揃う
朝の空気は、どこか湿っていた。
青木が出してくれた水を浴びながら、俺はぼんやりと天井を見上げていた。
いや、水じゃない。はっきりと、温かい。
「……温水、出るようになったんだな」
思わず呟くと、青木は苦笑いを浮かべた。
「昨日までは無理だったんだけどな。
今朝、試したらいけた」
能力が、確実に成長している。
それは喜ぶべきことのはずなのに、なぜか素直に頷けなかった。
「雪、ほどほどにしろよ」
青木が、少し真剣な声で言う。
「最近……無理しすぎだ」
冗談めかした口調じゃない。本気で心配している声音だった。
「分かってる」
そう返したが、
どこまでが本当なのか、自分でも分からなかった。
教室に戻ると、藤原――光が壁に背を預けて座っていた。
いつもなら立って全体を見ているはずの位置だ。
「珍しいな」
声をかけると、光は肩をすくめてこちらを見る。
「ヒール、頼める?」
近づくと、確かに魔力の流れが乱れているのが分かった。彼が負傷している姿を見るのは、初めてだった。
「何があった?」
ヒールをかけながら聞くと、光は一瞬だけ視線を伏せた。
「特別凶暴な獣がいた、それだけだよ」
それ以上は語らない。
問い詰める空気でもなかった。
こうして、今日も探索が始まった。
廊下を進み、階段を下り、
魔物を処理しながら校舎の奥へ向かう。
いつも通り。
そう思ったのは、遠くから戦闘音が聞こえた瞬間までだった。
金属がぶつかる音。
魔法が弾ける音。
人の怒鳴り声と、悲鳴。
「……戦闘?」
しかも、規模が違う。
角を曲がった先に広がっていたのは、
完全な戦場だった。
二つのクラスが、正面から衝突している。
剣を振る者、魔法を撃つ者、
倒れた仲間の結晶を奪おうとして、さらに刃を向ける者。
床は血と瓦礫で覆われ、
すでに何人かが動かなくなっていた。
「やめろ!」
「引けって言ってるだろ!」
誰かの叫び声が、
怒号と爆音にかき消される。
「関わるべきじゃない」
光が、すぐに言った。
「今入ったら、俺たちも巻き込まれる」
青木も頷く。
「戦場が出来上がってる。今さら止まらない」
だが、鈴木が前に出た。
「それでもだ」
拳を握り、歯を食いしばる。
「このまま見てたら、全滅するぞ」
周囲もざわつく。止めるべきだ、という声が増えていく。
結局、俺たちは――止めに入った。
「やめろ! もう死んでるぞ!」
鈴木が割って入り、体を張って二人を引き離す。
俺は負傷者に駆け寄り、必死にヒールをかける。
だが、回復したそばから、別の攻撃が飛んでくる。
「下がれ!」
「誰か結晶持ってるぞ!」
言葉は、誰にも届かない。
恐怖と怒りと焦りが、人を簡単に狂わせていた。
斉藤が前に出た。
「止めろって言って――」
その瞬間だった。
衝撃音。
鈍い感触。
斉藤の体が吹き飛び、床に転がる。
「斉藤!」
駆け寄ると、
右腕が、なかった。
血が止まらない。
「……頼む」
斉藤が、震える声で言う。
俺は必死にヒールをかけた。
何度も、何度も。
だが、腕は戻らない。
ヒールは、命を繋ぐ。
失われたものを、なかったことにはできない。
その現実が、はっきりと突きつけられた。
戦いは、ようやく終わった。
もうこの場には俺たちしかいない。
俺たちのクラスに死者はいない。
だが、それが誇れる状況だとは、とても思えなかった。
足元を見る。
黒紫色の結晶が、山のように転がっている。
岡元が、声を震わせながら数える。
「…100、超えるね」
その言葉に、空気が凍りついた。
小田が、一瞬だけ口元を緩めかけて、すぐに俯いた。
誰かが、掠れた声で言う。
「これで、外に出られるんだよな…」
誰も答えない。
誰も喜ばない。
誰も声を上げない。
ただ、胃の奥に重いものが沈んでいく。
吐き気に近い感覚。
そのときだった。
――ピンポンパンポン。
校舎全体に、
やけに明るい電子音が響いた。




