約束
水曜日ーー
「お腹いっぱいです、すごく美味しかったです。沖縄料理がこんなに美味しいとは思いませんでした!」
夕食のテーブルの上に並んだ食べ終えた皿、ひとつを除いてキレイになった。豚肉を煮たやつとかこんな料理あるんだって、ひとつを除いて、昨日喜んで泣いてくれたからとかじゃなくて本当に美味しかった。
「うん、それはよかった。いっぱい食べてくれるって嬉しいね。それで?」
「はい?」
「ゴーヤチャンプル、一口食べて変な顔してもう口にしなかったよね」
「ごちそうさまでした」
「あ、逃げるんだ。昨日おっぱいの間で幸せそうな顔してたのはだれだったかな?」
「いや別にBくらいだなしか、あ、いやなんでも……」
「はあ? 一応ギリCあるんですけど?」
「あ、そうなんですか、よかったですね」
「よかったですね?」
逃げようとしてるけどなんかうまくいかない。なので反撃してみることにした。
「じゃあ言わせてもらいますけど、苦いからです。子どもの時にやっとピーマン克服して、終わったと思ったら大人になってゴーヤって、いつまで続くんですかって感じです!」
言った、言ってやったぞ!
「じゃあ代わりになに入れるの?」
「代わり……きゅうりとか?」
「沖縄県民を敵に回すつもりかな」
いえ、ごめんなさい。
「初めて会った時は大ファンとか大好きとか言ってくれたのに」
「話し違くない?」
「愛してるとか結婚したいとか」
「それは言ってない!」
勉強になるだろうってことで、歌番組を見ることになった。ソファーに座るとちょこんと、隣りに座ってくる。
距離感とか思うけど、また怒られそうだからやめとく。
録画なので愛内さんも出演するらしい、こういう状況になってからは初めてなので、隣りで解説してくれるんだと思うと楽しみだ。
「ねえ葉山くんって童貞だよね」
この人はいつもいつも……。
「ええそうですよ! 童貞です!」
「じゃあわたしも処女だし一緒だなって」
え? 人が固まる時って本当に固まるんだ。
「あれ、彼氏……」
「いないよ、ずっと。ボイトレの学校がんばってて気づいたら青春棒って感じ」
「……そうなんですか?」
「そう。でもマスコミのおかげで彼氏10人以上いたことになってて、キスもしたことないのに笑っちゃうよね」
「そうだったんですね」
「まあわたし超可愛いしモテモテだからね」
「自分で言います?」
フフッて、お互いに自然に笑っちゃった。
「でも電話……」
「やっぱり聞こえてた? 番組とかの関係者だからカンタンにバイバイってのはね」
そうなんだってなんかいろいろ。
「でもやっぱり憧れるんだ、そういうのって」
と言いながら僕の方をじっと見てくる。と同時に流れる曲。
『miss』
愛内さんの代表作のひとつ。高い音域で奏でられるリズムは女性の感情を表現し、切なく悲しげに弾くギターと幾度も交差する。当時、いく先々で流れ日本人ならだれでも知っている失恋ソング。
映像の写りとか僕がいたらどうなんだろうなんて、今のところ想像がつかない。
「葉山くん、ちょっと見て」
「ええ見てます」
「じゃなくて、こっち!」
「はい?」
「本人いるんだからこっち見ればいいぢゃんって言ってるの!」
「まるでテレビの自分に嫉妬してるみたいに聞こえますけど?」
「もうテレビ終わり!」
薄々感じていたことがある、この人けっこう照れ屋だ。自分から行く分には勢いで行けるけど、相手から来られるとたじたじしてしまう。
きっとそう、童貞でも分かる、なぜなら僕もそうだからだ。だからってなにか出来るってわけではないんだけど。
それに、少女マンガでいくつかあったパターンで、ちょっと下向きながら主人公が、そっか彼女いないんだ、っていうやつ。
でもこういうのったさ、重要なタイミングで主人公が知るわけで日常会話の、まあいいけど。
昨日の今日で、そっか彼氏いないんだウフッとは素直になれず、知識として整理してる。
練習のために2人定位置に着く。愛内さんはもう発声練習を始めてる。
「愛内さん、今度デートしません?」
「え? え、デート?」
「はい。女性を上手にエスコートなんてできそうにないし、どうなんだろうって」
「あは、そうだね。うん大事大事!」
「まあ忙しければファンクラブのだれかに……」
「絶対だめ! ここに可愛い子がいるでしょ!」
「でも芸能人っていろいろ……」
「大丈夫だから絶対する! やった、約束だよ。デートデート!」
やったって、面白。
「葉山くんから誘ってくるなんて珍しいぢゃん。寂しくて泣きそうな夜でもあったのかな?」
「別にそんなんじゃないですけど」
「へー、そうなんだ。ふーん、へー。寂しいなら一緒に寝てあげてもいいんだけどなあ」
「たまにならいいですよ」
「え、じゃあ今日はたまに?」
「……今日はちょっと」
「なんでよ!」
たまには話しに乗ってみようと思ったけど……やっぱ照れ。




