庶民
「疲れたあ……」
4階のホールを出て通路に1人でいる。高級そうな服を着た高貴そうなたくさんの人が、値段の張りそうな食事を手に、代わる代わる僕に挨拶に来るから笑顔で握手して、だんだんめんどくさくなったからフランス語をあんまり話せないふりして、まあ、それはまだそうだけど。
だいたい立食パーティーってなんだ、立ち食いそばか。イスに座った方が楽じゃない? それにパーティーって、子どものころにやるお誕生日会くらいしか聞いたことないぞ。
……はあ、人が多すぎて酔いそう。
「(お若いの、どうかしたかな?)」
声の方に顔を向けると、あごヒゲが白いおじいちゃんが青いツナギ着てモップ持ってこっち見てる。掃除の人かな、いいねこの庶民感。
「(疲れちゃってのんびりしてます)」
「(中は賑やかだね)」
「(そうですね)」
こののんびりした会話、これだよ僕が求めてたのは。
「(掃除してるんですか?)」
「(そうじゃ、ついおしゃべりしてしまった)」
掃除、うん、今の僕にはすごくちょうどいい。
「(手伝いましょうか)」
「(手伝う? なにをだ?)」
「(掃除)」
ポカンとしたおじいちゃんは、目を細くして楽しそうに笑った。
「(お若いの、その服じゃ掃除は出来んだろう)」
「(これですか? カッコイイですよね。僕は詳しくないからよく分からないですけど)」
「(かっこいいかね)」
「(ええすごく!)」
おじいちゃんは笑顔。僕もつられて笑顔になった。
「(お若いの、日本人じゃろ? 実は田舎の家でバーベキューをやろうと思ってな)」
田舎の家でバーベキュー? なにその楽しそうな単語の組み合わせ。ダンゴムシとかコロコロしたい、トカゲとか追いかけたい。
「(近くに渓流もあって釣りも楽しめるんじゃ)」
釣り? 釣っていいの? マグロとかイカとか釣っちゃっていいの? もしかしたらサメとか、川にサメはいないのか? いや可能性としてはワンチャン。
「(来るかい?)」
「(行きます! あ、でも予定のある日があって)」
「(ホホホ、いつでも構わんよ。元気なのが一番じゃ。ちょっと待っておれ、うん、よし、この紙を連れのだれかに渡してくれ)」
「(はい!)」
友だちに年齢は関係ないけど、このおじいちゃんとは友だちになれそう。庶民の僕がおめかししたって、中身は庶民なんだから。
「(時に若いの)」
「(はい?)」
「(ケンカしてる相手と仲良くしたいって思ったらどうするかね?)」
ケンカしてる相手と仲良く、もし僕ならきっと。
「(僕なら、自分が悪くなくてもごめんなさいって言うかもしれません。じゃないと相手も話してくれませんから。でもわざわざ聞いてくるってことは、本当にその人と仲良くしたいんじゃないかなって、思いはします)」
おじいちゃんはニコッてして「(じゃあ連絡待ってるよ)」って言ってモップ片手に背を向けた。
「カズシいたー! みんなこ、こ、あっち? 来る!」
「もう、また誘拐されたかと思った」
「ごめんごめん、おじいちゃんと話してて」
「(カズシは男もナンパするの?)」
「(しないから!)」
「(わたしの家でそういうのはちょっと)」
「(パトリシアさん、勘違いはやめようね)」
「(わ、わたしは、そ、そういうのは個人の自由っていうか、恥ずかしいから言わせないで)」
「エマちゃんアンちゃんのまね上手!」
「アサミ・アイウチ!」
◇◇◇
帰りの車の中、ずっとだれかがしゃべってる。
「(ていうか、車に7人はさすがに狭いのよ。みんな有名人なんだから、それなりにどうにでも出来るでしょ?)」
「じゃあアンちゃんだけ違う車にしたら?」
「(それは、ちょっと、寂しい)」
「(アン、途中から僕の隣りの席に座る?)」
「(すわるー!)」
「アンちゃんの声の温度差。そういえば一志、おじいちゃんと話してたってなに話したの?」
「それがさ、バーベキューに誘われたんだ。あ、そうだそうだ、これだれかに渡してって」
エマさんは通訳に集中したいみたいで、運転はパトリシアさん。エマさんにその紙を渡した。
「へ? これ、あの……」
なんだろう、おじいちゃんだし下手で字が読めないとか?
「CEOの、電話番号」
CEO? ゲオ?
「……なにそれ」
「リコルルの代表取締役です。わたしもほとんどお会いしたことないのにバーベキューですか、バーベキューに誘われたんですか、CEOの自宅でお肉を焼いて食べるんですか、それはもはや墾田永年私財法、です」
墾田永年私財法はほっといて、そんなサプライズいらないから! そんな偉い人と友だちなんてムリだろ!
「一志、他になに話したの?」
「人との接し方に対してアドバイスをちょっと」
「うわあ、一志やっちゃったね」
「……だよ、ね」
「(ちょっと、3人でなに話してるの? おもしろそうなことはアミューで共有しなさい!)」
「ちょこっと、I can't understand」
「(エマ、ちゃんと仕事して。ああもう、前の車イライラする!)」
「(カズシ、アサミ、早く教えて)」




