抱擁
土曜日に退院してピアノは少ししか触らなくて、今日もちょっとしか出来なそうだけど、でも鍵盤の圧力が懐かしい。
入院中、イメージトレーニングばっかりやってて、弾いてる風に指動かしてて、けど空気を震わす音が心地いい。
「ねえ一志、SNSって何やってる?」
麻美はスマホを操作しながら演奏してる僕の右足の上に乗っかってきた。
「練習できないんだけど?」
「だからSNSやってる?」
そう言いながら両足の上に完全に乗っかり、僕の胸に体重を預けてくる。麻美が落ちないように手を腰に回す。
「甘えんぼさんだね」
「だって1週間ぶりだしさ、だあかあらあSNSやってる?」
「SNSって?」
「動画配信アプリとか情報共有アプリ」
「動画の方は見れるように登録だけしてる。その他はトークアプリでしゃべってるだけ」
「じゃ、やろ」
「別に発信したい情報がない……」
「やろ!」
僕のケータイを渡すとなんか勝手に作り始めた。「よしよし」とか、「ふーん」とか、「写真は」とか、なんか言いながらいろいろやってるけど、まあご自由にって感じで、そんなことより練習したい。
「麻美、練習したいんだけど」
「やだ」
「は?」
「久しぶりだしくっついてよ!」
「寝る時でよくない?」
「今も!」
ただただ可愛い。どうしようもなく可愛い。1週間会えなかっただけでこうも、何もかもが愛おしく感じてしまう。
これが恋、きっとだれだってそう。
「今週末の幕張メッセのコンサートは順調? 金土日の3日間だっけ?」
「そ、順調順調! いつか2人でやれたらなあ」
「僕と麻美で?」
「そうだよ。東京ドーム貸し切って、お客さん満員にして、わたしたち結婚しまーすって」
目の前の笑顔が光ってる。もう練習なんてどうでもよくなって、腰に回した左腕に力入れて抱き寄せる。
「麻美、しよ?」
「え、今から?」
「しよ」
「あ、でもあの、お風呂……」
「しよ!」
「ほら、汗かいて海で肌ベタベタで……」
言葉がじゃまなので口を口で塞ぐ。しゃべれないように舌を舌でじゃまする。逃げないように、服の中に右手を入れて胸をつかむ。
◇◇◇
身長178センチ、体重52キロは痩せすぎで、同年代と比べて体力もないし速くも走れない。スポーツだってどれもこれも苦手だ。
今までの食と生活を考えたら当然だし、今さらどうにかしたら逆になんか悪くなっちゃいそうだし。
だからって男の子な訳で、女の子よりは、きっと多分、力だって強い訳で、麻美だって見下ろせる身長な訳で、麻美よりは体重だって多い訳で。
なのになぜ、僕の身体の全てが麻美に包まれている感覚ーー。
「痛くない?」
「前よりは。2回目だしヘイキだよ」
エロとか、アダルトとか、性欲とか、なんかそんなのじゃなくてただ愛おしく思う。お世辞にも上手とは言えないんだろうけどきっと愛、2回目だしこれから少しずつ勉強していけばいいと思う。
「ねえ一志、子ども出来ない身体なんだよね?」
「うん、ごめんね」
「ううん、それはヘイキなんだけど……」
「なに?」
「あのさ……」
「ん?」
「ゴムいる?」
まあ確かにそうだけど。
「いやほら責任とか、万が一とかあったらとか」
「でも出来ない身体なんでしょ?」
「出来ちゃったらいろいろと……」
「出来る可能性あるの?」
「ないよ。0%。けど2人の愛が膨らんでなんか結びついておはようございます、とか」
「あは、わたしと一志だったらあるかもねえ」
僕より年下の、例えば中学生レベルのちょっと大人の真似してみましたくらいのそれは、肌と肌が触れ合う安心感の方が大きい。
AV男優みたいオラオラって激しくって、そんなの壊れちゃいそうで、おこちゃまって言われればそうだけど、指1本ですらそっと大切に触れたい。
麻美が目をつぶって、行き場のない腕を僕の首に回して、僕だけが知る、その優越感ーー。
◇◇◇
「おはよ」
「うん、おはよ」
麻美が選んでくれた薄手のパジャマ? 寝巻き? すごく心地よくて、お互いドラマみたいに裸で寝てみようという提案は、寒いという理由でカンタンに却下。
「学校の行き帰りの送迎、五十嵐ちゃんに頼んでおいたから」
「学校そんなに遠くないよ、いる?」
「そりゃいるでしょ、そろそろ芸能人っていう自覚を持とうね」
「自覚……」
「じゃあ試しに今日はいつも通り、歩いて学校行ってみる?」
「まあ大丈夫かと」
「遅刻っていうか、ちゃんと学校に到着できるといいね」
ふと立ち上がる麻美はカーテンを少し開けて僕を呼ぶ。マンションの15階から見下ろす道路、数人の女子高生が集まっている。
「なんだろ」
「決まってるぢゃん、一志の出待ち」
「……マジ?」
「家バレてるからねえ。で、どうする?」
「送迎お願いします」
「あは!」




