垣間見る才能
「愛内さん特別感ってなんですか?」
ピアノと歌の練習の合間、愛内さんの声を休憩させて手にして少女マンガ、晴れた日に出会った2人、その中で描かれたシーン。
愛内さんがマンガの題名を見て、ああなるほどなんて頷いている。
「周りには冷たいのにわたしにだけ優しいとか、わたしだけ愛されてるっていう優越感かなあ」
「……なんか難しそうですね」
「ところで葉山くん、一応言っとくけど」
「はい?」
「葉山くんをわざわざ、スケコマシにしたんじゃないんだからね!」
「……いや言い方」
「恋愛禁止だからね恋愛禁止、キ・ン・シ、ね。分かった?」
なんかまだ怒ってそう。禁止言われたってそんなモテないし興味ないし。
「まあ別にそんなヘイキかと……」
「分かった?」
「……はい」
「全くもう、わたしがいればよくない?」
おっしゃる通りです。
「でも今日の梶さんの反応見てると、明日から学校行くのちょっと不安なんですよね……」
「別によくない? 20日後の土曜日には日本中の王子様になっちゃうし、クラスとか学校とか一瞬でしょ!」
20日後の土曜日、夕方6時半から10時までの生放送番組ーー日本音楽祭。
去年の下半期から今年の上半期にかけて人気の歌手が一同に揃い、それぞれが歌を披露する。ある歌手はコラボで、またある歌手は自分のコンサートの生中継に、と、そういや毎年あるような気がする。
「現実味が……」
「男性版のシンデレラストーリー、ワクワクするしテレビの力を甘く見ないようにね」
「そんなにですか?」
「うん、もう大爆発!」
「大爆発?」
インターネットに興味がなくはないけど、出来るだけ使わないようにしてる。楽譜が欲しければショップで買えばいいし、調べたいことがあったら図書館に行けばいい。
すぐに答えが分かるっていうのは便利だけど、なんか手に取ってこうさ、まあいいけど。
それに。
愛内麻美 モテモテの男性遍歴
愛内麻美 人気曲
愛内麻美 歴代の彼氏
愛内麻美 悪女
愛内麻美 ベスト
愛内麻美 現在の彼氏 だれ
……ほうらね。
知りたい情報だけ出てくればいいのに、知りたくない情報まで知らされる。加えて、知りたくない情報の方がやたら気になるし目につく。
有象無象の罵詈雑言、そんなのどうでもいいわけで--。
そうじゃなくて図書館では調べられないようなことを検索、画像と実物を見比べる。
カルティエ、27万円、27? ニジュウナナ? 今日の服より高くない? わたしにはこれくらいしかできないけどね? これくらい? なんだ僕もしかしてヒモ?
クラスにもグループトークはあって、それが男性用とかいくつも存在している。このグループには入っててあのグループには入ってなくて、とかいうあれ、めんどくさいやつ。
僕、ははは、全く入ってない! なにかあれば竹内に電話して聞けばいいし、それに友達少ないしって、はは。
だから知らなかった。
もう既に、梶さんが撮った写真がグループからグループへと伝わって、学校中に広がっていることを!
◇◇◇
「愛内さん、普通に話す分にはヘイキですけど、大きな声出すとか昼間は少し控えてもらえると」
「葉山くんが言うならそうする!」
僕のピアノと合わせを続け、愛内さんの声の幅が少し広がったような気がする。本番前は調整が必要だろうけど、他に仕事もあるだろうし、まだ焦らなくてもいいと思う。
「愛内さん、披露する曲、試しに弾いてみますね」
「うん、録画していい?」
「どうぞ、ただベースっていうか基本なので、いつも違くなると思いますけど?」
「ん? ……どういうこと?」
愛内さんの声を聞きながら演奏し、その時の調子によって変えるってこと。
演奏する場所、体温、緊張、疲労、ピアノの個体差、鍵盤の重さ、壁の質、空間の広さ、反響、お客さんの人数、客層、温度、湿度……考えることはたくさんあるわけで。
「……そんなことできるの?」
「皆さんはどうしてるんですか?」
「どうしてって、アンプで調整したり、楽譜通り……」
「ピアノにアンプって繋げられないんじゃ……」
まあとりあえずやってみよう、どっちがいいか聞いたらフルでっていうリクエスト。
「行きますね」
イントロからAメロBメロサビ、構成は変えずに2のABサビ、ソロC大サビアウトロ、確かにボーカルパートの構成は同じ、ボーカルパートは。
けれどピアノは違う。
大サビでボーカルを支えるなんてしない、容赦なく一気に上げる、AメロBメロで徐々になんて関係ない。
愛内さんの声とぶつかり合う!
『あなたへ』
愛内さんの書いた歌詞、何度も何度も読んで覚えて、愛内さんの声、毎日聞いてクセをつかんで書いた。
《葉山くんにわたしの伴奏は求めてない》
《お互いにやりたいことやって》
《曲の中でいっぱいぶつかって》
《たくさんケンカすればお互い分かり合えると思う》
彼女が求めた曲、おれの精一杯。
「……どうですか?」
愛内さんは両手で顔を覆い肩を振るわせている。
「すごい……すごいよ、葉山くんありがとう」
「いえいえ」
感謝された。
「すっごく上手、褒め方へたでごめんね」
「そんなこと……」
褒められた。
「歌えるかな、これわたしに歌えるかな……」
「一緒にたくさん練習しましょ」




