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六本木ーー
なんかすごく大人になった気分だ。行き交う人たちは頭良さそうだしビジネススーツだし、気品ありそうだし手に持ってのいろいろキラキラしてるし。
それにあれあるよね、なんとかヒルズ、なんだっけ? あ、六本木か。
でも、欲しい物もないけれど、買い物するなら渋谷とか原宿とか行ってみたい、上野でもいい。彼女とかいないけど、デートするなら青山とか表参道とか行ってみたい、お台場もいいって聞くしね。
六本木、あとなにかあったっけ、まあいいや。
目的地はロキシーエージェント。家にパソコンないからケータイで調べて電車乗り継いで、時間とか言われてないけど、まあ多分、きっと大丈夫だろう、さすがにさ、ね。
なんとかヒルズじゃない場所、少し離れたビルの3階のフロア、3階。有名な会社だから自社ビル持ってます! 的な華やかなイメージがあったけど、まあ家賃とか高そうだしそうなんだろう。
思ってたより早めに着いた。身体の体調の問題であんまり遠くには行きたくないけれど、やろうと思えばやれるという自信はつく。
右手で左胸の膨らみを確認して、ふーと深呼吸して建物に入る。
エレベーターで上を押す。案内は12階を表示している。待ってるの長くね? 辺りを見回したら階段を見つけた。別に3階だし特に問題はないだろう。
失敗した。急すぎるだろこの階段!
少し息を切らしてやっと3階、体力ないのは分かってるけどさすがに笑えない。
「こんにちは、本日はどのようなご用件でしょうか?」
勇んで受付の女性に声をかけてみたものの、どのようなご用件? なんて言えばいいんだろう。
「あの、愛内麻美さんにお会いしたいのですけど」
少し驚いた顔をこっちに向けた。考えてみた。もしファンがいてそのファンが会いに来たとして、会ってくれるんだろうか、いや無理だろうな。だとしたら同じだって思われてない?
「失礼ですがお名前は?」
「葉山一志です」
「ご約束は?」
「ご約束……来いって言われました」
「お時間は?」
「……聞いてないです」
「少々お待ちくださいませ」
尋問? そして後手後手の返答、もはや怪しさ満点のおれにもその女性は丁寧な言葉で対応してくれる。
「ご案内します」
通された? 案内された先、部屋じゃなくて通路、そこにいたのは巨漢の男? 女?
「あなたが葉山くん?」
「……はい」
デラックスか、なにデラックスなんだ?
「ふーん、まあいいわ、さあこっちよ」
あれか、心が女性で女性の心で、寛大な心で受け入れようっていうあれか、やっぱりデラックスか!
ひとつの部屋へ、そこで向かい合わせに座った。「はいこれ」なんて受け取った名刺には、代表取締役って記されている。
「ちょっといい?」
デラックス取締役の両手がおれの頬を挟み、デラックスな顔を近づけてくる。いや、待て、待って下さい! 押さえ込まれたらそりゃ勝てないと思いますけど、おれにも心に覚悟というものが。
両手の親指がおれの瞼を下げ、眼球を覗き込む。ああそういうことかと納得し、さすが取締役なんて伊達にデラックスじゃないなんて感心さえした。
「麻美ちゃんからいろいろ聞いてるわ。でもその前に、その窓から小岩井診療所ってのが見てるから、まずはそこに行ってその名刺出して……」
「行かなくても、大丈夫です」
「ん?」
「説明します」
ーーー
一〉 食生活から来る栄養失調と各種疾患、とそれに伴う合併症。特に呼吸器官、発作の際には要痛み止め。
二〉 練習過多による神経系等の一部消耗、及び肥大。
三〉 精神的に不安定。
上記により、生存できる期間は通常の半分と推測され、また生殖機能はなし。
ーーー
要は、長くて人の半分しか生きられないしいつ死んでもおかしくない、それに子どもも作れない。
結婚はおろか、人を好きになる権利すらない。
「麻美ちゃんはねえ、沖縄からこっちに1人で来てね、わたしはお父さんみたいなもんなのよ」
そこお父さんなのかよって心の中でツッコむ。
「わがままで頑固で、でも可愛いのよね。きっと葉山くんにも何か話したんじゃない?」
はい、なんかいっぱいしゃべってましたと心の底から頷く。言い出しづらいならおれから言う。
「これ、預かってた物と書いてる途中の物です。渡しといてもらえませんか?」
「待ってれば帰って来ると思うけどいいの?」
「はい、ありがとうございました」
デラックスはこれ高いのよ食べて行きなさいって、鰻のお弁当と電車賃って1万円を置いて席を立った。そんなもの食べれるはずもないし金もいらない。
ようは門前払い。
デラックスの判断は正しいし、おれが大人だったらそうすると思う、思うけど。拳を強く握りしめたっておれの握力じゃたかが知れている。
分かってた、けど。
1年後、どれかが原因で死ぬ前に自殺するわけで、1年生きれれば問題はない。
けど。
愛内麻美さんという芸能人は、確かに昨日うちにいた。写真は撮らせて貰ってないし動画なんてない。サインすらない。食べた物は律儀に持って帰って行った。
彼女がいたという記録ーー。
ゴミ箱の中にあるピザの残骸、それすら明日の朝ゴミに出して、それで終わり。




