忘れられない幸せな結婚がしたかった
終わった。ついに終わった。
長年彼女を虐げてきた家族。裏では貴族としての立場を利用して様々な犯罪に手を染めていて巧妙に手口を隠していたがようやく糾明する事が出来た。
長年彼女を蔑ろにしてきたのに束縛してきた婚約者とその家族に血縁者なども同様に犯罪に手を染めていた為その罪に相応しい断罪を与える為に全員拘束をし牢に閉じ込めた。
虐げられてきた過去への決着をつけた彼女は隣にいる彼を見る。彼は王太子であり1人だった彼女を見つけ、支え、愛した。
様々な妨害を乗り越え、愛を深め、結婚を誓い合った2人の間にもう障害も無く彼と彼女の周囲は2人の結婚を心から祝うつもりだ。
2人の結婚式は盛大に行われる事になり、まずは城内で結婚式を挙げた後に街でパレードを行う事になった。
一生に一度の晴れ舞台。
皆この日を無事に迎えられるよう入念に準備をした。
その準備の1つとして2人の結婚を記念して硬貨が作られた。出来上がった彼女と彼が向き合うデザインの記念硬貨を見た彼女は恥ずかしそうにしながらも少し嬉しそうにしていた。
そして迎えた2人の結婚式の日。
花嫁衣装を身につけてその場にふさわしく着飾った彼女に見惚れ惚れ直した彼。
式は滞りなく進み、ついに2人は皆に見守られながら愛を誓い合った。見守っていた人達の半分が2人を祝福した。
祝福をしなかった残りの半分の人達は隙をついて招待されなかった者達を招き入れいた。
結果、城内で暴動が起きた。
城内で火がつけられ燃え広がる。逃げようとした人達を侵入してきた者達が見つけ次第手にかけていった。
瞬く間に広がる暴力の前に彼女は彼に手を引かれて逃げる事しか出来なかった。しかし城から出ようとしてもすでに封鎖されている為逃げられない。他に味方もいない。それでも2人は逃げようとしたが、燃え広がった炎のせいで逃げ道が塞がれた為とうとう捕まってしまった。まだ燃えていない場所に引きずられそのまま床に倒された。
「こんにちは。やっと会えましたね。」
縄で乱暴に縛られて地面に転がされている彼女に声をかけたのは1人の青年だった。周りの人達の様子を見て青年が首謀者だと思った彼は交渉をしようと喋ろうとしたが、その前に暴力で黙らせられた。
「お前に用はない。」
彼の心配をする彼女に向かって青年は冷たい視線を向ける。
「綺麗なドレスですね。」
青年は逃げ回ったせいで煤や埃まみれになった純白だった婚礼用のドレスを見て苦々しい表情になる。
「そこまで豪華とはいきませんけど俺の姉も素敵なドレスを着る予定だったんですよ。」
そこまで言って青年は彼女に向かって睨みつける。
「なのにお前らのせいで全部台無しだ。」
どういう事だと彼女が言うと青年は睨みつけたまま話しだした。
「俺の姉には婚約者がいたんですよ。あんなクソな家に生まれたとは思えないくらいすっごくいい人でして。姉とは政略とは思えないくらい仲が良くなったんです。俺もあの人の事は本当の兄のように思っていました。」
本当に大切な存在だったのか話をしている間の青年の表情がほんの少し和らいでいた。
「だから家族で話し合ったんです。義兄さんをあんな家から解放する為に絶縁させて婿に迎え入れようって。」
そこまで言って青年は拳を握りしめて再び彼女と彼を睨みつける。
「あと少しだったのに! なのにお前らが! あのクソ家の血縁者だからって理由で義兄さんを牢屋に入れた! それだけじゃなく拷問まで。義兄さんは体が弱かったのに! ろくな治療もせず、そのせいで義兄さんが死んだ!」
必死で抑えていた憎悪を声に出して彼女と彼にぶつけていく。2人が青年の憎しみと形相に恐怖を感じているのを青年は気にも留めない。
「姉さんも死んだ! 義兄さんの後を追って。自殺だよ自殺! 分かるか意味?! お前らのせいで俺の家族が死んだ!」
涙を流して歯止めの効かない憎しみの感情を2人にぶつけていく。
「なのにお前らは幸せになろうとしてる。結婚してこの国を守って発展させて子供を産んで最後はみんなに囲まれて見守られて息を引き取るつもりか? ふざけるなそうはさせないぞ。」
近くにいた暴動を起こしたうちの1人から火のついたたいまつを受け取るとそれを彼女に近づける。
火をつけるつもりだと分かった彼女は必死に辞めるよう説得する。自分達が死ねばこの国は崩壊するという事実をはっきりと伝えた。
「そりゃあそうでしょ。分かっててやってるんだよこっちは。お前達の幸せを徹底的に壊してやる。」
それを分かった上で青年はたいまつを握る力を強くする。
「滅びろ! そして忘れさせてやる! 何もかも燃やして燃やして燃やして! 痕跡1つ残してやるものか!」
周りにいる暴徒達は何も言わない。虚な目で呆然と立っていた。
それを見て彼女は気がついた。
暴徒達が全員正気ではない。いくら憎しみに囚われているとはいえこれは異常だと気がついた。
青年がこの短期間で城を制圧出来るほどの人員を確保できるとはとても思えない。その上暴徒達が破滅しかない反乱に参加する理由が無い。
「だから死ね。消えろ。」
しかしそれが何なのか考える前に青年はたいまつを彼女のドレスに向かって投げた。
ドレスはよく燃えた。
◆◇◆◇◆
数百年後。
たまたまあるものが発掘された。男女が向き合うデザインのものである事がかろうじて分かる焦げた硬貨だった。
歴史を調べる専門家が硬貨を調べるが、どこの国のものでどの時代に作られたのかは一切分からなかった。過去の文献を調べても手がかりすら見つからない。
何も分からないままその硬貨は保管され、再び人々から忘れられていった。