本編START!
教室の喧騒はいつも通りで、金土日の出来事がまるで旅行から帰ったあとのように遠い昔に感じる。
「葉山聞いてくれよ」
「なに?」
「彼女出来た!」
こいつの彼女出来た報告はこれで何回目だろう。その新しい彼女っていうのが多分隣りに立ってる子で、何年何組の子かも知らない。
「おーそうなんだおめでとー」
棒読みに、ありがとうなんてはにかむ彼女さんに、2分で済むから教えてあげたい。後ろからじーっと見てる人、竹内の元カノですよって。
こういう状況で楽しく談笑できる、竹内は本当にアホなんじゃないかと思う。でもそのおかげ……せいで今はおれもこうしてるいられるし、知らん。なんでモテるんだろ。
「そういや竹内、おれ愛内麻美に会った」
「マジかよ、おれも上野でマッチョ斎藤見かけたぜ」
「は? だれだよそれ」
「知らないのかよマッチョ斎藤」
少し自慢してやろうっていう気も失せた。マッチョ斎藤? マジで知らない。
「愛ちゃん可愛いよねえ。わたし結構好きで」
「おれも好き。胸小さいけどマジで可愛い」
胸小さいにイラッてした。控えめ、控えめって言えよ竹内。ただ好きっていうのは、まあどうなんだろ、可愛いは可愛いけど、人によるんじゃないかと思う。
「竹内、すげーしゃべる女性ってどう?」
「ないな」
「ピザにパイナップル入れる派?」
「人間の食べ物じゃない」
「失格」
「なんの話しだよ!」
◇◇◇
お昼休みに同じクラスの須藤さんに呼び出しされた。確か竹内の元カノの友達で、ピアノ弾いた時すごく興味を持ってくれた人だ。
「あの、葉山くんのこといいなって思って、よかったら付き合ってくれないかなって」
生まれて初めて女の子から告白された。軽い会話のような告白で、でも声は少し震えてて、それだけで真剣に言ってくれてるんだって伝わった。
「ごめん」
「そっかそっか気にしないで。じゃ、ありがとね」
トトトって足音立てて去った須藤さん、全部の音に感情が乗ってて、それを聞いて申し訳なさでいっぱいになる。
おれモテすぎてツレーワーなんてやつがいたとして、そういう図太さってどこにあるのか想像もつかない。
須藤さんを好きかって言われればフツー。須藤さんがじゃなくて、おれが須藤さんに釣り合わない、何年経ってもこの先どうなっても。
童貞でいい、文字通り一生。
◇◇◇
今日も家に着くのは17時ちょうど、あと3分なんて考えながらエレベーターを操作する。
予定通り17時ちょうどに玄関の前、前なんだけどしまった、電気付けっぱなしだ。よくよく考えたら別に焦る必要もない、けどなんか急いで鍵を回す。
「おかえりー」
「……え?」
幻覚じゃなければピンクのエプロン姿の愛内さんが、ナベでなにか作ってる。薄いかすかな香りは味噌汁? ん? ナベ? うちにあったっけ?
「君が葉山くんね、とりあえずこっち来てもらえる?」
優しそうな男性に手招きされてリビングに恐る恐る歩を進める。
「……え?」
なんか見たことない家具が増えてるし段ボールが積んである。あれ、ここ、うち?
「まあまあ座って」
座ってって言われたソファーも見たことない、小さな折り畳みのテーブルがなんか大きくなってる。てかそれより、この人たちどうやって入ったの?
「まずは自己紹介から。はじめまして、正確には昨日から愛内麻美さんのマネージャーになりました古川といいます。よろしくお願いします」
「は、はい」
「まあ、別にマネージャーいなくてもヘイキだっていったんだけどねえ。なんか甘えれるとこは甘えとけって言われちゃってさ」
おたま持った愛内さんに絶対に必要だって言いたい。正座してもらって30分、足痛くなったら20、5分でいいから言い諭したい。
「結論から言うと、ここ、葉山くんの家じゃなくなったから」
「……んん?」
「ロキシーエージェント茨城営業所、それで名義上は僕がここの所長ね」
頭が真っ白になるっていう事例が必要な人がいれば教えてもいい、今、正にこれだ。
「……なん、家」
「だってさあ、これからわたしと2人で1ヶ月ここに住むわけだし、一応体裁ってものが必要だって言われたらしょうがないよね、あは」
あれ? アホがもう1人いる。
「ここからがわたしと葉山くんの、編成ユニットの本当のスタートだよ!」
◇◇◇【愛内麻美・視点】◇◇◇
雑誌の撮影が押して、事務所に帰ってくるの遅くなって、もう葉山くん来てるかも。
時間決めてないし連絡先も交換してないし、そりゃ曲できて嬉しかったよ? 帰ってからもずっと聞いてたし。あ、社長にまだ聞いてもらってない、喜んでくれるかな?
ああ、でも反省しないとなあ。
「ねえ、葉山くん来た?」
「葉山くん? あ、来ました、けど……」
ドア開けた時の音が思ってたより大きかった、でもそんなことよりも。
「社長、門前払いってどういうこと?」
「そんな人聞きの悪いこと言わないでよ、麻美ちゃん、撮影どうだった?」
「雑誌はいいの、わたしが聞いてるのは葉山くん。なんで帰したの?」
「ピアノの演奏者なんてほかにいくらでもいるでしょ。それにあの子の病気知ってるのよね、ステージで倒れたらだれが責任取るの!」
知ってる。そういう用紙があった。だれにも見せれなかったし、でも注射で無理やり痛み抑える程だなんて知らなかった。
「だからって、やり方があんまりにもヒドイって言ってるの! それにわたしの目標だって、ここに来たときから言ってたでしょ! それなのに……」
「じゃあどうしろって言うのよ」
あのロープ、きっと首吊りとかそういうやつなんでしょ? それだけ苦しいってことなんでしょ? 歌の練習も大変だったから分かるよ? ピアノもきっとそうなんでしょ?
「決めたわ、わたしがやる」
「なにをよ」
「わたしが全力で、彼をステージに立たせる!」
出来るものなら連れて来てみなさい、そんなの無視して事務所の出口へ向かう。




