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15 線引き

探索を再開してから、会話はほとんどなかった。


誰もが無意識のうちに口数を減らし、足音だけが校舎の廊下に反響している。

つい昨日まで交わされていた軽口や冗談は、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。


理由は分かりきっている。


結晶は、人が死ななければ現れない。

そして、その結晶を百個集めれば、一人だけがこの領域から解放される。


希望として与えられたはずの数字は、同時に、人の命を秤にかける冷酷な基準でもあった。

廊下を一つ曲がったところで、鈴木が不意に手を上げて足を止める。


「……待て」


床に、血の跡があった。


まだ乾ききっていない。

つい最近まで、ここで誰かが倒れていたことを示す、生々しい痕跡だった。


さらに進むと、壁に叩きつけられたような跡、砕け散った机、引きずられた血の線が連なっている。

嫌な予感が、全員の胸に同時に広がった。


その先で、俺たちは彼らを見つけた。


他クラスの生徒たち。人数は十人ほど。

少し前、校舎内で一度だけ遭遇したことのある、あの十人組だった。

武器を揃え、妙に統制の取れた動きをしていて、嫌な違和感だけを残して別れた連中。


だが、今は違った。


意識があるのは、三人だけ。

残りは、床に倒れ、壁にもたれ、あるいは動かなくなっている。


生きている者の目も、焦点が合っていなかった。


三人のうちの一人が、こちらに気づくと露骨に身構える。


「……来るな」


その声には、敵意よりも疲労と怯えが滲んでいた。


鈴木が、ゆっくりと一歩前に出る。


「戦う気はねぇ」

「何があった?」


しばらくの沈黙のあと、男の一人が吐き捨てるように言った。


「仲間割れだよ」


その一言で、空気が張り詰める。


「結晶の数、足りねぇって分かって……」

「100個集まったら誰が抜けるかで、揉めた」


視線が、倒れている仲間たちへと向けられる。


「最初は口論だけだった」

「でも……引けなくなった」


結晶を握りしめる手が、微かに震えていた。

廊下の空気が、目に見えるほど重くなる。


「……体育館には、大猿みたいな化け物がいる」

「一階の広間には、石のゴーレムだ」


男は続ける。


「正面からなんて、無理だった」

「だったら……選ぶしかなかった」


それは、言い訳であり、同時に現実だった。


「だからって……」


鈴木は何かを言いかけたがやめた。

藤原の合図で、隊列が動き出す。

これ以上関われば、こちらも危険に引きずり込まれる。

足音が遠ざかり、廊下に残ったのは、血の匂いと、

床に横たわる“生き残り”だけだった。


俺は、一人、足を止めた。


男は、薄く目を開けて、こちらを見る。

まだ生きている。

だが、さっき見た限り、このまま放っておけば長くはもたない。


俺は、しばらく黙ってから口を開いた。


「治してやる」


男の目が、わずかに見開かれる。


「……その代わりだ」

「お前の持ってる結晶、全部渡せ」


一瞬、理解できなかったという顔。

次の瞬間、はっきりとした拒絶が浮かぶ。


「……ふざけるな」

「それは……」


俺は、最後まで聞かずに立ち上がった。


「じゃあいい」


踵を返す。

本当に、迷いはなかった。


「……待て!」


掠れた声が、背中に飛んでくる。


「……分かった」

「渡す……」


俺は、振り向いた。


床に転がされた結晶は、三つ。

黒紫色の、冷たい光。


俺は、それを拾い上げてから、ヒールをかけた。


回復は、ギリギリだった。

完全ではないが、死は免れる程度。

男は、荒い息をつきながら、何も言わなかった。

俺も、何も言わずにその場を離れた。


この瞬間だった。


自分の中で、何かがはっきりと線を引いたのが分かった。

守るのは、自分のクラスメイトだけ。

それ以外は、切り捨てる。


そうしなければ、

この世界では生き残れない。


小走りで、皆に追いつく。


「何してたんだ?」


誰かに聞かれた。


俺は、笑顔を作る。


「ちょっと、用事済ませてた」


それ以上は、何も言わなかった。


鈴木だけが、

俺の手と、ポケットの膨らみを一瞬だけ見て、

何かに気づいたような顔をしたが、何も言わなかった。


しばらく進んだ、そのときだった。

背後から、ぞっとするほど濃い気配が、押し寄せてきた。


全員が振り向く。


そこにいたのは――浅野ケイだった。


相変わらず血だらけだが、

前に会ったときよりも、明らかに威圧感が増している。


反射的に、5、6人が前に出る。


「浅野だ!」

「この人数なら勝てる!」


確かに、彼らの動きは良かった。

連携もある。

昨日までとは、明らかに違う。


――だが。


浅野は、一歩も下がらない。


拳一つで弾き飛ばし、蹴りで壁に叩きつけ、

電撃を喰らわせ、一瞬で全員を無力化した。


そのうちの一人が、床に倒れ込み、動かなくなる。

浅野は、俺だけを見ていた。


そして、笑った。


「あと……40個だな」


背筋が、冷たくなる。


「さっき、三つ手に入った」

「運が良かったよ」


匂わせるような言い方だった。


「あんたが馴れ合ってる間に、俺はここまで強くなった」

「お前も、もっと早く決断すればよかったのにな」


浅野が、トドメを刺そうとした瞬間――


「させるか!」


鈴木が、割り込んだ。


渾身の一撃。

だが、浅野はそれを受け止める。

数合、打ち合う。


……鈴木でも、押されている。


格が違う。

全員が、それを理解した。


そのとき。


「——止まれ!」


青木の声と同時に、天井から水が降り注ぐ。

一面、水浸しになる校舎。


「ここで電撃打ったら、お前も死ぬぞ!」


浅野は、舌打ちした。


「……今日は、ここまでだ」


そう言い残し、ゆっくりと後退する。

数十人を前にして、なお余裕。


その背中を見送りながら、

俺はようやく理解した。


――もう、この世界では

「戻るかどうか」を選ぶ段階は、とっくに終わっている。


選ぶのは、

誰を守り、誰を切り捨てるか。


それだけだった。


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