うるせえ! 俺が聖女だ! どけどけぇ!
男だけど聖女召喚された。
極めて簡単かつ明瞭な状況説明である。
終わり。
別に説明をサボった訳ではない。
ちょっと思考が現実に追いついていないだけだ。あと受け入れ難いだけだ。
許してくれよ。目が覚めたらひらひらの淑やかなワンピースを着せられて真っ白い部屋にいたら、みんなそうなるだろ。
受け入れ難いだろ。
パンツも履いてねえし。
受け入れ難いだろ。
俺は歓喜の声を上げるふわふわのモコモコ達を前に、自分に与えられた苦難を噛み締めていた。
この両手で抱えられるサイズの真っ白なモコモコ達は、どうやら神獣というやつで、聖なる魂を持つ者がいないと存在を維持できないらしい。
そしてこのモコモコ達が居なくなってしまうとその土地は神性を失い、瘴気に呑まれ沢山の人が苦しんでしまうらしい。
故に各国がそれぞれに聖なる魂を持つ存在──聖女を選定し、モコモコ達に魂を与えているのだそうだ。
モコモコが大変可愛いのでなんだか軽く考えそうになるが、聞き出した話をまとめるに、物凄く簡単に言うと、聖女というのは神獣達の食糧のことを指す。
別に物理的に食す訳ではなく、魂の話ではあるが、結局食い尽くされれば死に至るのだから同じことである。
ただ、複数人で分担して少量ずつ与えることで、一般的な寿命は全うできるらしい。
故に通常、各国は十数人単位の『聖女』を用意するし、常に新しい聖女を補充している。分担すればするほど安全かつ長く平穏が守れるのだから、当然の話だ。
ただ、この国の場合は少し事情が違った。
この国では長いこと王族が悪虐な振る舞いを続けており、土地の神聖が弱っている為に聖なる魂を持つもの自体が生まれにくいそうだ。
そのせいで神獣も力をなくし、力をなくしたことでまた聖なる者が生まれにくくなり、という悪循環に陥ってしまったらしい。
更には他国から攫ってきたりもしているせいで、隣国との諍いも絶えず、民は苦しみ、土地もさらに穢れていっているのだとか。
現在、この国を支える聖女はイリエラという女性一人だ。今、俺の目の前にいる彼女がそうだ。
年は二十だそうだが、痩せこけて衰弱した彼女はまさに今にも息絶えてしまいそうだった。
モコモコ達はこの国の聖女イリエラを憐れみ、一生(神獣にも一生とかあんのか)に一度使えるかどうかという奇跡を使って、異界より代わりとなる屈強な魂を持つ存在──つまりは俺を呼び出した。
別に聖なる魂さえ持っていれば性別は関係ないらしい。この世界では女性が見つかることが多い、と言うだけで。
聖女イリエラは突然現れた俺に呆然としていたが、もはや驚く気力すらないほどに衰弱していた。
あるいは、同じ聖なる魂を持つ存在だとでも見抜いて、神獣の思惑を静かに察したのかもしれない。
古びた寝台に横たわっていたイリエラは、弱々しい仕草で降りてくると、掠れた声で呟いた。
「もうしわけ、ありません。私の力が、及ばず、ごめいわくを……」
そこまで言って、強く咳き込んでしまう。
喋らせるのも申し訳なくなったので、俺は神獣から話は聞いたからいいよ、とだけ伝えた。
何も心配しないで寝てるだけでいいからね、と言うと、イリエラは何故か泣き出してしまった。
こんな風に誰かに優しくされたのは久しぶりなんだそうだ。
普段どんな扱いを受けてんだろう、と心配になったところで、部屋にある扉が勢いよく開いた。
ちなみにこの扉、内側には取っ手がない。
「今の光はなんだ!! イリエラよ、まさか神獣様に無礼を、なっ、なんだ貴様は──!?」
ばたばたと喧しく駆けてきた男たちが、なんとも偉そうな態度で入ってくる。
なんでか知らんが片手に鞭を持っている。なんでか知らんが。どうやらマジで最悪な国のようである。
恐怖からか、聖女イリエラは寝台の上で丸まって震え始めてしまった。俺はそんな彼女を隠すように立つと、大きく息を吸い、気合いを入れた。
「どうも!!!! こんにちは!!!! 聖女です!!!!」
クソデカボイスで主張しておけば聖女になれる。
そういうもんである。
声だ。声で押せ。
デカい声出しときゃ何とかなる。
実際、俺をひっ捕らえようとしていた神官たちは、腹の底から吐き出された堂々とした自己紹介にビビっているようだった。
「こ、この変質者めっ、一体どこから、」
「聖女です!!!!! 神の地より召喚されました!!!!! よろしくおねがいします!!!!」
「何を戯言を、」
「よろしく!!!! おねがい!!!! しまぁす!!!! 聖女!!!です!!!!」
「え、衛兵、こやつを捕らえ────」
「見よ!!!!!!!!! 聖女パワーーーーッッッ!!!!!」
「ぐおぉっっ、眩しいッッッ」
残念ながら声のデカさが足りずにちょっとどうにもならなかったので、丹田の辺りにとても力を込めたら、光ることが出来た。よかった。光らなかったらどうしようかと思った。
俺は閃光弾の如く全身を光らせ、神官たちを黙らせた。気絶させたとも言う。
バタバタと倒れた男たちを部屋の外へと運び、俺はそそくさと寝台の側まで戻った。
力の抜けた様子で呆然としている聖女イリエラに、とりあえずパン粥を差し出す。
「え、あの、これは……」
「大丈夫、このお皿綺麗なやつだから」
「いえ、そうではなく……」
「とりあえず、食べてゆっくり落ち着こう。ご飯もまともにもらってないんだろ?」
イリエラは何度も俺とお皿を見比べてから、おずおずと手を伸ばした。
数秒前までクソほどでっかい声で叫んでたやつが淡々と喋り出したから怖かったのかもしれない。
イリエラの部屋には古びた寝台以外は碌なものがなかった。少なくとも年頃の女の子が楽しめるようなものはひとつもない。
これじゃあ聖女ってよりか囚人じゃないか。
「おいしい……」
「お。それはよかった。あったかいお茶もあるからね、飲んでね」
「え、あ、はい。あの、これは」
「ほうじ茶って言うんだよ。美味しいよ」
「そ、そうなんですね……」
「湯呑みも綺麗だから、安心してくれ」
イリエラはなんだかとても困ったような顔で、それでも湯呑みを大事そうに受け取ってくれた。
口をつけるか否か迷っている。見慣れないものだから怖いのかな? 俺が先に飲んで見せた方がいいか?
などと迷っていたが、イリエラはどうやら猫舌なだけのようだった。
それなりに冷ました後に一口飲んで気に入ったようで、随分と表情が明るくなった。
飲みながらまたぽろぽろと泣き出したのでハンカチでも差し出したかったが、あいにくと持ち合わせがなかった。そもそもこの場合、用意するならパンツが先だ。パンツ履きたい。ない。悲しい。
悲しみに打ちひしがれていると、新たな輩が踏み込んできた。
「なっ、なんだこの有り様は!! 貴様何者だッ!!」
「どうもこんにちは!!!!!! 聖女です!!!!!!! 神の地から召喚されました!!!! よろしくおねがいします!!!!!」
クソデカボイスで威嚇し、俺は弩級の光を放ちながら、やってきた衛兵だかなんだかを倒した。
このままだと延々とこれを繰り返すことになってしまう。
うーん。困った。
どうしたものか。
アニメが見たいので早く帰りたいんだが。
俺は少し迷ってから、イリエラに向き直った。
お、顔色が良くなっている。よかったよかった。
「イリエラさんって、別に他の国でも聖女としてやっていけたりする?」
「そう、ですね、ええと、……多分、魂さえ、保てば大丈夫かと」
「そっか。じゃあもうこの国無くなっていいね」
「え? あの、それはどういう……」
「ごめんねイリエラさん、俺ちょっと深夜までには帰らないといけなくて、配信あるから」
「背信……?」
「そっちじゃなくて。いやそっちかもしんないけど」
まあいいや。
説明したところで理解してもらえるとも思えないし、何を言われようと実行することには変わりない。
神獣くんたちの許可なら貰っているし。
さて。
自己紹介時に説明した通り、俺は神の地より召喚されし聖女である。
俺の名はレウン・ラル・ゲルベネス・ルーヴン・パルチョナス。何処かの世界で食事を司っている男神である。
趣味は地球の異世界転生ものを読むことだ。よろしくな。転移も好きだぜ。よろしくな。
まあ神と言ってもさほど出来ることはない。別の世界の理に手を出しすぎても問題があるし、俺はこの世界では『聖女』として認定されている。
つまりは、飯を出す以外は聖女に出来る程度のことしか出来ない訳だ。
「行くぜ神獣!!!!!! 聖女パワーだ!!!!!!」
モコモコ達に俺の寿命を三百年分ほどぶん投げ、モリモリに食わした後に無数の群れとなって城内を駆け巡った。
このモコモコの神獣たちは、土地に力を与え、世界を支えるだけの存在である。
持ち合わせた性質のためか、攻撃力には乏しい。だが、彼らには確かに質量が存在した。ちなみにそれなりに重たい。
つまりは、その存在でもって全てを押し潰すことは可能、ということだ。
俺は駆けた。モコモコの群れの先頭を意気揚々と、雄々しく走った。
モコモコ達はかつてない力を得て、あらゆるものを薙ぎ倒した。
王様も護衛もなんかすごい騎士団もよくわかんねえ悍ましい感じの実験動物も、全て物量で押し流した。
なんなら城もぶっ壊した。全部押し流した。
もちろん、イリエラはモコモコ達がふわふわに包んで脱出させている。
全部を瓦礫の山にする頃には、日が暮れてしまった。
空の景色というのは何処の世界でも然程変わらないらしい。
夕暮れの中で、俺は一仕事終えた達成感に包まれていた。
増えすぎたモコモコ達は、俺にたくさんのお礼を言ってから、わずかに光を放ちながら方々へと散っていった。別の国に事情を伝えにいったのだろう。
この国はもう終わるし、そうなれば近隣諸国が後処理をして、まあそれによって多少問題は起こるだろうが、このまま続くよりは随分とマシな筈だ。
聖女に鞭打つような輩の国が残ってても良いことないだろうしな。
「あ、あの……ええと、せ、聖、その、聖女様?」
振り返ると、イリエラが困惑のままに立っていた。突然城がぶっ壊れたのでびっくりしたんだろう。
眉を下げて此方を見やるイリエラは、それでも幾度かの深呼吸で動揺を抑えてみせると、丁寧に礼を述べた。
「助けてくださり、ありがとうございました。本当に、なんとお礼を言ったらいいものか……」
「いやいや。聖女として当然の仕事をしたまでですよ」
極めて爽やかに微笑んでおく。聖女として召喚されたからには聖女としてやるべきことをなさねばなるまい。そう、つまりは神獣に魂を与え、土地に安寧を齎すという仕事だ。俺がやったのはそれだけである。
この国はそれすら出来てなかったので、まあ滅んでも仕方ないね。
イリエラはなんとも微妙な顔で微笑んでいた。
多分どっかの神っぽいなとは気づいているが、見なかったことにしようとしている顔だった。
まあそうだね。ノーパンワンピースだもんね。でもね、神様って結構下着は身につけていなかったりするんだよ。本当だよ。でも俺はちゃんと履きたい派だよ。
事態が解決したらなんだか居た堪れなくなったので、俺は逃げるようにその世界を後にした。
ちなみにワンピースのまま帰ったら部下にめちゃくちゃドン引かれた。
事情を説明する暇もなかった。戻るまでは着替えられないんだから仕方ないのに。
神性に頼らず普通に服を用意してもらってから戻れば良かったじゃないですか、という正論でぶん殴られたせいで、俺は泣いた。
べそをかきながら自室に逃げて、風呂入って着替えて、そのあとは飯食って好きなアニメ見て、寝る前にちょっとだけ他世界の様子を覗いてみた。
数年後を覗いてみたところ、イリエラは新たな国で保護され平和に過ごしているようだった。
よかったよかった。
でももう二度と聖女召喚は御免だな、と思いながら布団に入る。
と、同時に、俺は眩い光に包まれた。
結果、『運命の相手は聖女である』と信じ切ったアホ王子の前に全裸の俺(寝る時は全裸派)が現れることになった訳だが。
まあ、それはまた別の話である。