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発信

 あれからピアノは弾いてない。クリスマス・イブからだから2週間くらい、鍵盤すら触ってない。やったところでどうせ、分からないし自信はないし、今の僕じゃどうしようもない。

 昨日の麻美の電話で、瀬名さんとお姉さんは基本的にオッケーしてくれるとういのは分かった。でも話せることはちゃんと話した方がいいと思う。


 左耳が聞こえない僕がガブリエウ・ブランに勝つための練習。


 フツーはありえないしどう考えても無理だと思う。話せるだけ話して、断られたらそれはそれでしょうがない。

 練習はしない。明日以降、瀬名さんとお姉さんに会って方向性が決まるまでは何もしない、それがいいと思う。


「葉山くん、これなあんだ?」


 麻美がビデオカメラを手にしてレンズをこっちに向けてる。葉山くん? 仕事用?


「愛内さんなにやってるんですか?」

「葉山くんのプライベートを撮影してまあす!」


 ニコニコしてる麻美。


「急に?」

「wfが活動休止ということで、定期的にこうやって発信していく予定です」

「それ、需要あります?」

「もちろん!」


 隠すから周囲は知りたがる、なのでこっちから情報を発信すれば雑音は静かになる、と麻美から聞いたのは撮影が終わってから。


「そういうわけで、ファンの人たちにメッセージをお願いします」

「そんな突然言われても」

「みんな待ってるよ」

「……はい。えっとですね、去年のALLミュージックウェーブでは感極まって思ってもない姿を見せてしまって、ご心配おかけしました。時間も過ぎて少し落ち着いて、今はもう大丈夫です」


 心は落ち着いてるし、心は大丈夫、心は、多分。


「来年4月のパリ国際ピアノコンクールに向けて、本格的に練習を始めるに当たって、しばらくの間wfの活動を休止させて頂きました」


 レンズの奥、麻美の優しい表情に安心する。


「たくさんの応援、本当にありがとうございます。またみなさんにお会いできることを楽しみに、精一杯頑張りますのでどうぞよろしくお願いします」


 ふうとため息。


「こんな感じでいいですか?」

「うん、大丈夫」

「ビデオカメラまだ回ってます?」

「回ってるよ」

「ちょっと貸して下さい。次、愛内さんで」

「え、わたしはいいから」

「ダメです」

「あ、ちょっ!」

「wfの情報なんですから愛内さんの分も必要ですよね」


 麻美からビデオを奪うとカメラを麻美に向ける。照れてあははって笑ってる麻美、愛内麻美のプライベートの表情も発信する。


「はい、愛内さんしゃべって下さい」

「しゃべって下さいっておかしくない?」

「じゃあ、今の心境をお願いします」


 軽く咳払いする麻美。やられっぱなしじゃ悔しいからね。


「えっと、わたしは葉山くんのピアノで歌うのが子どもの頃からの夢で、それが叶って、今はすごく楽しい時間を過ごしてます。少しの間だけ、wfの音楽をみんなに聴いてもらえないのは残念ですけど、世界大会が終わったらさらに成長した2人を見せれればいいなと思います」


 麻美の緊張が伝わって来てちょっとおもしろい。


「それで?」

「それでって?」

「え、終わりですか?」

「終わり! もうすっごく緊張するんだから!」

「いつもたくさんのカメラに囲まれてますよね?」

「それとこれとは別。もうビデオカメラ返して!」


 麻美は僕からビデオカメラをひったくるとビデオカメラの電源をオフにした。


「もう、わたしまで出る予定じゃなかったのに」

「だって急に来るんだもん」

「その方が自然な絵が撮れるかなって」


 数日後、この映像はこのまま動画アプリで作成されたwfのチャンネルに投稿された。よかった、安心したってって書かれたたくさんの応援コメント。

 自然な雰囲気の2人がイチャイチャしてる、もう付き合っちゃえよ、未成年は違法だろ、葉山が18になればいいんじゃない? あれやこれやと言いたい放題。


 でも『ゼンコイ』で告白した時と比べたら肯定的な意見が増えた、そんな気がする。


「社長から竜と虎には気をつけろって」

「竜と虎? なに、僕食われるの?」

「違う違う、マスコミのめんどくさい記者の名前。正確にはなんだっけ。必要以上に張り付いて、今まで何人も苦労してるんだから」


 へーなんて思うけど、どう気をつければいいんだろう。豚肉を煮たやつの味を忘れちゃったけど、美味しかったのは覚えてるからきっと美味しいんだろう。


「わたしだって彼氏なんていたことないのに10人とか勝手に書かれて、名前出された半分以上は会ったことすらないっつーの! ああもう、昨日も今日もイライラしちゃってるし」

「イライラ? 更年期、とか?」

「一志、わたしが優しいだけだと思ったら大間違いだからね」

「……すいませんでした」

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