六年前4
そうして彼女は、電源を入れ直したタブレットをつるつるした木製のカウンターの上に滑らせた。そこには中継局が配信しているゴーストウォーズの各戦線映像が十六分割して映し出されている。
「まあまだ十時っていうのもあるけど、例年通り様子見状態だね。レテの壁が復活するのが二十四時な以上、早めに攻撃したって残り時間守らなきゃいけないし……どっちの街もいつも通りブザービーター狙いよ」
確かにキャンディの言う通り、こちらの街の中を映し出す十六の画面は壁際を除いてそれほど激しい戦闘は行われていないみたいだった。開幕こそ互いにド派手に打ち合った為に聖蹟街に傷は残っていたものの、商業街を抜けてこのアナグマまで楽に来れた様に、今は互いにけん制をしあっている程度なんだろうさ。ため息を吐いて言ってやったよ。
「まあ大方、今は夜の攻勢に向けた調整って所だろうな、どっちも。開戦後から夜明けまでの戦いで粗方相手の街のこの一年の成長度や戦力を把握して、用意していた攻略作戦を昼過ぎくらいまでに調整し、夕暮れまでにその作戦に基づいて準備を終わらせる。相手の一年間を何も知らない状態で開戦して、二十四時間で終わる戦いなんだ。将校共は今頃頭を抱えているだろうさ」
とはいえ、レオがいるのは壁際だ。どれだけ互いに夜に備えた牽制の時間帯だとしても、逆に言えばその油断を突かれないように、または相手の準備を邪魔して優位を取れるように、壁際での攻防戦は二十四時間中熾烈を極める。そう簡単には会いに行けないだろう。
けれどもまあ、やはり死者と言えども人間だし、これはチーム戦だ。
「レオが休憩で壁際から離れるタイミングでもわかればいいんだけど……」
何も、レオ一人で壁際を維持しているわけじゃない。ほかにもたくさん霊能者はいて、一緒に戦ってる。
だから通常なら、ある程度の時間ごとに戦う部隊が入れ替わって戦闘の強度を保つはずなんだ、けど。
「あの〝鉄華面〟のレオントポディウムよ。七年前、初めて参戦したゴーストウォーズで穢堰街の奴らが〝セオリーを無視して正午に全力突撃〟してきた時、十二時間にも及ぶ大立ち回りで壁際を維持した鉄壁の傑物。レオントポディウムが表れて以来、この七年でこっちの街の被害者は半減したまま。そう簡単に壁際から離れる事なんてないと思うけど? あの堅物っぷりだし」
「だよねぇ」
「やっぱり、明日になるの待ったら? 〝鉄華面〟を始めとして、今は聖蹟街の歴史でも防衛力に長けた布陣だし、前線もカメラで見る限り安定してる。変にのこのこ出て行って邪魔したいの?」
「そういうわけじゃないけど……でもさ、これは戦争なんだよ」
椅子の背もたれに身を預けてから天井を見上げる。低い、黒い天井。相変わらずゆっくり回る、羽の欠けたファン。
「人が人を殺す行為だ。凡人だろうが、天才だろうが。無名だろうが、英雄だろうが。他人だろうが……友人だろうが、誰であっても死ぬんだよ。みんな所詮人だから」
食後の一服の為に懐からしけもくを取り出して、金色のガスライターで火をつける。
「だから多分さ、なんだかんだぼくもいつか死ぬんだよ、きっと。そしてそれは今日かもしれない。だからいつ死んでもいいようにさ、ちゃんとやるべきことをやっておきたいんだ」
「……変な奴」
肩を竦めて、キャンディは皿を片付ける代わりに灰皿と赤ワインのおかわりを出してくれた。そうしてまずいたばこを重たい後味の赤ワインで弄びつつ、皿洗いをするキャンディの後姿を眺める。
彼女は良い友人だ。何せ初めて会った時、自殺しようとしていたぼくを引き留めてとびきり美味いカレーを振る舞ってくれた。ぼくとしては趣味の自殺研究の一環だったからさ、この街で目覚めたばかりの彼女が本気で怒りながら止めてくれて申し訳なくなったんだけど、それもまあ笑い話さ。
あれは、六年前の事だった。