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歌姫の全力の愛が、僕を襲う!  作者: 長谷川瑛人
芸能界デビュー編
29/335

約束

水曜日ーー




「お腹いっぱいです、すごく美味しかったです。沖縄料理がこんなに美味しいとは思いませんでした!」


 夕食のテーブルの上に並んだ食べ終えた皿、ひとつを除いてキレイになった。豚肉を煮たやつとかこんな料理あるんだって、ひとつを除いて、昨日喜んで泣いてくれたからとかじゃなくて本当に美味しかった。


「うん、それはよかった。いっぱい食べてくれるって嬉しいね。それで?」

「はい?」

「ゴーヤチャンプル、一口食べて変な顔してもう口にしなかったよね」

「ごちそうさまでした」

「あ、逃げるんだ。昨日おっぱいの間で幸せそうな顔してたのはだれだったかな?」

「いや別にBくらいだなしか、あ、いやなんでも……」

「はあ? 一応ギリCあるんですけど?」

「あ、そうなんですか、よかったですね」

「よかったですね?」


 逃げようとしてるけどなんかうまくいかない。なので反撃してみることにした。


「じゃあ言わせてもらいますけど、苦いからです。子どもの時にやっとピーマン克服して、終わったと思ったら大人になってゴーヤって、いつまで続くんですかって感じです!」


 言った、言ってやったぞ!


「じゃあ代わりになに入れるの?」

「代わり……きゅうりとか?」

「沖縄県民を敵に回すつもりかな」


 いえ、ごめんなさい。


「初めて会った時は大ファンとか大好きとか言ってくれたのに」

「話し違くない?」

「愛してるとか結婚したいとか」

「それは言ってない!」


 勉強になるだろうってことで、歌番組を見ることになった。ソファーに座るとちょこんと、隣りに座ってくる。

 距離感とか思うけど、また怒られそうだからやめとく。


 録画なので愛内さんも出演するらしい、こういう状況になってからは初めてなので、隣りで解説してくれるんだと思うと楽しみだ。


「ねえ葉山くんって童貞だよね」


 この人はいつもいつも……。


「ええそうですよ! 童貞です!」

「じゃあわたしも処女だし一緒だなって」


 え? 人が固まる時って本当に固まるんだ。


「あれ、彼氏……」

「いないよ、ずっと。ボイトレの学校がんばってて気づいたら青春棒って感じ」

「……そうなんですか?」

「そう。でもマスコミのおかげで彼氏10人以上いたことになってて、キスもしたことないのに笑っちゃうよね」

「そうだったんですね」

「まあわたし超可愛いしモテモテだからね」

「自分で言います?」


 フフッて、お互いに自然に笑っちゃった。


「でも電話……」

「やっぱり聞こえてた? 番組とかの関係者だからカンタンにバイバイってのはね」


 そうなんだってなんかいろいろ。


「でもやっぱり憧れるんだ、そういうのって」


 と言いながら僕の方をじっと見てくる。と同時に流れる曲。


『miss』


 愛内さんの代表作のひとつ。高い音域で奏でられるリズムは女性の感情を表現し、切なく悲しげに弾くギターと幾度も交差する。当時、いく先々で流れ日本人ならだれでも知っている失恋ソング。


 映像の写りとか僕がいたらどうなんだろうなんて、今のところ想像がつかない。


「葉山くん、ちょっと見て」

「ええ見てます」

「じゃなくて、こっち!」

「はい?」

「本人いるんだからこっち見ればいいぢゃんって言ってるの!」

「まるでテレビの自分に嫉妬してるみたいに聞こえますけど?」

「もうテレビ終わり!」


 薄々感じていたことがある、この人けっこう照れ屋だ。自分から行く分には勢いで行けるけど、相手から来られるとたじたじしてしまう。

 きっとそう、童貞でも分かる、なぜなら僕もそうだからだ。だからってなにか出来るってわけではないんだけど。


 それに、少女マンガでいくつかあったパターンで、ちょっと下向きながら主人公が、そっか彼女いないんだ、っていうやつ。

 でもこういうのったさ、重要なタイミングで主人公が知るわけで日常会話の、まあいいけど。


 昨日の今日で、そっか彼氏いないんだウフッとは素直になれず、知識として整理してる。


 練習のために2人定位置に着く。愛内さんはもう発声練習を始めてる。


「愛内さん、今度デートしません?」

「え? え、デート?」

「はい。女性を上手にエスコートなんてできそうにないし、どうなんだろうって」

「あは、そうだね。うん大事大事!」

「まあ忙しければファンクラブのだれかに……」

「絶対だめ! ここに可愛い子がいるでしょ!」

「でも芸能人っていろいろ……」

「大丈夫だから絶対する! やった、約束だよ。デートデート!」


 やったって、面白。


「葉山くんから誘ってくるなんて珍しいぢゃん。寂しくて泣きそうな夜でもあったのかな?」

「別にそんなんじゃないですけど」

「へー、そうなんだ。ふーん、へー。寂しいなら一緒に寝てあげてもいいんだけどなあ」

「たまにならいいですよ」

「え、じゃあ今日はたまに?」

「……今日はちょっと」

「なんでよ!」


 たまには話しに乗ってみようと思ったけど……やっぱ照れ。

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