々しい魔力が溢れてる!!」


「禍々しいって何だよ!」と誰かが叫びつつも、全員が理解した。

あれを壊せば、供給が止まる。


「一気に行くぞ!」


藤原が先に走る。

鈴木が盾になって道を作る。

続く斉藤の竹刀が邪魔な魔物を弾き、その後ろの和田の炎が進路を焼く。


俺も走りながら、近くの怪我人にヒールを投げ、前に出る。


紫の水晶の前に辿り着いた瞬間、空気が冷たくなった。

嫌な匂いがした。鉄と腐臭が混ざったみたいな匂いだ。


「壊せ!!」


誰かの一撃が入る。

ひびが走る。


もう一発。

さらにひびが広がる。


最後に鈴木が拳を叩き込んだ。


紫色の水晶が、砕け散る。


その瞬間、教室の中の空気がすっと軽くなり、さっきまで湧き続けていた魔物の気配が、嘘みたいに途切れた。


静かになる教室。

息遣いだけが、やけに大きい。


誰もが肩で息をしながら、ようやく“止まった”ことを理解する。

机は倒れ、床は汚れ、焦げ臭い匂いが残っていて、教室の原型はもう半分もなかった。


――そのとき。


どこからか、拍手が鳴り響いた。


ぱち、ぱち、ぱち。


ゆっくりで、楽しそうな音だった。

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