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16 守るために汚れる

浅野が去ったあと、しばらく誰も動けなかった。


床に残った水が靴底で鳴り、誰かの荒い呼吸だけがやけに大きく聞こえる。

さっきまで張り詰めていた緊張が、遅れて身体にのしかかってきた。


「……全員、生きてるか?」


最初に口を開いたのは、鈴木だった。

声は低いが、はっきりしている。


「怪我人はいるけど、動けない奴はいないかな」


青木がそう答え、周囲も小さく頷いた。

致命傷はない。

それだけで、奇跡みたいな状況だった。


「……あいつ、やっぱ別格だな」


誰かがそう呟き、否定する声は上がらなかった。

浅野ケイは、明らかに俺たちとは違う場所にいる。


隊列を整え、再び歩き出す。

だが、空気はさっきまでとまるで違っていた。


俺は、背中に視線を感じていた。

振り向かなくても分かる。鈴木だ。

しばらく無言のまま並んで歩き、やがて鈴木が口を開いた。


「……さっきのことなんだけどよ」


前を見たまま、低い声で。


「みんなを先に行かせたよな?」


「……ああ」


俺が短く答える。


「なんで、残った?」


問い詰める口調じゃない。

だが、誤魔化せる雰囲気でもなかった。

俺は、少し間を置いてから答えた。


「……できることがあった」


鈴木は一瞬だけ黙り、そのまま歩き続ける。


「……そうか」


それ以上、すぐには突っ込んでこなかった。

だが、その沈黙自体が、答えを求めている。


「俺さ」


鈴木が続ける。


「結晶のために、人を切るの……正直、嫌なんだ」


足音が、一定のリズムで響く。


「分かるよ。理屈も、必要なのも。

  でもな、それでも納得できねぇ」


俺は、何も言わなかった。

否定も肯定もしない。

沈黙が、俺の立場をそのまま表していた。


「…全部は聞かねぇ」


鈴木は、小さく息を吐いた。


「聞いたら、多分……殴りたくなる」


苦笑いにも見えるが、冗談じゃない。


「でもな」


鈴木は、そこで初めて俺を見た。


「それでも、お前は仲間だ」

「だから、お前が俺たちを切る側に回るなら……その前に、俺が止める」


はっきりした宣言だった。


「逆に言えば」


一拍置いて、続ける。


「お前が俺たちを守るために汚れるなら……俺は前に立つ」


一瞬、言葉を失った。


「…勝手だな」


俺が言うと、鈴木は鼻で笑った。


「今さらだろ」

「こんな世界で、綺麗事だけでやれるかよ」


それきり、会話は途切れた。

だが、さっきまで胸に溜まっていた重さは、少しだけ軽くなっていた。



分岐点の先で、藤原が隊列を止めた。


「一旦、ここで休憩しよう」


異論は出なかった。

教室に入り、扉を閉める。

外からの物音が、わずかに遠のく。


「じゃあ、整理する」


黒板の前に立った藤原が、淡々と言った。


「まず、今持ってる結晶の数」


全員がポケットや袋から結晶を出し、机の上に並べていく。数を確認し、藤原が黒板に書いた。


「……50個」


誰かが小さく息を吐く。


「まだ、半分か……」


「ちなみに」


藤原が続ける。


「浅野は、さっきの様子だと60個程度持ってる」


教室が、静まり返った。


「差は……もう、ついてる」


藤原は、感情を込めずに事実だけを述べる。


「だから、目的を再確認する」


黒板に、大きく書かれる。


『最優先:全員で生き残る』


「ボスには、まだ挑まない」

「今は生存重視で、探索と回避を続ける」


誰も反論しなかった。

そして、次の話題に移る。


「結晶が100個集まったら」


藤原は、ほんの一瞬だけ間を置いた。


「……誰を、小田と一緒に外へ出すか」


その瞬間、空気が弾けた。


「俺が行くべきだろ!」

「いや、戦闘力的に考えたら俺だ!」

「お前そんな強くないだろ!」


「情報伝えるなら頭の回るやつだ!」

「外に出たら殺されるかもしれないぞ!?」


一斉に声が上がる。

誰もが、自分の正当性を主張し始めた。

恐怖と希望が、同時に顔を出している。


「落ち着け!」


鈴木が声を張り上げる。


「今決める話じゃねぇ!」


それでも、ざわめきはすぐには収まらなかった。


俺は、その様子を眺めながら、ふと思った。

——こんな時、

黒岩先生がいたら、どう言っただろう。


「ガキが騒ぐな」と一喝したか。

それとも、無言で全員を黙らせたか。

そんなことを考えてしまう自分に、少し驚く。


藤原が、チョークを置いた。


「……決めるのは、まだ先だ」


その言葉に、ようやく教室は静かになる。


「でも、いずれ必ず決める」

「その時まで、俺たちは生き残る」


誰もが、重く頷いた。


外では、まだどこかで戦闘音が続いている。

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