マイスイートダーリン
「やっぱりそうだよね、びっくりしたあ。髪短いし全然別人なんだもん!」
「あ、どうも……」
「何してるの?」
「人待ってて……」
「だれを?」
「……竹内」
「さっき女の子と歩いてたけど」
「使えねえ」
「葉山くん、ちょっとお話ししようか」
「……はい」
駅ビルのカフェ、竹内の元カノの笑顔に連行されて、壁側の席に座らされた。なにされるんだろうか、どうやって逃げようか、カフェなんて初めて入ったけど頼んだのは烏龍茶。
「新作のアドフォカート、1回飲んでみたかったんだ。おごってくれてありがとうね。烏龍茶でよかったの?」
「いえいえ……。コーヒー苦手で」
コーヒー苦手っていうか、味ある飲み物は全部が苦手。高い洋服着ても髪とかカッコよくしても中身は同じなわけで、愛内さん以外の女性と2人で話すことなんて学校ですらない。
「もしかしてメイクとかしてる?」
「ああ少しだけ……」
びびって視線を逸らす先、なんか隣りの女子大生くらいの女性と目があった。向こうもびっくりしたようですぐに視線を逸らした。
「昔からそうなの?」
「いや……」
梶さんは高校からの付き合い。聞いてきたってことは竹内の元カノだからって、どうやら昔のおれは知らないらしい。
「ふーん」
「はは……」
「はっきり言っていい?」
……なんでしょう。
「めちゃくちゃカッコイイ! その服とか時計カルティエでしょ、それに靴とかスゴくない? え、ヤバ! てか彼女とかいないよね!」
これどう返せば、これカルティエなの?
「確か王子様になりたいって言ってたよね! 女の子の理想っていうか、本当に王子様になったの?」
覚えてたのね、でもなりたいとは言ってない。それに王子様にはなってない。
カシャ!
「……ん?」
「カッコよくて写真撮っちゃった!」
なんかこのままではマズイ気がする。
洋服は別として、明日にはどうせ髪とか見られる。それにテレビに出れば愛内さんとの関係も白日の元にさらされるってやつ。
でも今はまだ。
王子様になったのって、今の僕がもし梶さんから見て王子様に見えるなら、資料の1つ、『マイスイートダーリン』の女の子が恋に落ちるシーン、やってやる、やってみせる、それでこの場をごまかして逃げる!
左腕をテーブルに付きながら腰を浮かす、真剣な顔のまま上半身を近づけ、右腕をわざとハーフコートに当てて揺らし、そのまま人差し指をシーッて、彼女の唇に当てる。
「僕は君のこと、すごく信頼してる。だから今は2人だけの秘密に……」
すかさず口角上げて笑顔に切り替える。
「ね」
「……はい」
上体を起こして左手を彼女の前へ。
「本当に人を待ってて、途中まで送ってくから今日は帰ろ」
添えられる彼女の手のひら、そのまま店を出て駅の改札で彼女を見送った。
焦ったあ、いやもうマジで無理! あれだろ、あそこからいろいろ追求される展開だろ、てか限界、一旦、一旦帰ろう、うんそうしよう。
◇◇◇
「おかえりー」
「帰りました」
「思ってたより早かったぢゃん、どうだった?」
「いやもう疲れましたよ……」
冷蔵庫から水を取り出し、コップに注いで口に運ぶ。
「逆ナンとかされちゃったりして」
「あれ、そうなんですかね」
「え、待って、本当にされたの?」
「なんか声はかけられました」
「チッ、カッコよくしすぎたか」
「ちっ?」
「あと、クラスメイトに会って……」
「クラスメイト?」
事の流れとか感想とか、そんなのを根掘り葉掘り聞かれたので、必要なことなんだろうと思い、ひとつづつ説明した。
「葉山くん、その子のこと好きなの?」
「別にそんなんじゃ……」
「ホントは?」
「いやただのクラスメイトで……」
「やっぱり好きなんでしょ!」
「好きじゃないです」
「脱いで、もう早く脱いで!」
おれなんで怒られてるんだろ。




