13 探索開始
一夜が明けた。
といっても、太陽が昇ったとか、朝焼けが見えたとか、そういう分かりやすい変化があったわけじゃない。
ただ「時間が経った」と、皆んなが感覚で理解しただけだった。
俺は、眠くなかった。
眠気が来る前に、ヒールで押し流していたからだ。
正直、自分でも少し引くくらいには、一晩中トレーニングを続けていた。
合間に、教室の外を少し歩いた。
廊下の角を曲がった先で、ゴブリンと出くわした。
背は低く、緑がかった肌。
歯をむき出しにし、涎を垂らしながらこちらを睨みつけてくる。昨日なら、少しは躊躇していたかもしれない。だが、身体は勝手に動いた。
剣を抜き、距離を詰める。
振ると、手応えは軽いが確実に当たる。
ゴブリンは、断末魔を上げる暇もなく、その場で霧のように消えた。
魔物は、やはり死ぬと消える。
結晶は、残らない。
(……人だけ、か)
そう考えた瞬間、胸の奥が少し重くなった。
⸻
「朝」という区切りで、全員行動が始まった。
校舎の探索。
昨日までと、明らかに違う。
教室が、少しだけ広い。
天井が高くなっていたり、奥行きが伸びていたり、寸法が微妙に狂っている。
見慣れたはずの場所なのに、どこか落ち着かない。
(……変質してるな)
藤原も、言葉を発さずに周囲を観察していた。
魔物は、そこら中を歩いている。
数は多いが、統率は取れていない。
軽い戦闘が続く。
鈴木が前に出て、斧を振るう。
俺は後ろから、ヒールでカバーする。
弓や魔法持ちも、距離を取りながら攻撃を重ねる。
連携には、まだ改善点がある。
声が被ったり、一瞬の判断が遅れたりする場面もあった。
それでも、危なげなく勝てていた。
昨日は怖くて動けなかった奴らも、少しずつ戦闘に参加できるようになっている。
剣を握る手は震えているが、それでも前に出て、振る。
確実に、皆んな変わり始めていた。
その途中で、そいつが現れた。
二メートルを超える、豚の化け物。
オークだった。
脂肪と筋肉が混ざったような、異様に分厚い身体。
皮膚は赤黒く、まばらに毛が生えている。
小さな目がぎょろりと動き、荒い鼻息で地面が震える。
「……でかいな」
正直、ゴブリンとは別物だった。
鈴木が正面から受け止め、俺は必死にヒールを回す。
剣で斬っても、一撃では倒れない。
だが、時間をかければ確実に削れる。
最後は、藤原の光の刃が首元を貫いた。
オークは呻き声を残して消えた。
誰も、喜ばなかった。
ただ「勝てた」という事実だけが残った。
⸻
探索の途中で、それを見つけた。
倒れた机。
床に残る血の跡。
そして、黒紫色の結晶が、いくつも散らばっている。
魔物のものではない。
誰も、はっきりとは言わなかった。
だが、全員が分かっていた。
助けられなかったクラス。結晶を、静かに回収する。
数は、少なくない。
「……これ」
誰かが言いかけて、黙った。
結晶=人の死。
その考えが、確定的な重さを持って、胸にのしかかる。
⸻
その後、他のクラスと遭遇した。
三年生で、人数は十人ほど。
全員、武器を持っている。
向こうにも、製造できる能力者がいるのだろう。
その中に、鈴木のアメフト部の先輩がいた。
「おー、鈴木じゃん」
肩を組んでくる。やけに距離が近い。
馴れ馴れしいが、どこか嫌な感じがした。
「そっちは、人数多くていいな」
視線が、俺たちの装備に向けられる。
探るような目。
情報は、出さない。向こうも、同じだった。
ピリピリした空気が流れる。
「そんな大所帯で、動きづらくね?」
嫌味が投げられる。
藤原が、にこやかに笑った。
「ええ、まあ。今のところ、誰も欠けてませんから」
空気が、一瞬で凍った。
それ以上、言葉は交わされなかった。
互いに、逆方向へ歩き出す。
背中を向けた瞬間、緊張が少しだけ解ける。
だが、安心はできない。
この学校には、魔物だけじゃなく、人間もいる。
そして、人の方がよほど厄介だということを、皆んな理解し始めていた。
廊下の奥で、何かが蠢いた気がした。
探索は、まだ始まったばかりだった。




