6 先生
目を、ぎゅっと閉じた。
来る。
来るはずだ。
皮膚が焼ける感覚。
息ができなくなる熱。
そういうものを、覚悟していた。
――なのに。
いつまで経っても、熱さが来ない。
音だけが、遅れて響いている。
炎が唸る音。
何かが、何かにぶつかる重い音。
恐る恐る、目を開けた。
「鈴木?」
声が、震える。
鈴木は、呆然と前を見つめたまま、小さく呟いた。
「……黒岩先生……」
その瞬間、理解した。
校舎の正面。
入り口の前に、巨大な光の壁が張られている。
半透明で、揺らぎながらも、確かにそこに存在していた。
ドラゴンのブレスは、その壁にぶつかり、歪み、押し返されている。
――守られている。
足の震えが、止まらない。
腰が抜けそうで、立っているのがやっとだった。
正直、めちゃくちゃ怖かった。
隣を見ると、オタクの小田がしゃがみ込み、顔を真っ青にしている。
股の辺りが、明らかに濡れていた。
……汚い。
校舎の入り口前には、黒岩先生が立っていた。
仁王立ち。
背中は大きく、迷いがない。
「俺の目が黒いうちは――」
低く、よく通る声。
「――絶対に、ここを通さん」
誰かが、息を呑む音がした。
「本当の男ってさ……」
バカの和田が、なぜか感心したように言う。
「女子がいないところでも、ちゃんとカッコつけるんだな!」
黙れ、と思ったが、否定はできなかった。
確かに、かっこいい。
ドラゴンのような姿になった黒ローブの男は、
一瞬だけ先生を一瞥し、そのまま校舎へ進もうとした。
だが。
足が、進まない。
視線を落とすと、
黒岩先生が、その足首をがっちりと掴んでいた。
人間の体の、何十倍もある存在。
それを、片手で。
「……?」
怪物が、初めて困惑したような声を漏らす。
次の瞬間。
黒岩先生は、そのまま投げた。
冗談みたいな動きだった。
地面を蹴り、腰を入れ、
信じられない力で、巨大な体を宙に放り投げる。
ドラゴン人間が、校庭を転がり、地面を抉り、土煙を上げる。
すぐに立ち上がり、咆哮する。
そこからは、肉弾戦だった。
拳と爪がぶつかり、
衝撃波が空気を揺らす。
先生の拳が鱗を砕き、
怪物の爪が地面を引き裂く。
一発一発が致命傷になり得る、
レベルの違う戦い。
俺たちは、ただ見ていることしかできなかった。
――だが。
校庭の端で寝そべっていた、
もう一人の黒ローブの男が、ゆっくりと立ち上がった。
拍手するように、手を叩きながら、楽しそうに近づいてくる。
何かを、ドラゴン人間に囁く。
次の瞬間、
その男は、黒岩先生の方を向いた。
そして、
手を振りかざした。
それだけだった。
だが、その瞬間。
黒岩先生の動きが、
目に見えて鈍くなった。
さっきまで躱せていた攻撃を、躱しきれない。
拳の威力が、明らかに落ちている。
「……っ」
攻撃を受けていないはずなのに、
先生が、突然、血を吐いた。
膝が、わずかに揺れる。
――圧倒的劣性。
それが、誰の目にも分かった。
希望が、音を立てて崩れていく。
そのときだった。
校庭の中央。
さっきから広がり続けていた魔法陣が、
目で直視できないほどの光を放ち始めた。
白でもなく、金でもなく、
ただ、強すぎる光。
誰かが、叫ぶ。
「なに、あれ……」
嫌な予感が、
胸の奥で、確信に変わった。
―まだ、終わっていない。




