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歌姫の全力の愛が、僕を襲う!  作者: 長谷川瑛人
芸能界デビュー編
62/328

20:00

大和テレビ局

Fスタジオ--




「もう控え室に戻らなくてもいい?」

「うん、ヘイキ」


ひとつ深呼吸。


「麻美、僕の演奏どう思う?」

「歌いやすいし、ビリビリって感じですごくいいよ」

「原さんもそんなこと言ってたよね」

「うん、そうだけど」

「ごめんね、全部変える」


 心配そうに見つめる麻美。


「間違ってた。僕が弾くピアノは麻美とか原さんに届ける演奏じゃない。僕と麻美の演奏を、テレビを通じて見てる何100万人に届けるためのもの」


 きょとんとしてる麻美に言葉を続ける。


「いろんな楽器と声の比較は出来た。これからテレビ用にピアノの演奏をチューニングする。もうすぐ19時、30分になったら教えてほしい」


 今のままでもいいのかもしれない。けれど、それじゃだめだと脳が警報を鳴らしてる。


「頼む」

「わたしはどうしたらいい?」

「隣りで聴いて慣れてほしい」

「分かった。一志に任せるよ」

「よろしく」


 ピアノの鍵盤に指を一気に走らせる。ハタから聴いたら騒音だろうそれ、耳の神経を集中させ、1000を超え2000の音階を畳み掛ける。

 ライジンさんの男性の声、カガリ・アスナさんの女性の声に、ギター、ベース、ドラムの電気が絡んだミキシングされた音、フルート、チェロの楽器独自の音、その生演奏とテレビからの音との比較。


 コンクールではただ会場にいる人たちだけに弾けばよかった。でも今は違う、マイクからケーブル、電波を通して日本中に発信する。


 1分1秒が過ぎていく……。


 ピアノの音はなかったけど、1度だけ自分の全日本の映像を見たことがあるから、ある程度は比較ができる。今後はそれが課題になるだろう。

 麻美の声、それは何度も何度と聞いた。ふだんの声、笑った声、泣いた声、怒った声、鼻歌、本気の歌声、全部覚えてる。


 時計を見てる余裕はない。気付くのが遅れたなんて反省してる時間もない。今できること、それはさらに指を加速させること。ひとつでも多くの音階を、ひとつでも多くの旋律を。


 トン。


「19時30分」

「……あ、ありがとう」

「ねえ、わたしたちの後に歌う上田トウキさんが昨日来れなかったみたいで、本番前にわたしたちの演奏見たいんだって。いいかな」

「僕は別に」


 麻美の視線の先にその男性は立っていて、軽くお辞儀するとお辞儀を返してくれた。


「そろそろ準備をお願いしちゃうね」

「任せる」


 照明が落とされた。円台の白いライトが光り、その周囲にあるLEDが色鮮やかに花を添える。

 モニターにはたくさんの女の子が楽しく元気に歌ってる。きっと、女子の唄か詩かの大所帯。


 カメラはフロアに設置されていると、クレーンで移動できるのが1台、それにグリーンランプを待つライト。

 ここに何人いるんだろう、研ぎ澄まされる聴覚は呼吸を数え、18人だと教えてくれた。


 白い灯りの中に立つ麻美、呼吸はだれよりも速い。すっと立って麻美に寄る。こっちに気付くのが少し遅れてる、経験が長くてもやっぱり緊張してるようだ。


「小声で。バレちゃうから」


 心配そうな表情がなんか可愛くて、ちょっと笑っちゃった。


「真剣な顔からの笑顔のギャップ、ヤバ!」

「言い忘れてたけど麻美、すごくキレイだ」

「あは、惚れる?」

「惚れ直した。首に両腕がっちり巻きつけとく感じでよろしく」

「うん!」


 葉山くん、演奏中ずっとわたしを見てて。


 安心して。


 1秒たりとも目を離さないから、歌う少し後ろからずっと見てるから、ここまでいっぱい頑張ってきた麻美を、これからもずっと見てるから。

 僕と麻美、2人の集大成か、2人の始まりか、2人の失敗か。演奏が終わった時、麻美はどんな顔をしてるんだろうね、どんな顔を僕に向けるんだろうね。


 どんなだっていい、僕は音をわざと外す--。


「さあ次は愛内麻美さんです」


「はい。愛内さん、今回は天才ピアニスト葉山一志さんとユニットを発表しました。葉山一志さんは現在、茨城県水戸市に住む現役の高校生。小学校4年生の時に交通事故で両親を亡くし、それからずっと一人暮らしをされてたそうです」


「小学校4年生から一人暮らし」


「また、小学生の時に中学校の全国大会で優勝、中学生の時に高校生の全国大会で優勝、高校1年生で全日本で優勝、来年にはフランスパリで行われる世界大会に出場するとのことです」


「すごいですね。まさに神童、将来の日本のエース!」


「それでは聴いて聴いて頂きましょう。テレビ初披露です。愛内麻美wf葉山一志で新曲『あなたへ』」


 グリーンランプ点灯、スタート!

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