10 言い争い
小田を、外に行かせるかどうか。
その話題が出た瞬間、
教室の空気は、はっきりと割れた。
「……俺、行きたくない」
小田の声は小さかったが、
はっきりとした拒否だった。
「当たり前だろ」
鈴木が、間髪入れずに言う。
「行きたくねぇ奴を、無理やり行かせるわけねぇだろ」
その言葉に、何人かが頷いた。
だが、すぐに反対の声も上がる。
「いや、でもさ……」
「皆んなの命が掛かってるんだぞ」
「小田一人が行けば、助かる可能性あるんだろ?」
七、八人ほどが、口々に言う。
「気合いで何とかならねぇの?」
「引きこもりスキルなんて、今が使いどきだろ」
小田の顔が、みるみる青くなる。
「……ふざけんな」
斉藤が、低い声で割って入った。
「お前らさ、
鈴木に守ってもらっといて、よくそんなこと言えるよな」
一瞬、静かになる。
「だいたい文句言ってる奴ら、
職業だけ見りゃ強そうなのばっかじゃねぇか」
「は? それ関係なくね?」
「強いからって、全部背負えって話じゃねぇだろ」
「だったら、弱い奴が行くのが正解だって言いてぇのか?」
声が荒くなる。
感情が、理屈を追い越し始めていた。
その間。
俺は、和田の前にいた。
「…もう一回、焼いてくれ」
「は?」
和田が、心底嫌そうな顔をする。
「軽くでいい。
さっきより、ほんの少しだけで」
「無理無理無理」
それでも、指先に小さな炎が灯る。
それが、俺の腕に触れた。
熱い。痛い。
でもさっきより、ほんのわずかに“慣れた”気がする。
すぐにヒール。
「ヒール」
焼けた皮膚が元に戻る。
痛みも引く。
(……今の)
誤差レベル。
でも、さっきより回復後の違和感が少ない。
「もう一回」
「やらねぇ」
和田が、即答する。
「いやいや、さすがにおかしいだろ」
「お前、自分で言ってて怖くねぇのか?」
「ほんのミリだ。
ほんのミリだけど、耐性上がってる気がする」
「“気がする”で燃やすな!!」
和田は、完全に拒否の姿勢だった。
「これ以上やったら、
俺がトラウマになる」
その様子を、何人かが怪訝そうに見ていた。
「……坂崎、何してんの?」
「実験?」
視線が集まる。
俺は、肩をすくめた。
「やれる事はやっておきたくって」
自分でも、少しズレてるとは思った。
言い争いは、まだ続いている。
「だからさ、現実的に考えろって」
「現実的だからこそ、無理やり行かせるのは違うだろ!」
「感情論だって!」
「人を使い捨てる考えの方がヤバいだろ!」
声が重なり、
誰が何を言っているのか分からなくなる。
そのとき。
パンッ。
乾いた音が、教室に響いた。
青木だった。
「一旦、止めよう」
意外なほど、落ち着いた声。
「今は、小田を行かせるかどうか決める段階じゃない」
全員の視線が、青木に集まる。
「俺たち、まだ何も分かってない。
敵の数も、校舎の構造も、ボスまでの道も」
藤原が、静かに頷いた。
「同意する」
それから、小田を見る。
「俺個人としては、
行った方が合理的だとは思うけど」
小田の肩が、びくっと跳ねる。
「でも、今すぐ決める必要はない
……考えておいてね。」
それだけ言って、藤原は黒板の前に立った。
「状況整理をしよう」
チョークで、名前を書き始める。
クラス全員の名前。
職業。
スキル。
「一人ずつ、
できることを試す」
誰も反対しなかった。
空気が、少しだけ落ち着く。
――そのとき。
「……静かになった隣のクラス、見に行った方がいい」
俺は、手を挙げた。
「危険だ」
「やめとけ」
すぐに止められる。
「ヒールがある。
それに……自分に使った時の効果が、一番高い」
事実だ。
「皆んなが整理してる間に、
様子を見るだけだ」
鈴木が、俺を見る。
「一人でか」
「うん」
少しの沈黙。
「……無茶すんな」
それだけだった。
俺は、頷いて教室を出た。
廊下は、静かだった。
さっきまで聞こえていた音は、もうない。
隣のクラスの前で、足を止める。
ゆっくりと、扉を開ける。
――そこで、
俺は異常な光景を目にする事となる。




