日常の終わり
「勇者様方、この世界を救って下さ―」
その言葉が終わる前に、
ブロンドの美女の首が、宙を舞った。
部活と授業と、くだらない会話で溢れる。
どこにでもある、普通の世界。
そんな日常が、この先も当たり前のように続くのだと僕は疑いもしなかった。
――今、この瞬間までは。
⸻
僕の名前は坂崎雪男。
17歳、高校2年生。私立花池学園高校に通っている。
首都圏にあるごく普通の男子校だ。
スポーツはそこそこ強いらしいが、進学校というほど偏差値が高いわけでもない。かといって不良校でもない。ただ、男子校というだけあって、やかましい奴が多い。
冬の朝。
全校集会の最中、体育館には全校生徒およそ700人が集まっていた。
全員男。
むさくるしいにも程がある。
校長先生が何か話しているが、正直どうでもいい。
寒いし、もう30分は経っている。
前の方からは、
「早く終われー!」というコールまで起こり始めていた。
「それ以上騒ぐなら、ぶっ飛ばすぞテメェら!!」
怒号を飛ばしたのは黒岩鬼太先生。
通称“黒鬼”。
ラグビー部顧問の体育教師で、生活指導担当。
そして、うちのクラスの担任だ。
日に焼けた肌に、岩みたいな筋肉。
この学校で彼に逆らえる生徒は、まずいない。
―はずだった。
それでもコールが止まらないと見るや、先生は騒いでいる生徒を片っ端から殴り倒し始めた。
生徒たちも黙ってやられるわけがなく、必死に抵抗する。
だが、そのすべては先生の筋肉に阻まれる。
剣道部が竹刀を振り、薙刀部が薙刀を振り回し、
ボクシング部がアウトボクシングを仕掛け、
弓道部が遠距離から狙い撃つ。
完全に魔王討伐の図だった。
それでも、30秒ほどで制圧。
体育館には、ようやく静寂が戻る。
そんな混沌の中でも淡々と話を続ける校長先生を見て、男子校じゃなきゃ、こんな光景はまず見られないだろうな、と思った。
……彼女は一向にできないけど。
⸻
「あの人に逆らうとか、勇気あるよな。なあ、雪もそう思うだろ?」
隣で弁当を食べながら呟くのは、鈴木俊仁。
保育園からの付き合いで、いわゆる悪友だ。
アメフト部の主力で、身長は180センチ後半。
筋骨隆々の体つきで、細身の陸上部員である僕とは正反対。正直、少し羨ましい。
「いや、てか今の時代、殴っていいの?」
「静かにしない方が悪いだろ」
「早弁してる奴が正論言うなよ……」
そんな会話をしていると、ようやく集会も終わりに近づいた。
「1時限目、なんだっけ?」
「古典だった気がする」
――その時だった。
体育館の床に、突如として巨大な魔法陣が浮かび上がった。
次の瞬間、
僕の視界は、すべて白い光に包まれた
眩しさが収まり、恐る恐る目を開ける。
そこには、見慣れた体育館の光景があった。
ただ、強烈な目眩のような感覚が襲ってくる。
立ちくらみかと思ったが、周囲を見る限り、僕だけじゃない。
「おいおい、ドッキリか何かか、これ?」
鈴木がキョロキョロと辺りを見回す。
「なんか……魔法陣みたいなの、見えたよな?」
体育館は地下にあるため、外の様子は分からない。
少なくとも、この場所に目立った変化はない。
「うおぉぉ!夢に見た異世界転生だぁぁ!!」
「バカ!異世界転移だろ!」
男子校の人間は、だいたい心にオタクを飼っている。
案の定、あちこちで歓声が上がった。
「ドッキリの線は薄そうだね。ネタばらしのテレビクルーも来ないし、現代日本の技術でこれは無理だ。」
そう冷静に言ったのは、金髪のイケメンだった。
サッカー部のエースで、全国優勝をハットトリックで導いた男。
成績も優秀で、女癖は少し悪いが彼女が途切れたことはない。皆からは敬意(と嫉妬)を込めて“英雄”と呼ばれている。
――藤原・光。
こんな状況でも、やけに落ち着いている。
「とりあえず、皆さん教室に戻ってください!対応は追って、校内スピーカーで連絡します!」
副校長の声に従い、生徒たちはざわつきながら教室へ向かい始めた。
そして、
僕たちはその途中で、本当の異変を目にすることになる。




