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歌姫の全力の愛が、僕を襲う!  作者: 長谷川瑛人
芸能界デビュー編
49/407

日曜日(残り7日)

「ね!」

「ねって」


 クロワッサン食べてる僕に堂々と、朝からブラを見せてくる。


「C」

「まあ説明聞いて分かりましたけど、そういうのってメーカーによって差があったりするんじゃないですか?」

「ギクッ!」

「ギクッていうのは心の中で思うのであって、別に言葉に出すことじゃないですよね」

「ああねえ」

「もしかして、そのメーカー以外は全部Bとか?」

「はあ? 結局大きいのがいいってこと?」

「そういうことじゃなくて、ああもう、こっち来てください」


 愛内さんの腰に手を回し引き寄せる。パーカーのフロントのジッパー下げて両手を突っ込む。


「ほら、このくらいが好きというか、え、あの、愛内さん?」

「あ……あ、はい」

「家ではブラ付けない派?」

「なんか、油断してた」


 とりあえず揉んでみる。


「ちょ、えっと、手離し」

「やだ」


 手のひらの中の小さな存在感が存在感を増している。


「ん」

「……ヤバイ、性欲に負けそう」


 それどころじゃない、と自分に言い聞かせて手を離してジッパーを上げる。


「がまんできるものなの?」

「いろいろ必死です。でも僕の、2リットルの水のペットボトルくらいありますよ」

「ニリッ!」

「嘘ですよ。食べて昨日の続きやりますよ」

「別にいいけど」

「2リットル?」

「そうじゃなくて!」

「食べて昨日の続きやりますよ!」


 昨日の今日でこの温度差と思いつつ、僕次第で、いろいろと僕次第でなんとかなると思ってるけど自信ない。

 午前中は発声練習を中心に、愛内さんの声のくせ、音程、上擦り、伸び、呼吸、引き、等を音程によって聞き分ける。


「そういえば愛内さん、ユニット名……」

「愛内麻美wf葉山一志」

「そうそれ、wfってなんですか?」

「ウィズとフューチャリングの両方入れてみた」

「それ文法的に合ってます? 僕が言ったやつだし」

「あは、なんか思いつかなくて」

「なんか古川さんと文句言ってませんでした?」

「さあ、再開しよう!」


 楽譜なんてあってないようなもの。その時々の状態で音階から音の強弱まで聴いて、見て、瞬時に全てを変える。


 70点、今現在の評価。


「キーになる音目立たせるのでそれに合わせて下さい」

「はーい」


 これで75点。


「Cメロからラスサビまで裏声にならないように声量で」

「頑張る」


 これで80点、やれる小細工はもうない。


 成功するか失敗するかなんて分からない。愛内さんの声が途中で限界が来たり、僕が発作が起きたら、3分すら待たずに終わる。

 やれることは練習だけ、本番まで徹底して練習して、空気がキリキリし初めて、そこからさらに突破、突破ってなに?


「ああ楽しい! ホント久しぶりにこんな真剣に練習してるって感じ」

「そうなんですか?」

「そうだよ。営業の仕事ばっかだもん」

「大変なんですね」

「それよりも!」

「はい?」

「明日の公表、葉山くんの名前がとうとう全国へ」

「ああ」

「なんか反応薄くない?」

「まあ実感ないですからねえ」


 本当は会見的な物があったけど、それどころじゃないって断ったらしい。

 よくテレビとかで見るようなのなんだろうか。別にそこまでしなくても……。


「見たかったな、カメラに緊張してる葉山くん」

「笑えそうですね」

「あは、残念」

「ハハ。じゃあ時間ももったいないですし再開……」


 --重い方、ないとでも思ってんの?


 コホッ。


「愛内、さん……」

「発作? 注射」

「ちが、救急……」


 カポッ。


 え、これ、死ぬ。


 ゴボボゴボボボゴボボボボボボボボボボ


 口と鼻から血が噴き出す。手で押さえてどうにかなる量じゃない、吐血は服を赤く染めてあっという間にフローリングに広がる。

 同時に、心臓の音が加速を始め、肺は痛みを大群で連れて来た。


 2人で困難を乗り越えこのまま、なあなあと進むつもりだったんだろ?

 2人で力を合わせて、ハッピーエンドとか思ってたんだろ?

 下手くそな音、電波に乗せんなよ

 聴く方の気持ちも考えてくれよ

 いい加減にしてくれよ

 はっきり言って迷惑なんだよ


 きえ


 本当は死にたくないから1年後とか言って

 本当は死にたくないから先延ばしして

 死にたいんだろ?

 消え去りたいんだろ?

 どうでもいいんだろ?

 死ぬことカッコイイとか思ってんだろ?


 ちが


 両親殺した奴は憎いか?

 そいつも死んでざまあみろって?

 好きな人の隣りでよかったな

 好きな人の声聞けてよかったな


 やめ


 最後になにか言わせてやるよ


「迎え、来」


 視界が消え音が消え、脳が意識を消した。

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