足跡を残したくて
今日はほとんど化粧をしない。
小さい目に低い鼻、薄い唇。
生まれたままの私で行こう。
今は薄化粧が流行りだから、それほど浮かないはずよ。むしろ今までの厚化粧の方が浮いていたかも。
つまらない焦茶の髪もシンプルに結い、祖母の形見のモスグリーンのドレスに袖を通す。
今はマーメイドラインが流行りだけど、私の体型には、ひと昔……いえ、ふた昔前のAラインのスカートの方が似合う。
鏡の前でくるりと回ってみれば、やはり自分の体型によく馴染んでいた。
おとぎ話みたいな、魔法の馬車は迎えに来ない。
だけど今日は少し奮発して、乗り合い馬車ではなく、貸し切りの馬車を頼んだの。
時計を見れば、もう馬車の到着五分前。
予定より支度に時間が掛かってしまったらしい。
昔の貴族令嬢みたいに侍女でもいたら、もっとスムーズに、かつ綺麗に仕上がるのかしら……なんて考えながら、鏡をじっと睨む。
……これではさすがに地味すぎるわね。
アクセサリーケースを開け、金色の薔薇を取り出すと、髪のサイドにパチンと留めた。
自分が持っている物の中で、一番華やかな髪飾り。初めてのお給料で買った、最初の夜会で初めて着けた、特別な髪飾り。
こうして私を飾るのは、もう今夜限りかもしれないわね。
近付く車輪の音。
最後の招待状を握り締めると、私は小さなアパートを後にした。
先の大戦で敗戦してから、我が国の貴族制度は崩壊した。貴族も平民も、親が結婚相手を決める昔とは異なり、今は恋愛結婚が主だ。
男女共に自由な恋愛が楽しめる一方、晩婚化や少子化が懸念されている。昔のような社交の場が減ったことも、その大きな一因だった。
そこで国は税金を投じ、若者の出会いの場として、地域ごとに大規模な夜会を催すことにした。男性は18~25歳、女性は23歳まで。年に二回、無料で参加出来る招待状が自宅に届く。もちろん有料であれば、何歳でも参加可能なのだが……男性はともかく、『売れ残り』の視線を浴びてまで参加する女性はほとんどいなかった。
来月で24歳を迎える私にとっては、この招待状が最後になる。そう、私は立派な『売れ残り』だ。
何故売れ残ってしまったのかは、自分が一番よく知っている。地味、愛想がない、会話が続かない。これといった趣味も取り柄もなく、毎日役所で同じ仕事を繰り返すだけの事務員だ。
幼い頃に両親を熱病で亡くし、親戚をたらい回しにされた私は、愛する人と幸せな家庭を持つことを夢見ていた。初めて招待状が届いた時は、嬉しくて胸がときめいたが……すぐに現実の壁にぶち当たったのだ。
化粧を覚え、本で流行や会話術を学び、鏡の前で表情も練習した。だけど、どんなに飾っても、周りに比べれば自分は冴えなかった。実際に男性を目の前にすると上手く話せないし、無理に笑おうとしては顔がひきつるばかり。
毎回疲れてしまって、でも次こそは足跡を残そうとしてまた疲れ……同じ場所で踠いている内に、最後を迎えてしまった。
だから今日は、出来るだけ飾らず、生まれたままの私で行こうと思った。誰かと無理に話さなくても、笑わなくてもいい。そう決めている。
今まではあまり楽しめなかった、会場の装飾や、美味しいお料理や、美しい演奏。そういったものを、自分の中に残したい。不器用な自分の足跡を、最後に素敵な記憶で包んであげたいと。
ところが、こんな日に限ってアクシデントは起こるものだ。急に車輪の調子が悪くなり、これ以上は進めないと、森の真ん中で降ろされてしまう。馬で別の馬車を手配しに行くと御者に言われるが、そんなことをしていたら夜会が始まってしまう。
不幸中の幸いか、今夜の会場は、何度も来たことがある旧伯爵邸。道も分かるし、ここからならヒールで歩いても三十分ほどで着くだろうと、御者の申し出を断った。
夕陽に染まりゆく小道。
立ち止まり朱い空を見上げれば、黄金色の帯の中を、紫の雲がすうっと流れていく。
この美しい空を見せてくれる為に、馬車は壊れたのだ。アクシデントではなく、むしろ幸運だったのだと思えば、痛み始めていた足も軽くなった。
道は合っているはずなのに、ここまで他の馬車にも人にも出会わない。不安になり始めたところで、ようやく立派な屋敷が見えてきた。
窓から漏れる灯りと人の影に、ホッと胸を撫で下ろす。
暗くなる前に着いてよかった……
国境の森にあるこの旧伯爵邸は、大変歴史のある建造物で、現在は国が管理している。
有名な画家が遺した天井画に、巨大なステンドグラス。柱の一本一本には美しい彫刻が施されており、まるで屋敷そのものが美術館のようだ。
招待状がなければ、なかなか足を踏み入れられない場所。今日こそは目に焼き付けておかなければと、まずは夕闇迫る荘厳な外観を、心のフレームに収めた。
開始時間より早く着いたはずなのに。
自分が最後なのか、受付には誰の姿もなく、案内係すら見当たらない。招待状は後で出せばいいかと考えた私は、テーブルから参加者を示す胸飾りを取り、ひとまず広間へ向かった。
コツンコツンと一人きりの足音が響く廊下。徐々に大きく聴こえるワルツに心が逸り、気付けばほとんど小走りになっていた。
広間に辿り着けば、まるで私を待ってくれていたかのようなタイミングで扉が開く。ドアマンもいないのに何故……とか、そんなつまらない疑問は、忽ち高揚感に消えていく。いつもより眩しく輝いて見える中へ、私はすうっと吸い込まれていった。
女神と天使の絵が見下ろす広間。支える柱はどれも頑丈なのに、一つ一つが繊細なアートだ。
一流の楽団によって奏でられる魔法は、ここにいる誰もを、なりたい姿に変える。姫や王子、妖精に騎士。くるくる踊り、回る鮮やかな色彩は、色とりどりの薔薇が光るステンドグラスの窓と、よく調和していた。
壁際にズラリと並べられたテーブルからは、お肉やパイの美味しそうな匂いが漂ってくる。そこに集う人々の間を、トレイ片手にすいすいと泳ぐ給仕は、黒い熱帯魚みたいに優雅だ。
五感を開き、素敵な記憶を刻み付けている内に、私はふと二つの違和感を抱く。
まずは人々の服装。皆、私と同じAラインのスカート……つまりは流行遅れのドレスを着ている。
化粧も濃く、真っ白な白粉に真っ赤な口紅。髪型も貝殻のように高く結ったり膨らませたりと、とにかく派手だ。
……あまり本を見なくなった内に、流行が変わったのかもしれない。近頃は、すぐに移り変わるらしいから。
結局今夜の私は、顔は古臭く、ドレスは新しいという奇妙なスタイルになってしまった。
まあいいわ。顔とドレスが逆になっただけのことよ。
そして花。広間中の花という花が、皆枯れているのだ。他は完璧に整えられている為に、花瓶が置かれた場所が悪目立ちしている。
何かが原因で急に枯れてしまったのかしら。でも、それなら急いで処分するでしょうに。
誰も気付いていないのかしら、係の人はいないのかしらとキョロキョロ見回していると、ふと隅の花台に目が留まった。
柱同様、繊細に彫られたその台には、金細工入りの美しい陶器の花瓶が置かれている。そこに生けられた沢山の薔薇の内、たった一本だけが赤々と咲いているのだ。
誘われるようにそこへ近付けば、ちょうど向こうからも人がやって来た。長身の、自分よりも少し歳上に見える男性。纏う雰囲気からも、二十代半ばといったところだろうか。自分と同じ薔薇の胸飾りを着けていることから、間違いなく参加者だと分かる。
彼のスッキリした細身の礼服は、厚い肩パットを入れたジャケットや、軍服をアレンジしたような奇抜な礼服達の中では、ぽつりと浮いて見える。
きっと彼も流行に乗り遅れてしまったのね、となんとなく親近感が湧いた。
向こうも同じことを思ったのだろうか。
私の薄い顔を見て、少し不思議そうな表情を浮かべるも、「こんばんは」とスマートに微笑んでくれる。私も自然に微笑み、「こんばんは」と返すことが出来た。
花台の前に立った私達の視線は、一本の薔薇へと向かう。
「何故この薔薇だけ……」
「どうして花が……」
同時に口から出た言葉。譲り合った末、彼がその先を続けた。
「何故、この薔薇だけが生きているのでしょうね。他の花はみんな枯れているのに」
「私もそう言おうとしていました。不思議ですよね」
彼は薔薇に手を伸ばし、長い指で優しく花びらに触れる。高い鼻を近付け香りを嗅ぐと、花瓶の中を覗いてこう言った。
「造花ではなく、生きた花ですね。本当に不思議だな」
薔薇を愛でるしっとりした動作と、好奇心が溢れる無邪気な横顔。相反する魅力を醸し出す彼に、ぼんやりと見惚れてしまう。
そんな私に嫌な顔をすることもなく、彼は楽しげに話を続けてくれた。
「私は子供の頃から大の植物好きで。国の研究所で、植物から薬や香料を開発する仕事をしているんです。夢中になるあまり、気付けばもう25になろうとしていまして……良いご縁があればと、最後の招待状を手に、初めて夜会に参加してみたのです」
「私も……その、なかなかご縁がなくて。この夜会が最後なのです」
初めて夜会に参加した彼とは違い、私が『売れ残り』だということは、今のニュアンスから伝わっただろう。だが彼は、私を憐れんだりすることなく、「同じですね」と朗らかに笑ってくれた。
薔薇を使った焼き菓子の話から、彼の子供の頃の話まで。膨らむ話題は楽しく、無理せず笑うことが出来た。
ポツポツと語ってしまった自分のつまらない話にも、丁寧に耳を傾け、興味深そうに聴いてくれる彼……ジル。この五年間で、一番会話らしい会話をしていると感じていた時、視界の隅に白い人影を捉えた。
話を中断しそちらを見れば、水差しを抱いた少女が目の前に立っていた。十代前半頃に見える幼い顔つきの彼女は、新しくも古くもない、シンプルな白いワンピースを纏っている。
目が合うとにこりと微笑み、無言で花瓶を指差した。
あ……
薔薇に水をあげたいのだろうと察し、左右に別れる私達。その間に少女はすっと入り込み、水差しを花瓶へ傾けた。
トクトク、トクトク。
見たこともない虹色の水が、花瓶の中へ吸い込まれていく。
離れた所から「きれい」と呟くだけの私とは違い、ジルは花瓶を覗き込み、前のめりで少女へ問う。
「これは……この水には、特殊な栄養剤が入っているのか? 何故この一本だけ枯れない? いや、むしろ、何故他の花は枯れているんだ?」
すると少女は、にこにこと笑ったまま、ジルの方を見て答えた。
「私の力がもうすぐ尽きるからです。この薔薇が、最後の一本なのですよ」
「……君の力とは?」
ジルの更なる問いにも、少女は笑顔を崩さず、大人びた口調で淡々と答える。
「薔薇を瑞々しく保つ力です。もう何百年、数えきれないほどの生命を見守ってきましたが……ついに私も寿命を迎えるようですね」
全く要領を得ない答えに、私とジルは顔を見合わせる。
薔薇、力、何百年、生命、寿命。
全ての単語がばらけていて、上手く繋がらない。たとえ無理やり繋げたとしても、それらがこの少女とはどうしても結び付かない。
混乱する中、私の口は勝手に開き、頭ではない感覚的な場所から質問をしていた。
「この薔薇が枯れたら、力がなくなったら、貴女はどうなるの?」
「……さあ。それは私にも分かりません。でも今は、とても穏やかで晴れやかな気分です」
本当に晴れやかなその笑顔は、金色の瞳と相まって、初夏の日差しにも見える。
もうこれ以上は……と引こうとしたが、ジルは前のめりの姿勢を崩さず、少女へ突拍子もない質問をした。
「もしかしたら、ここはあの世なのか? 君は人間ではないのか?」
少女の笑顔に、初めて感情らしきものが浮かぶ。
何かを懐かしみ愛おしむような、そんな温かな笑みに変わったのだ。
「確かにここは、貴方からすると『あの世』かもしれませんね。ですが、みんな生きているのですよ。枯れた花も、この薔薇も、あの人達もみんな」
途切れることのないワルツ、オルゴールの人形みたいに回り続ける男女、同じ場所をずっと往復する給仕。
服装や花だけでなく、この光景も充分おかしいのに。違和感を抱かなかったことに、ここで初めて違和感を抱く。
『あの世』……そう言われれば、確かにしっくりくる。ここは何もかもが美しくて、幻想的で、規則的過ぎるから。
思えば、馬車を降りてからずっとふわふわしていた心。朱い空を見上げたあの時に、『この世』から完全に離れてしまったのだろうか。
だけど、ジルだけは、私と同じ場所で生きている気がする。
何故なら、彼は非常に不規則だから。
そうであって欲しいとジルを見上げれば、パチリと視線がぶつかる。
揺れる瞳、震える呼吸。
やはり彼は、私と同じで不規則だ。
「あなた方は、最後の薔薇が招待した最後のお客様です。語るもよし。踊るもよし。どうぞ、ワルツが終わるまで、『あの世』の宴をお楽しみください」
少女はそう言うと、深く礼をし、どこかへ消えて行った。
規則的な世界に、不規則な私達は取り残される。
何も分からないのに、不思議と恐怖はなかった。
半歩右へ、一歩左へ。どちらからともなく、さっきまで少女が居た場所を埋めると、並んで瑞々しい薔薇を見つめる。
しばらくすると、不規則な私の規則正しいお腹が、ヴァイオリンの高音にも負けない悲鳴を上げた。
「あの食事……食べられるのかしら」
私の呟きに、ジルはふっと笑う。
「どうかな。……あの世の食べ物を食べると、この世には戻れなくなると聞きますが」
「……でも、私、食べてみたいです。あんなに美味しそうなんですもの」
「実は、僕もそう思っていました。あの塔みたいなケーキなんか、とびきり美味しそうだ」
「ここがあの世なら、塔の天辺にお行儀悪く噛りついても怒られないかしら」
「大丈夫ですよ、誰にも言いませんから。僕は外壁から噛ります」
唇に人差し指を当て、悪戯っぽく笑うジルに、私も思わず笑みが溢れる。
差し出されたその手をふわりと取り、料理が並ぶテーブルへと駆け出した。
『あの世』の素晴らしい食事を堪能した私達は、オルゴール人形達の間を潜り抜け、広間の中央へ立つ。
ワルツの魔法で、私は美しい踊り子へ。彼は自由な鳥へと変身し、くるくると回る。互いの体温と不規則な鼓動を重ね、くるくるくるくる。
あの世とこの世の狭間に揺蕩っていると、規則的だった楽器は突然、ピアノだけの物悲しい旋律を奏で始めた。
きっとこれが最後のワルツ……そう分かってしまい、胸がキュッと切なくなる。
ステップも無視し、私達はほとんど抱き合う形で、静かに揺れる。
どうか、どうか消えないで。
あの世でも夢でも構わないから。
どうか、貴方だけは消えないで────
「…………ん」
温かいのに冷たい。柔らかいのに固い。
そんな複雑な感覚に目を開ければ、薄暗い空間が広がっていた。
ここはどこだろうと靄がかかった頭で考えていると、私を包む何かが、もぞもぞと不規則に動く。
目が慣れてきてやっと、それがジルだと分かった。
「ジル……ジル!」
「…………クラリス!」
私の名を叫びながら、彼はバッと目を開ける。
髪の毛、頬、肩、手、鼓動。
互いの存在をペタペタと確かめ、横になったままギュウと抱き合う。
やがて落ち着くと、ゆっくりと身体を起こした。
「ここは……」
神殿だ。
朽ち果てた、古い神殿。
割れた窓から射す月明かりが、蜘蛛の巣が張った白い女神像を照らしている。
埃を吸い込んでしまったのか、ゴホゴホと咳き込む私に、彼は「外へ出よう」と肩を抱いてくれた。
壊れた扉から外へ出て、背の高い草を掻き分ければ、旧伯爵邸のシルエットがすぐそこに見える。
明るいワルツのメロディーと、人々の楽しげな話し声。そんな華やかな喧騒が、はっきりと聞こえる距離だ。
────旧伯爵邸裏の朽ちた神殿。
それは、国民のほとんどが知っているであろう、悲劇が起こった場所である。
その昔、伯爵邸の敷地にあったこの神殿は、領民達の為に開放されており、誰でも許可なく自由に祈りを捧げることが出来た。
戦時中は、若い男女が女神像の前で愛を誓い、戦況が悪化すると、恋人や夫の無事を祈る女性達が絶えなかったという。
敵軍が国境を越え伯爵領へ侵入した時、奉仕活動で逃げ遅れた若い女性達は、この神殿に逃げ込んだ。
その内身の危険を悟った彼女達は、戦地の恋人を想いながら、集団で女神の元へと旅立ったのである。
『あなた方は、最後の薔薇が招待した最後のお客様です』
胸に過る少女の言葉。
あの薔薇が何だったのか、何故私達が招待されたのか、やっと繋がった気がする。
我が国には古くから、男性が一輪の薔薇を女性に贈り、愛を誓う風習がある。
戦時中の男性も、意中の女性へ一輪の薔薇を贈っては、愛を支えに戦地に赴いた。
あの蜘蛛の巣が張った女神像は、きっと沢山の薔薇の花と、愛を見守ってきたのだろう。
『あの世』で踊っていた人達は、戦争で引き裂かれてしまった男女。
あの薔薇は、叶わなかった哀しい愛。
そしてあの白い少女は……
「女神像」
低い声にはっと顔を上げれば、揺れる瞳が切なげに私を見下ろしている。多分彼も、私と同じことを考えているのだろう。
そっと寄り添えば、どこか懐かしい互いの温もり。最後の薔薇が再び出逢わせてくれた奇跡に、ほろりと涙がこぼれた。
「……あ!」
あるものを遠目に見た私は、ジルの手を引き走る。
神殿と旧伯爵邸の間の低木に咲く、キラキラ輝く赤いもの。それが何か分かった私達は、息を弾ませながら微笑み合う。
「ありがとう」と、彼が優しく花びらに触れれば、季節外れのそれは、笑いながら枯れていった。
「……さあ、これからどうしますか? 『この世』の夜会にも、まだ充分間に合う時間ですが」
「……いいえ。もう胸もお腹もいっぱいで。でも、まだ貴方と一緒にいたいです」
上手く話そうとか、上手く笑おうとか。何も考えずに溢れる不器用な言葉。
ジルはにこりと笑い、「私も同じです」と受け止めてくれた。
手を繋ぎ、湖畔へ向かう私達の胸元には、『あの世』の薔薇の胸飾りが確かに輝いていた。
◇◇◇
あれから三ヶ月後。
短い交際期間を経て婚約した私達は、再びあの神殿へ向かった。
蜘蛛の巣や埃を丁寧に払い、汚れた女神像を真っ白に磨くと、二人で『あの世』の人達へ祈りを捧げる。
両手いっぱいの薔薇の花束と、甘い焼き菓子を供える私達を、初夏の日差しが優しく撫でた。
ありがとうございました。