M4 私をライブに連れてって
俺は今日、ルナの妹であるカナちゃんに焼肉ランチをごちそうしている。先日、免許証の入った財布を会場まで届けてくれたお礼だ。
俺達の話題はQueen Special Live以降、ルナが俺を必死で探していたということだった。
「カナちゃんは随分当時のことを詳しく知っとるねー」
「お姉ちゃんが、なんとかライブ以降明らかに様子がおかしかったんで何があったか全部聞きました」
「4ヶ月も心配事を抱えとったんだもんな。でもルナは形はどうあれ俺に辿り着いた。居酒屋で一緒に飲んだけどそれは楽しそうだった」
「酔っぱらっててその日のことはハッキリとは覚えてなかったみたいですよ(笑)。ただすごく楽しかったってよく言ってました」
「俺はルナの個人的な問題が解決して良かったと思えた。ミッチーファンなら俺のことより当然ライブに集中すべきだでな」
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2012年7月、ミッチーのツアー5公演がスタート。初日は色々あったがとても楽しかった。
酔ったルナを介抱しようとした結果、帰りの新幹線を逃してしまった。だがそういったアクシデントも含めてライブなのだ。あとで笑い話になればいい。
始発新幹線で帰名したが仕事に30分遅刻、少しイジられる程度で済んだ。
その日の昼休み、後輩の磯村麻衣に話しかけられた。
「今週ご飯でも行かん?」
「オッケー。俺はいつでもいいよ」
「今日でもいい?」
「いいよ。いつものメンツ?」
「あの、良太郎さんと二人じゃいかんかな?」
「いいけど…どうした?」
「昨日ミッチーの動画を見てみてちょっと興味が湧いたの。それだで良太郎さんにミッチーのこと聞きたいなって」
「そうか!それは二人で行かんとな!」
こうして俺は終業後、麻衣と食事に行くこととなった。会社周辺は飲食店がほとんどないので俺の家の近くに移動した。
お好み焼き屋に入店した俺達。ビールとレモンサワーを注文した。
「終電逃すほどミッチーのライブは楽しいの?」
「お、言ってくるねー。楽しいけど新幹線逃したこととは関係ないぞ(笑)。ところで何の動画見たの?」
「ライブのダイジェスト版を2本。あとそれとPVを5本くらい見たよ」
「感想は?」
「ミッチーがでらかわいい!」
「ほやらー!(瀬戸弁・そうだよね!)他には?」
「あと小柄なのにパワフル。スポーツ少女っぽかった」
「ミッチーは高校までバレーボールやっとったらしい」
1分も経たずにドリンクが出てきた。有能。
「今日もお疲れ様。カンパ~イ」
「声優さんのライブ映像って初めて見たんだけど観客の掛け声がすごいなーって」
「あれはコールって言うんだ」
「みんなよう覚わるなー」
「あーあれはね、一から創り上げる訳じゃなくてある程度法則みたいのがあるんだ。だから知らん曲でも一番だけ聴いたら二番でコールできる上級者もおる。何回かライブ行けば分かるようになる」
「あと静かな曲と盛り上がる曲のギャップがすごかった」
「そこはメリハリなんだわ。めっちゃコールする曲もあればじっくり聴く曲もある」
「ミッチーって歳いくつなの?ネットで調べたけど分からんかった」
麻衣は興味津々な感じ。これは俺も喋りがいがある。
「声優活動始めた時大学生だったってラジオで言っとったから、31~34歳の間。」
「じゃあもうけっこう長いんだ。だいぶ若そうに見えたもんで」
「そうだなー、俺ももう13年間応援しとるもんな」
「良太郎さんはミッチー一筋なの?」
「基本はそうだね。10年以上前にミッチーが二人組のユニットをやっとったんだけど、その相方だったしーちゃんのライブは時々行くかな」
「声優さんのファンってあちこち行ったりはしんの?」
「そんなことないよ。人によるけどあちこち現場行く人は行きまくる」
「じゃあ良太郎さんは一途なんだね」
「まあ…そうなるかな。俺って物でも人でも一度好きになったらずっと愛し続ける性格なんだわ」
「ミッチーと結婚したいと思ったことはある?」
「まー、昔はね。ファンになって2年間くらいはそういう感情もあった。今はもうわきまえとるよ。ガチ恋勢じゃない」
「良太郎さんのオススメ曲を教えて」
「えっとねー。あり過ぎて紹介しきれんけど…とりあえず『君の未来、僕の希望』。通称はキミボク。これはファーストアルバムの曲。俺はミッチー曲で一番好き。昨日のライブで1曲目にこれきて俺はぶっ壊れたわ。かわいいながらも力強いミッチーの声の良さが出とるんだ。それからファーストシングルの『気まぐれな女神』。ライブの定番曲で最近はアンコールパートで歌われることが多い。アップテンポでノリやすい曲」
昨日、ライブがあったばかりなので酔いが回る前から饒舌な俺。
「あと『Together Forever』。これもファーストアルバムなんだけど、めっちゃいい曲なのになかなかライブで歌われんくてさ。昨日久々に聴いて感動した。ミドルバラードでじっくり聴く曲」
「今、紹介してもらった曲は動画上がっとる?」
「んー、あるのとないのがある」
「CD貸してほしいな」
「もちろんいいよ。自分の耳で確かめてね。あ、俺ん家すぐそこだで食べ終わったら取りにくる?」
「いいの?行く行く!あと質問なんだけど名古屋でミッチーのライブってやる?」
「今、ツアーの真っ最中で名古屋公演は1週間後にある」
「場所は?」
「市民会館」
「まだチケット買える?私も行ってみたい」
「うーん、どうだろう…。確か完売だったけど当日券あるかな…」
「1週間でしっかり勉強しとくわ」
なんでもう行ける前提なんだよ。
「当日券あるか分からんよ」
「残念だけどその時はその時で」
そしてお好み焼き屋を出た俺達はアパートに向かった。5分ほどで到着。
「駅から近いが。家賃高いんじゃない?」
「3万5千円」
「やっす(笑)」
大学生が多く住むこの街は名古屋でも家賃が異常に安い。アパートはほとんどが3万円台で、趣味以外に金を使いたくない俺には最適だ。
「せっかくだから上がって」
「お邪魔しまーす。わっ、ポスターすごいっ。ミッチーがいっぱい。こんなにポスター買ったんだ?」
「これはね、CDとかDVDの予約特典。勝手に溜まってくんだ。貼りきれずに保管してある分もある」
「これは?」
麻衣はタペストリーを指差した。
「あーこれは『ベストバッテリー』のメインヒロイン加納球希のタペストリー。声優はミッチーだよ」
「これは?」
「これはライブで上から降ってきた特効のテープ」
「これはライブで買ったTシャツ?」
「その通り。Tシャツとタオルもどんどん溜まっていく。ちょっとそこに座って待っといて」
俺はCDラックから聴いてほしいアルバムを2枚ピックアップした。
「こういう部屋って初めて見たわ。いかにも趣味に没頭しとるって感じで、なんかいいな」
「そう?オタは物が多くて大変だよ。思い出の品は絶対捨てれんし」
「この部屋って女の人入ったことある?」
「は?いやないよ。」
「てことは私が初めてなんだ」
何が言いたいんだ。さっきからやけに距離が近い。座っといてって言ったのに。
「どうしたの、酔っぱらった?CD借りたら帰るんでしょ」
「んー?私を帰していいのー?」
だからなんで俺の腕をつかむ?これは…どうすればいいんだ?ウチで休んでってもらうか?いや今はそっちの方がヤバそうだ。
「麻衣ちゃん、ちょっと変だよ。今日はもう帰りゃーよ。それとも家まで送ってこうか?」
「じゃあ今日はこの辺にしといたげる。大丈夫、一人で帰るわ」
「駅まで送ってくよ」
「そんなに酔っとらんでええてー。良太郎さん、今日はありがとう」
帰ってくれた。今日の麻衣はおかしかったな。あんなの初めて見たぞ。今後どう接すればいいんだ。いや意外と明日になったら忘れとるかも。その方が俺としてはありがたいかな。
翌日出勤すると麻衣は何事もなかったような振る舞いだった。なので俺も普通に接した。うん、これでいい。
俺は名古屋公演の座席のことを考えた。仮に当日券が出ても連番で取れるかは分からない。連番で取れなかった場合、ビギナーの麻衣をさすがに一人にはできない。ではどうするか。
元々確保してあった席で俺と麻衣が見る。そして村人に土下座して当日券の席に移ってもらう。申し訳ないがこれしかあるまい。
ミッチーのオフィシャルサイトを毎日チェックしていると、公演の2日前に当日券が出ることが分かった。数が少ないようなので午前中に行った方が良さそうだ。
ライブ当日。楽しみではあるが、名古屋開催なので慌ただしさはない。
11時。金山駅から5分ほど歩いた俺は、名前が変わったばかりの日本特殊陶業市民会館に到着した。
キャパは2200人。下から見上げると階段の上に20人くらいの人がいた。物販列か、ずいぶん少ないな。ガチ勢はもう東京で買ってあるということか。当日券販売は物販開始と同時だろうか。当日券狙いはほとんどいないようでそれらしき人は見当たらない。
とにかく暑いのでコンビニのイートインでコーヒーをできるだけゆっくり飲む。一口を少なく。そして会場へ戻り、僅かな日陰でケータイをいじっていると予定の13時より少しだけ早く物販が始まった。そしてその10分後に当日券販売も始まった。スタッフに聞いたところ、連番で購入可能だったのですぐに買った。ただし4階席なのでステージは遥かに遠い。村人を1階から4階に飛ばすのはさすがに可哀想なのでこれで良かったと思うことにした。連番で取れたので村人にその旨を伝えた。ついでに名古屋会場限定のTシャツも買った。
麻衣に当日券買えたよとメールするとすぐ向かいますと返事が来た。そして40分後に指定した喫茶店に到着した。
「お疲れ様ー。暑い中ありがとう!」
「うん。でらステージ遠いもんでそこは覚悟しといて」
初ライブということで持ち物や服装のアドバイスをしたのだが、麻衣はすべて守ってきた。
カバンは小さめ。髪は束ねる。アクセサリーは着けない。靴はスニーカーにする。
スカートは避けるように言ったがショーパンか…まぁ暑いししゃーないか。
麻衣に頼まれていたTシャツとペンライトを渡した。
「Tシャツ青なんだー」
「そう。名古屋は青。東京はオレンジだった。Tシャツだけは会場によって色が違う」
「全色買うつもり?」
「いや、さすがに。俺は東京と名古屋だけでいいわ」
「私ペンライトって初めて見たな」
「そうなの?ちょっと開けてみて」
開封させて操作方法を教える。
「これを長押しで電源オン。この左右のボタンで色が切り替わる」
「へー。ペンライトって1色じゃないんだ」
「前は1色だったけど最近は色切り替えできるのが主流になりつつある。あとこれも渡しとくわ。ミラクルオレンジ。通称MO。」
「MO?これはどう使うの?」
「使い捨てで5分間くらい超強力に発光する。5分間つまり1曲分ね。主に激しい曲で使って気持ちの昂りを表現するんだ。ライブ動画見たんなら客席でめっちゃオレンジに光るの見た覚えない?」
「確かあったような。例えばどの曲で使うの?」
「今回のセトリだと『キミボク』と『気まぐれな女神』が定番だな。真ん中をへし折るくらいの気持ちで両手で力入れて折るの。あとくれぐれも静かな曲で折っちゃかんよ。空気読めん奴になるから」
「オッケー」
あとはコールをどの程度教えるかだな。正直、初心者に全部教えるのは無理だ。
「曲のコールが色々あるんだけど、簡単なのだけ教えるね。まず1曲目のキミボクのAメロの『もう行かな~いと~』の後に『おーーーミッチー!』ってのが入る。2番も同じ。名前を叫ぶ系のコールはいかにも応援しとる感があって俺は好き。あとアンコールパートの気まぐれな女神も似たような感じでAメロでミッチーコールがある」
「なるほど。それは大事なんですね」
「そうだね。あと、割と色んな曲でやるんだけどPPPH。これはどういうことかと言うとBメロ部分でぱん・ぱぱんのリズムでクラップした後にジャンプする。で、跳ぶと同時にハイとかオイとか…オイの人が多いな。オイって言いながら跳ぶ。簡単だし一回見れば多分覚えれるよ」
「ふんふん」
「他にもあるけどあんまり一気に詰め込んでもね。大体は見よう見まねで何とかなると思う」
「コール以外で注意することはある?」
「そうだなぁ。ペンライトは今日買ったばっかりだで電池切れはないし。ライブ中に他のお客さんとぶつかるかもしれんけどそれはお互い様だで多少は我慢してね。あんまり何回もやられたらその時は俺に言って。あとコンビニで水かお茶は買った方がいい」
開場10分前に俺達は店を出て市民会館へ向かった。
入場前に村人に会って今日は一人にしてすまんと謝った。すると俺も前回居酒屋入ってすぐ帰っただろ、だから気にするなとのことだった。
また、知り合いのミッチーファンを発見したので挨拶に行った。
「まっつんさ~ん、おはようございます」
「お、リョウ君。一年振りだよね」
「そうですね。まっつんさんは全通ですか?」
「いやそれがさ~、福岡と札幌の日どうしても仕事休めなくて」
「大変ですね。僕は土日休みなんでその心配はないんです」
「ところでリョウ君は今日は彼女連れか。かわいいね」
「いや違うんです。会社の後輩が興味あるって言うんで」
「ふ~ん、どっちでもいいけどね(笑)。じゃあ俺戻らなきゃいけないから」
「はい。お疲れ様です」
まっつんさんは法被の仲間達の元へ戻っていった。
「今の人は付き合い長いの?」
「まっつんさんとは6年くらい前にライブ後のオフ会で知り合った」
「あの方と同じ法被の人たくさんおるねー。道一筋って書いてある…」
「そういう名前の応援団らしいよ。道とミッチーをかけとるんだ」
「あ、そうか。なるほど」
入場列に並んですぐ、俺から30人くらい前の位置に杉並ルナを発見した。俺は声をかけようか迷ったが思いとどまった。ルナは自分のことを他のファンに知られることを恐れている。俺が少し離れたところからルナを呼んだら周りの人達に注目されてしまうと思った。
しかし列が折り返しているのでルナと目が合った。ルナはあっ、という表情を見せた。俺は目で挨拶したつもりだった。ルナはなぜか目を逸らした。難しい表情をしているように見えた。前回居酒屋で喋って打ち解けたように感じたのだが…まだ何か心配事があるのだろうか。
俺達は入場して4階へ向かった。外が35℃だったのでホール内はとても快適に思えた。
「ここ、でら高いが」
「双眼鏡持ってくる人もおるよ」
本来は1階18列目だったけど。その席は今日、村人の荷物置き場になっている。
あと4階は準備運動をするスペースがないので割愛せざるを得なかった。
「ペンライトとMOはポケットに入れてすぐ使えるように。お茶は足元に置いとくといいよ」
17時、予定通りに開演した。今回はキミボクが1曲目と分かっているので心の準備もできていた。
MOを折る俺。麻衣はうまく折れなかったので代わりに折ってあげた。
「♪もう行かな~いと~」「おーーーミッチー!」
麻衣は自信なさげだが一応言っていた。
「♪望みはなんだろう~」「はーいはーいはいはいはいはい!」
警報(はーいはーいはいはいはいはい!)はPPPHに入る直前の合図のようなものであり声優ライブでは非常によく見られる。そしてサビが終わって2番。
「♪僕ができる~こと~」「おーーーミッチー!」
麻衣は1番よりもハッキリ言っていた。いいぞ。さらにPPPHもできていた。初めてにしては上出来だ。
というか1番を聴いて2番で即実践できるのは有能と言っていい。
俺は2番の間奏明けで新たにMOを折る、通称追い焚きをした。これには麻衣は驚いたようだった。
キミボクを歌い終えMC。名古屋の観客へ挨拶をするミッチー。初めて見るミッチーが麻衣の目にはどう映っているだろうか。俺が初めてミッチーを見た時はどうだったかな。そんなことを考えた。
2曲目からはおとなしい曲なので特にやることはない。俺は遥か遠くのミッチーを見つつ、隣にいる麻衣のことも気にかけていた。麻衣は周りに合わせてペンライトを振っている。静かな曲は完全に何もしないのもアリだ。
基本的に同じセトリでライブは進んでいく。君と過ごした夏は盛り上がる曲なので大騒ぎした。麻衣も周りに合わせてジャンプしていた。上の階の座席はステージは遠いが客席を見渡せるのでこの曲ではこうする、というのが1階席を見れば分かる。初心者にはメリットだろう。
また、8曲目が13.11からまだ怒ってる?に差し変わっていた。これはミドルバラードの穏やかな曲。13.11以外に変更はなかった。
3、4曲歌ってはMC、これを繰り返しアンコールパートまであと2曲のところまで来た。衣装替えをしたミッチーのMCがあった。
「名古屋公演も残り僅かとなりました。ここでいくつか質問をしていきたいと思います。今日はどちらからいらっしゃいましたか?名古屋が地元だよって方~」
ペンライトで挙手する俺達。演者とこういったやり取りができるのもライブの楽しみの一つである。
「皆さんの名古屋での一番オススメの食事は何ですか?いくつか言うので手を挙げて教えてください。味噌カツ~!あ、けっこういますね。じゃあ味噌煮込みうどん!あとは…きしめん!それから、ひつまぶし~!これも多いですね。味噌カツ派が一番多かったような気がしました。実は私の今日のお昼は味噌カツ弁当でした!甘みのある味噌がとってもおいしかったです。それから今日のライブ後はひつまぶしのお店を予約してあります。これも楽しみです!」
少し長めのMCの後、ミドルバラードのTogether Foreverを歌った。間奏で会場はみんなの温かいクラップに包まれた。
アンコール前ラストは人気曲の涙は似合わない。これはファーストライブ以降毎回歌われている。
「♪ホントは~」麻衣「はーいはーい(あれ…?)」
「♪つ~ら~い~よね~」観客「はーいはーいはいはいはいはい!」
あっ、やってしまった。この曲はAメロの尺が変則的で警報を入れるタイミングが少し遅い。これは教えてなかった俺が悪い。初心者あるあるだがコールを間違えるとかなり恥ずかしい。
歌の途中で喋るのはあまり良くないが1番が終わったところで小声で伝えた。
「この曲は警報入れるタイミングがちょっと遅いから」
今さらだよな。本当にすまん。2番では修正できていた。
ここから少しインターバルがある。
「麻衣ちゃん、トイレ大丈夫?5分くらい時間あるよ」
「私は大丈夫」
「疲れた?」
「ちょっと疲れたけど、楽しさの方が勝っとるわ」
「そりゃ良かった。アンコール明けは2曲あるから」
5分後、再びステージにミッチーが戻ってきた。
「あーっ、ミッチーが私達と同じTシャツ着とる!」
「嬉しいでしょう。これがあるでライブTは買わなかんのだわ。買っとらんと疎外感を感じるまである(笑)」
ミッチーはアンコールありがとうからのいつもの全公演終わるまでネタバレ禁止だよ、を言ってから気まぐれな女神を歌った。ライブ開始から2時間以上経過している。MOを折り、最後の力を振り絞って跳ぶ俺。麻衣は自分でMOを折れるようになっていた。少しライブに慣れてきたか。
ラストはこの気持ちいつまでも。跳び曲連続じゃないのは体力的に助かる。ミッチーの歌を聴ける喜びをじっくりと嚙みしめられるような曲だ。盛大な拍手に包まれライブが終了。
あー終わった。今日もミッチーは最高だったな。ステージは遠かったが今日は麻衣にライブに慣れてもらうことが主目的だったし俺はまだあと3公演ある。そして今日は名古屋なので時間に余裕がある。俺達は歩いてすぐの居酒屋に入った。
「ライブどうだった?」
「楽しかった!予習していったおかげで曲もそこそこ分かったし」
「そうか!それは俺も嬉しいわ!」
楽しかったの一言で、本来の席を捨ててまで遠い席で麻衣と一緒にライブを見た価値があった。そう思わせてくれた。
「やっぱりコールとか難しかった?」
「キミボクは教わった通りにできたかな。あとはなんとなく周りの人たちについていった感じで」
「上の方の席だとホール全体が見えるでついていきやすいよね。それから?」
「涙は似合わないの時、私間違えましたよね?」
「俺が教えんかったのが悪いんだわ。ごめん。Aメロがちょっとだけ長いでしょ。だから警報入れるタイミングも少し後ろにズレるんだ」
「警報ってはーいはーいってヤツですよね」
「うん。あんまりないけどたまに変則的なのがあるんだ。麻衣ちゃんは初心者だししゃあないよ」
「今日歌った曲は東京と同じだったの?」
「あーそれね、1曲だけ違った。確か…8曲目のまだ怒ってる?が東京では13.11だった。ツアーはね、全公演行く人もおるから変化をつけるために1曲か2曲差し替えるのが一般的なんだ」
20時頃入店したが気付くともう22時だった。ライブ直後はどうしても話に夢中になりやすい。
「麻衣ちゃん、明日仕事だしそろそろ帰る?」
「そうねー。帰るかな」
俺達は同じ電車で帰路についた。
「次は塩釜口、塩釜口」
疲れて電車内では無言だった俺達だが、麻衣が口を開いた。
「今日は楽しかった、ありがとう!また良太郎さんの家行ってもいい?今度はライブDVD見ながら色々教えてほしいな」
「もちろんいいよ。こちらこそありがとう。楽しかったね」
電車を降り麻衣と別れた俺は歩きながら杉並ルナのことを思い出していた。今日会った時、ルナは確かに曇った表情をしていた。なぜ?
前回、俺を探すために疲弊していたのは聞いた。だがそれはもう解決したではないか。まだ何か悩みがあるのか。他人事かもしれないが個人的にそれが気がかりだった。
早く悩みを解消して、次回もし会えたらライブを100%楽しんでいるルナが見たい。そう思った。
─第5話へ続く─