六年前2
「レオは……確かこっち側の壁際の、退路確保班だったな」
退路確保班。それは向こうの街に攻めて出た機動打撃班があちらでの戦果、つまり攫って来たゴーストたちを無事にこっちの街まで持ってこれるように、またあちらのゴーストを街の中に侵入させない様に、壁際を制圧するための班だ。
そしてゴーストウォーズの性質上、壁際はもっとも熾烈な戦場になる。流石のぼくでもあんまり行ったことはない。
でも、構うもんか。ふらっといって、一言謝ればいいんだ。それで多分ぼくはすっきりする。レオが許してくれるかどうかはわからないけど、まあ友人としての義理は果たせる。
第一さ、そもそもぼくは今世になんの意味も見い出せていない。
死んだら死んだで、その時さ。
どうせ死ねないんだから。
最後にネクタイを締めると、ツイードジャケットの内ポケットに煙草と、お気に入りのガスライターとスキットルを詰めて、家を出る。
眩しい朝日。一晩中止まない戦轟は未だ鳴り響いている。
そんな街へと続く坂道を、またしけもくを咥えながら鼻唄と共に、降りていく。
ただそうして丘を降りきって、商業区のメイン通りに差し掛かった時に思ったんだな。しまった、朝飯を食べて来るのを忘れた。通りに面したデパートや商店街はこんな日だから閉まっちまってるんだ。それもシャッターなんてやっすいもんじゃなくてシェルターじみた防護壁で覆われている。道路は抉れていて、信号機や標識は折れてるってのに建物はどれもそこそこ無事なんだ。きっと鼠一匹どの店にも入れない。これならりんごの一つでも齧ってくるんだった。
そこで、ぼくは道すがらにある公衆電話を使うことにした。死後の世界といえどもこんな骨董品を使う奴、無職で携帯が持てないぼく以外にいないだろう。
「ああ、もしもし、ぼくだけど」
そうしてぼくが電話を掛けたのは、商業区の日陰通り、通称〝奥の細道〟で飯屋をやってる友達だ。路地の深い所に店があって、それこそ鼠くらいしか客が来ないだろうよってところに店を構えてんだが、結構良い皿を出すんだ。
「なんだい、あんたかプー太郎」
「おはようキャンディ。これから飯が食いたいんだけど、やってる?」
「誰に聞いてんのさ。うちは年中無休だよ。注文は?」
「あー……カレーが食べたいな、あの美味しいやつ、牛のやつだよ、君が最初に食べさせてくれたやつだ。それと赤ワイン。昨日の内に飲み干されちゃいないだろうね?」
「だから誰に聞いてんのさ。うちにそんなに客が来るとでも?」
電話口からでもわかる気怠い声。キャンディは面倒くさがり屋だけど優しい奴なんだ。それに料理が上手い。ぼくみたいなくそったれた根なし草にもきちんと手料理を振る舞ってくれる。
それに、情報通でもあるんだ。
彼女は、〝自警団〟の創設メンバーでもあるからね。
「それと、ゴーストウォーズの状況も知りたい。壁際に用があってね。ルートの相談もしたいんだ」
「ったく、こっちはのんびり〝穴熊〟キメこんでたってのに。ほんとあんたは私が居ないと何もできないんだから」
「ああ、頼りにしているよ、キャンディ」
「口ばっかり。じゃあ切るわよ。お鍋、火にかけとくからあんまり遅くは、」
「ああいや、待って。一番大事な事をまだ言ってない」
さっさと電話を切ろうとするキャンディに言った。
「無事でよかった。安心したよ……友人として」
「……ん」
そうして、電話は切れた。